muffler warm


少し冷えた手を、はぁ、と息を吐いて温める。
ここ数日の内に急激に冷え込みだした空気は、それでもまだ息を白くする程ではない。
ただ、皆の服装が厚みを増し、帽子や手袋、マフラーなどを身に付ける人がちらほらと見受けられるようになった。
一時流行した風邪は幸いにも落ち着きを見せ始めているが、この寒さの影響でぶり返さないとも限らない。
寒いのは困りものだ。

でも、今の時季は食べ物が美味いんだよなぁ…。

と、枯れ葉舞う公園のベンチで10班の面々を待っていたチョウジは、寒空の下でホッカホカの肉まんや焼き芋を頬張る極上の幸せを思い浮かべて、頬を弛ませた。
美味しい食べ物さえあれば、寒さなど取るに足らぬ事。
冷たい空気が芳しい湯気を立ち上らせるなら、それは食の引き立て役に他ならない。

ああ、できたてほやほやの栗饅頭食べたいなぁ…。

チョウジが、秋の味覚に弛んだ顔を、切なげにして空に向ける。
最近少し遅刻気味ということで注意されたため、今日は早めに家を出てきたのだ。
集合場所の公園には落葉樹の枯れ葉が降り注ぎ、その姿を晒した枝々が、迫り来る冬の到来を告げている。
春の桜を儚いと言うが、秋も儚いもので、旬というのは瞬く間。
それを逃してはもったいない。

ああ、みんな早く来ないかなぁ…。

任務などさっさと終わらせて、シカマル達と熱々の焼き芋でも頬張りたい。
アスマ先生いくつ奢ってくれるかな……などと楽しい未来予想を始めるチョウジ。
が、不意に突然、後ろからマフラーをぐいと引っ張られて目を丸くした。
「え…な、何…??」
驚いて振り返る。
これでシカマルやいののイタズラか、アスマ先生のからかいならば、「も~やめてよ」と文句のひとつも言えたのだが。
「……シ…シノ…!」
ベンチの背もたれ越しにマフラーを引っ張ったうえ、無言で自身の首に巻き付けていたのは、なんと8班の油女シノだったものだから、どうにもこうにも。
「え…あ…えと…え…??」
と、困惑するしかない。
だがそんなチョウジを尻目に、お前の物は俺の物とばかりにチョウジのマフラーの半分を無断で拝借し終えたシノは、巻いたマフラーに埋まって一言。
「……………寒い」
と呟いた。
「…………はぁ…」
シノの言動に付いていけず、もうどうしようもないチョウジ。
「あぁ…? 何やってんだ?」
そこへやって来たのは、シカマルだった。
チョウジとシノがひとつのマフラーで繋がっているという微妙な景色を見て、惜しむことなく面倒臭そうな顔をする。
しかしシノはその表情をどう受け取ったのか、守るようにマフラーを握り締め、身構えて言った。

「………お前にはやらん」

やるもやらぬも、チョウジのマフラーである。
「はあ…??」
シノの言動に付いていけないのはチョウジだけではなかったようで、シカマルも対応に困ったらしい。面倒そうな表情に、困惑の色が加わった。
「つーかお前な――」
「あれ? 何、どうしたの?」
シカマルが何か言おうとするのを、遮ったのは明るい声。
皆が振り向くと、シカマルの後から到着したいのが、不思議そうな顔でこの奇妙な空気を覗き込んでいた。
そんないのの姿を見て、今度も何を思ったのか、シノがチョウジにしか聞こえないような声で呟いたのは、

「……いのなら良いか…」

繰り返すが、良いも悪いもチョウジのマフラーである。
しかもシノは、巻いたマフラーを外し始め、よく解らないがどうやらいのに差し出す気のようだ。
シカマルに対しては死守する物も、いのに対しては無条件降伏するらしい。
……とは言え。
シカマルもいのも、誰も、チョウジのマフラーを分けて欲しいとは思っていないだろうし、もし居たとしてもそれはシノだけだ。
そう。
今の、全ての思考回路がマフラー中心に回っているような、シノだけ。
「……………、」
チョウジは思った。
シノはいつも変だが、今日のおかしさはそれとは違う。
いつもは性格が変なのに、今日は頭がおかしくなったみたいだ――と。
だいぶ失礼な見解だが、チョウジの素直な感想である。
そして、外したマフラーをいのに進呈しようとするシノに、チョウジは漸く、物申す意を決した。
「…ねえ…あのさ、それボクの……」
だが、最後まで言う前に、シノがいのに差し出したチョウジのマフラーを、大きな手が掴まえた。


「何やってんだ、お前は」


「アスマ先生…」
わけの分からないシノの言動を、上手くあしらってくれそうな頼れる担当上忍の登場に、驚きと安堵の籠もった声を上げるチョウジ。
そんなチョウジにアスマは目を向けると、ほらよと、取り戻したマフラーの半分を返してくれた。
そして、不服そうなシノの襟を問答無用とわし掴み、
「ちょっと待ってろ」
と言い置いてシノもろとも掻き消える。
取り残された10班は、微妙に奇妙な空気の中で、ただただ呆けるしかない。
「………え…ねえ、何なの?」
漸く発言したいのが、チョウジとシカマルに困惑の顔を向ける。
「………知らねぇよ、メンドクセェ」
「……ん~、とりあえず…」
シカマルがそんないのに応えれば、戻ってきたマフラーを巻き直したチョウジが、枯れ葉舞う秋の空を見上げて言った。
「今日はアスマ先生が遅刻だから、後で奢ってもらわなきゃね」



そんな運命を知らぬまま、シノを持ち去ったアスマは、
「……で?」
と、シノを小脇に抱えて運びながら訊いていた。
「一体何やってたんだ? お前、高熱出してぶっ倒れたんじゃなかったのか」
アスマが紅から聞いた話では、ヒナタから始まりキバにうつって、強力化した風邪がシノに行き着いたということだった。
「……うちの部下にうつす気か?」
返事が無いのでそう言えば、
「そういうつもりでは…」
と言う声が返ってくる。
だがすぐにまた黙ってしまったので、アスマは少し、話題を変えた。
「俺がやったマフラーはどうしたんだよ」
以前、マフラーを虫に喰われたと告白したシノを、大いに笑ってしまった事があった。
その後、その償いとしてアスマが新しいマフラーをプレゼントしたのだが、シノがそれを身に付けている姿は見ていない。
特別気にしたことは無かったが、シノがチョウジのマフラーを巻いているのを見たために、ふと思い出したのである。
「………、アレは………」
シノは答えようとしたが、途中で口を噤んでしまった。
「……何だよ。また虫に喰われたのか?」
「違う。それは有り得ない。何故なら、俺は同じ失敗は二度としないからだ」
否定は明確だった。
「じゃあ何だよ」
とアスマが再度問えば、シノは暫し黙った末に、答えた。
「………大事にしている……だから…使い勝手が悪い」
「………マフラーの使い勝手って何だよ」
「……………」
自分の言葉の使い方がおかしいと解っているのだろう。
シノは言葉を濁したまま再び沈黙したが、それでも気持ちは伝わるもので。
要するに、大事すぎて使うことができないのだ。
そして、それを言いたくないのである。
「………だが、熱が出て、寝ている時、抱き枕代わりには使えた…」
どうしようもなく抱き締めたくなって。
大事で、大切な、人からの贈り物を。
「………そうしたら、何か、大事なことを忘れていたような気がして…」
「大事なこと?」
「………そう、とても大事なことだ。それを、ずっと考えていた」
熱に浮かされた頭で、ずっと。
「それが今朝、ようやく解った」
「……何を忘れてたってんだ…?」
シノの家の前に到着したアスマが、シノを下ろして問う。
シノは、熱のせいか少しぼんやりとした様子でアスマを見上げ、だがしっかりとした声で告げた。



「………アスマ先生、誕生日、おめでとうございます」



「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………あ~…」

アスマの誕生日は10月の18日であり、今日は見事な11月の11日。
三忍の一人自来也の誕生日であることは、三代目が言っていたのか、何故か覚えていた。
ほぼ一月のタイムラグ。
今更かと、正直思いはするが…。
せめて十月中に気付いてくれと、言いたいのは山々だが…。
それを伝えるためだけに、マフラーという特別な品に妙な具合に執着した頭で、わざわざ出てきてくれたのだ。

………ここは余計なことは言わないで、さっさと布団に帰すのが一番良いだろう。

そう、思い。
色々と言いたいことを呑み込んで。
アスマは言った。


「さっさと戻って、寝ろ」



抜け出した病人の床。
使い道を誤られたマフラーが、温かに、大事な添い人の帰りを待っていた。





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あとがき
アスマ先生ごめんなさい! ナル誕とか色々あって、忘れてました!(爽笑)
カカシ先生といい、わたしはどうしてこんなに上忍の扱いがヒドイんだろう……。
しかし何とか!
と思い書いてみれば、なぜだか昔書いたアスシノ(2007年のアスマ誕「の秋」企画)につながった…!
しかも私の好きなチョウジとシノの絡みまで!
いやいや何とかなるものですね!(なってるのか?)
う~ん…。
これだけだとどうかな~…と思ったので、恥ずかしながら昔々書いた駄文もおまけに付けます。
自来也様の誕生日ということで、カカシノ+自来也のお話。
誕生日ネタでないのは御容赦を。
それでは。

今では恥ずかしくてもう絶対書けないような、バカバカしいくらいにラブラブイチャイチャなカカシノです
(なんたって題名が『イチャイチャパラダイス』!)。
カカシノがどうした、イチャパラが何だ! という方のみこちらからどうぞ。。












(09/11/11)