父の日当日。
日向邸の回廊で、ヒナタは壁にもたれて爆発しそうな心臓を必死に抑えていた。
背中の壁の向こうは、父ヒアシの部屋。
今中に居るのは確かで、しかも一人。
渡すなら今しかないと、昨日用意した贈り物をきゅっと握る。
しかし、今だ今だといくら自分をけしかけても、足が床にへばりついたように動かない。
折角シノくんに手伝ってもらったのだから、渡さないと申し訳が立たない、と追い立ててもダメ。
そんな状態で既に小一時間。
このまま自室に帰ってしまおうかと諦めが頭を過ぎった時、明るい金髪と橙色の彼の人の背中を思い出した。
そして、その先を真っ直ぐ見つめる青い瞳を。

…………ナルトくん…。

呪文のように呟いて、再び『今だ』と自分に呼びかける。
床にへばりついていた右足が、浮いた。
行ける。
そう思った時、背後で障子戸の開く音がした。
そして人の出て行く気配。
はっとして部屋の戸に面した廊下に飛び出す。
父上!
そう、呼ぼうと口を開いたが。
結局。
去っていく後ろ姿を、見送ることしかできなかった。



少し経ってから部屋へ戻ってくると、一時間以上在った気配がなくなっていた。
あの娘は一体何の用だったんだと、ヒアシは小さく溜め息をついた。
すう、と音もなく障子戸を開け部屋へと入り、先程中断した作業を再開しようと文机に寄ってふと、足を止める。
文机の上に、遠慮がちに置かれた小箱と紫陽花色の小さな紙片。
『いつもお勤め御疲れ様です。 ヒナタ』
と小さく小さく書かれている。
簡素な小箱を開ければ、疲労回復に良く効く薬草が詰まっていた。
少し、有りすぎかと思えるぐらい、沢山。
「…………こんなものを摘む暇があるなら、修行すればいいものを…」
そう言いながら。
小箱と紙片は、貴重品を仕舞う引き出しの中に、大事に大事に、仕舞われた…。




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