※キスあり。表の
雨宿りから続いています。
実感
今日、シカマルの家に誘われた。
何も予定が無かったので承知したが、将棋を指す気分にはならなかった。
なぜなら、俺はまだ一度もシカマルに勝てた試しがない。
諦めるのは癪だが、あの天才軍師に勝つことなどできないような気がするのだ。
始めから勝てないとわかっていて、勝負を楽しむほど、俺は酔狂な人間ではない。
「よ、シノ。待ってたぜ」
「将棋の相手をするつもりはないぞ?」
「あ?そう…。ま、それはどうでもいい。早く上がれよ」
やけに嬉しそうに俺を迎えたシカマルに、早々と釘を刺しておいたが、どうやらシカマルもそのつもりは無かったようだ。どうでもいいと返された。
「なあ、シノ」
部屋に邪魔すると、シカマルは待ちきれないとばかりに言ってきた。
「なんだ?」
これほど気持ちを高ぶらせたシカマルは見たことがなかった。
いつも、ぼけっとしてメンドクセェと呟いているか、真剣な表情で戦略を練っているかのどちらかだ。
「一つ、頼みがあんだ」
「頼み…?」
その切羽詰まった様子に、眉を寄せる。何か、重大な問題でも起きたか?
「あ、あのさ…」
珍しく言ってもいいのか迷っているようで、シカマルは目を泳がせ、その先をなかなか言い出さない。
俺は、とにかくシカマルの決心が付くまで待つことにした。
しばらくして俺が待っていることに気付いたらしく、シカマルはやっと口を開いた。
「あ、あの、さ………キス…させてくんない?」
ようやくシカマルの口から出てきた台詞に、俺は耳を疑った。………キス?
「仲良くしようって、けっこう家にも遊びに行ったし、遊びにも来たろ? でもさ、なんつーか、それって恋人っていうより、友達の付き合いみたいだろ。
だ、だから、なんか、こう…らしいことしたいっていうか……実感が欲しいんだよ! なあ、頼む!!」
そう捲し立て、俺のジャケットをつかみ頼み込んでくる。
「しかし…」
「不安なんだ! どうしようもなく! 俺達付きあってんだよな?恋人だよな!?」
あまりの必死さに、どう応えていいものかわからず困っていると、突然襟をつかまれ、引っ張られた。
「!?」
唇に、一瞬何かやわらかいものの感触と温かさ。
そして驚く間も無く、力任せにベットに放られ、上半身だけ乗り上げた。
「なにすっ………!」
非難の声をあげようと動かした唇が、またシカマルの唇によって塞がれた。
「んっ、ん―――!!」
引きはがそうとシカマルの肩を押すが、微動だにしない。どこにこんな力があったのか。
それとも、自分の力が入っていないのか?
いくら藻掻いてもシカマルは離れず、反対に舌を差し込んでくる。
感じたことのない異物の感触に、思わず体が強ばった。
徐々に口の中を犯されていき、その感覚に酔いしれそうになる自分を必死に押さえ込む。息も苦しくなってきた。
そんな時、ふいに新鮮な空気が口に吸い込まれてきた。
目を開けると、シカマルが顔を離している。
息を整えて、口元に手の甲をやると、だらしなく唾液が伝っていた。
「わりぃ…俺……………ごめん」
シカマルが俺を見下ろしながら、本当に申し訳なさそうに謝ってくる。
「…………よほど、不安だったの、だな」
整ってきた息をまだ少し切らせて言う。
無理矢理されたことに不快感もあったが、目の前でこんな情けない顔をされては、怒る気にもなれない。
「わりぃ…………」
「いや……。それで、少しは気が晴れたか」
「否。逆に最悪な気分だ。お前に、嫌な思いさせた」
顔をしかめ、眉間に皺を寄せて後悔の念が浮かび上がる。
そんな顔を見せられて、何だかこっちまで罪悪感が生まれた。
「嫌でなかったとは言わないが、正直、酔いそうになった…」
罪悪感を払拭するためにそう言うと、シカマルは驚いた表情をした。
「だから、そう気にするな」
そう言って、両手でシカマルの顔を包み、そっと引き寄せる。
「!」
微かに、一瞬だけ額に口吻をして、すぐに顔をもとの距離に戻す。
その時見えたのは、顔を真っ赤にしたシカマルの顔だった。
「……不安は消えたか?」
問うと、シカマルはしばし呆然としていたが、途端ににへっと表情を崩した。
「おう。最後のが一番実感できた」
(07/2/4)