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母の日企画と微妙にリンクしています。
ふわりと目の前に茶色い葉っぱが降ってきた。
顔を上げると、僅かに紅葉を始めた木々が視界に広がる。
もう秋だなと、アスマは身に付けるにはまだ少し早いマフラーを口元までズリ上げた。
旬の秋
「なあ、シノ」
話しかければ何かと見上げてくる、隣を歩く黒眼鏡の少年。
アスマがシノを散歩に誘い出したのはつい今しがた。
用事があって油女邸へ赴いたはいいが、それが言い出し難くて、気付いたら散歩にでもいかないかと言っていたわけだ。
その用向きというのは、小一時間程前の出来事に関係している。
いの、シカマル、チョウジのトリオが突然家に押し掛けてきて、一体何事かと驚いていると、
いのに花束を押し付けられながら「自分の誕生日くらい覚えてなさいよ!先生」と、叱咤激励されたのは今朝の事。
どやどやと部屋に上がり込み、あれよあれよと言う間に始まったのは、誕生日パーティーだった。
一体何処でそんな情報を仕入れたのかと訊けば、意外にもシカマルの父からだと言う。
そう言えば、以前酒の席でそんな事を漏らしたかも知れない。
変な事を覚えている人だな、と呆れるのも束の間。
いのに花瓶はどこだとせっつかれて、結局そのまま流れに任せて祝われてしまった。
お菓子や飲み物をテーブルに広げて、オレンジジュースで乾杯して。
プレゼントももらった。
いのからのプレゼントである花束は、結局花瓶が無くてバケツに収まり、いのが後でちゃんと飾ってくれる事になった。
そして、チョウジからはマフラーのプレゼント。
食い物だろうと思ってたと言ったら、勿体なくてあげられないと返されて納得した。
他人にやるくらいなら自分で食うんだろう、彼奴は。
で。
シカマルからのプレゼントは、なんとバースデーケーキだった。
流石に蝋燭は無かったが、きちんと「誕生日おめでとう アスマ先生」とチョコペンで書かれた文字付きの。
あんなこっぱずかしい物をもらったのは、何年ぶりかわからない。
今思い出してみても、俺の柄じゃねぇだろと思わずツッコミたくなる代物だった。
まあ、結局は皆の(大部分はチョウジの)腹に収まったので良かったが。
問題なのは、ケーキの装丁ではなく、制作者だ。
「これ、どこで買ったの?」
といういのの問いに、シカマルがさらりと言った返答。
「ああ、シノに作ってもらった」
思わず吹き出しそうになり、咽せ返った。
言い出し難い用とは、つまりケーキの礼だ。
簡単なはずなのだが、本人を前にするとなかなか言い出せない物で。
散歩を始めても尚、照れてしまって難しい。
「何か?」
見上げたまま、今度は口に出して問うシノに、今しかないと思いながらも、アスマの口から出た話題は全く別物で。
「これ、どうだ?」
これ、と言って指し示したのは、チョウジからもらった栗色のマフラー。
マフラーなんてここ何年も巻いていなかったら気になってはいたのだが、何も今訊かなくてもいいだろう、とアスマは思わず自分につっこんだ。
けれどシノは特におかしくも思わずに、言う。
「似合ってます」
シノらしい、簡潔な返答。
それで話を終わらせるのも何だか寂しいので、アスマは会話を続行させることにして言った。
「……そうか…。チョウジにもらったんだ」
「良かったですね。特に今日は寒いから、丁度良い」
さり気なく誕生日プレゼントだと仄めかし、シノの方からケーキの事に触れてくる事も期待してみたが、駄目だった。
逆に「今日」もらった物…誕生日プレゼントだと言う事は解っていますよと仄めかされてしまった。
どうやら、シノからケーキについて触れる気はないらしい。
このままではいけないと思い至り、アスマは再び、今度こそ言おうと口を開いた。
が。
「もう秋だからな…。そういや、今度焼き芋しようって話があがってたんだが…やるならお前も来るか?」
寒いと言う言葉を受けた、全く別の話題が飛び出してしまった。
いい加減、言えよ、俺。
たった一言のお礼を言うために、なにやってんだと心の中で涙するアスマ。
だが、シノは相変わらず淡々と返事を返す。
「任務のない時なら」
そして、ふと考えてから、再び言う。
「キバとヒナタを連れて行っても…?」
「あ…ああ……。もちろん」
アスマの答えに満足げに正面に顔を戻したシノ。思わず出た話題だったが、意外と乗り気らしい。
アスマは、そんなシノの様子に毒気が抜かれた気がして、ケーキの礼一つでやきもきしている自分が馬鹿らしくなった。
「あのよ…」
今度こそはと口火を切ったアスマを、再びシノが見上げる。
「ケーキ。美味かった。ありがとな」
あれだけ言い難かった言葉が、言ってしまえば案外すんなりと出てきた。
やはり今までの自分は馬鹿だったのだと思い知り、若干恥ずかしくなったアスマだったが、まあいいかと開き直る事にした。
「誕生日だと聞いたので作ったまでです。礼には及びません」
逡巡するアスマの耳にシノの声が届く。
その返事に、お前ならそうくるよなとアスマは苦笑を浮かべた。
「気持ちの問題だ、気持ちの。こういうのは、素直に受け取っておけ」
「………わかりました」
いまいち納得していない様だが、理解はできたのかシノが頷く。
その様子を目の端に映してアスマは漸くほっとして、それでいいと言うようにシノの頭を軽く叩いた。
「しっかし…あれだな……。言われるまで気付かなかったっつーか。益々本格的になってきたんじゃねーか? お前のケーキ」
「ああ…。今回のは、非常に良い出来だったんです」
いつもの調子を取り戻して言うアスマに、謙遜せず素直に認めて、自画自賛するシノ。
苦笑いを深めたアスマだったが、シノの次の言葉に絶句した。
「多分、シカマルの注文通り、愛情たっぷり込めて作ったからだと思います」
「……………………お前、今、なんつった?」
「……多分、シカマルの注文通り、愛情たっ――――」
全く同じ言葉を繰り返そうとしたシノの口を、アスマは反射的に屈んで手で塞いでいた。
聞き違いでは、なかったらしい。
項垂れて、ドクドクと鼓動が高鳴り冷や汗が流れ鳥肌が立っているのを感じる。
淡々と真顔で『愛情たっぷり』なんて言われると、なんだか一服盛られたように思えて怖ろしい。
まあ、笑顔で言われても怖ろしいが。
何にせよ、シノには酷く不似合いだった。
「……………シノ…お前、そういう事言うな……怖ぇから」
怖い?と言うように口を押さえられながら小首を傾げるシノ。
その仕草をちらりと見て、再び項垂れたアスマは、妙な脱力感に襲われて深く溜め息を吐いた。
そんな時。
ふと、シノが言った。
「アスマ先生」
「……ん?」
頭を上げると、シノの手がアスマの肩口に触れる。
枯れ葉がマフラーにくっついていたらしい。
一枚の枯れ葉が、離れたシノの手にあった。
そしてシノがそれをしげしげと眺めて、しみじみと呟く。
「秋ですね」
その言葉に、愛情たっぷり発言に背筋が寒くなっていたアスマも僅かに綻んだ。
「そうだな…」
その時アスマは、ふと筋違いであるが面白そうな仕返しを思いついて、にやりと笑った。
「ってか」
言いながらマフラーを少し解いてそっとシノに巻き付けて。
頭を引き寄せ、栗色の衣に覆われた口元に顔を寄せた。
「旬の秋だな」
繋がったマフラーの向こうで。
シノの手から木の葉が一枚、ぽろりと降ちた。
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あとがき
アスマ先生がいつも以上に情けなくなったかも…。
少々スランプ気味で…すみません……。
でもアスマ先生の誕生日はなんとしても祝わなければと。
解りづらかったかもしれないので補足説明をば。
『旬=魚介山菜果物などがよく採れて味の最も良い時。また、物事を行うに適した時期』
というわけで、要するに『美味い時期』って事です。
え…何がって…? それはもう…(邪笑)
相変わらず祝ってるか怪しいですが(汗)
アスマ先生、ハッピーバースデー!!
(07/10/18)