鹿の午後・その後
嘘だろ、と思った。そんな馬鹿な、と。
繕いの礼にと、親父がシノを書庫に連れて来たのは30分程前。
その間俺は、親父に押しつけられた鹿の餌やりをしていた。
その間に、なんてことだ。
仕事を終えて来てみれば、こんな状況……。
親父が、シノを犯してる……。
シノが、親父に強姦されてる………。
止めなければならないのに。助けてやらなきゃいけないのに。
足が、縫いつけられたように動かない。
親父の術に、かかったみたいに。
「…ぁ……シカマ、ル…助け…ああっ」
俺に気付いたシノが、助けを求めているのに、俺は動けなかった。
動かない俺に、シノが絶望の視線を向けてくる。
違う…。違うんだ……。
目の前で、シノが親父に陵辱される様をただ見ているだけしかできないことが、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い……。
夢なら、醒めてくれ。
夢であってくれ。
そう、願うしか、できなかった。
意識がはっきりする前に、がばっと起き上がった。
息は荒く、全身が厭な汗でびっしょりだ。
「夢………か?」
はっとして隣を見ると、何事もなくすやすやと眠っているシノが居る。
「はあぁぁぁぁ……」
思わず脱力し、目一杯溜め息をついた。
夢だった…夢で良かった……。マジで良かった。
時刻は4時。深夜とも言えないが明け方とも言えない。まだ、夜闇の支配だ。
「ったく、メンドクセー。親父があんなこと言うから…」
嫁に来いなどと抜かすから変な夢を見るのだと、内心で悪態を付く。
だが、冗談か本気か知らないが「母ちゃん一筋」と言い切った親父に失礼な夢だったなと、思い至って反省した。御免。
ふと、何も知らずに寝入るシノに目をやる。
結局よほど興味をそそられたのか書庫に入り浸って、暗くなるまで出てこなかった。
それで流石に疲れたのだろう。いつもより眠りが深いようだ。
「安心しろよ。現実では、絶対死んでも助けるから」
絶対。誰であろうと、許さない。誰にも汚させない。俺が守る。
「お前は、俺だけのモンだ」
普段滅多に現さない、されど頑なな独占欲を密かに吐いて、シノの手を握った。
「……ま、お前の場合、自分の身は自分で守っちまいそうだけど」
自分の、とても有り得そうな言葉に苦笑して、改めて布団を被る。
今度は良い夢見られますように、と願いを込めて。握る手に、力を込めた。
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後書き
表にある
「鹿の午後」のその後です。
出だしはダークですね…。自分でも書いてちょっと後悔。
でも、夢です、夢!
シカクさんを悪者になどしません。
「母ちゃん一筋」な人ですから!
(07/2/20)