鹿の午後
シノが、奈良家の鹿を見たいと言ったのは昨日のこと。
突然何かを言い出すことは、珍しいことではない。シカマルは、唐突な事に少し驚きながらも、すぐに了承した。
そして、今。シカマルは木の柵に寄りかかって柵の内側で鹿と戯れるシノを眺めている。
………………可愛いな……
「ああ。鹿というのは、存外可愛いものだな。………雌だからか?」
木の柵の外で零された呟きに、シノは頷いてじゃれてくる雌鹿を撫でた。
その呟きが鹿ではなく、自分に向けられたものだとは全く気付いていない。
そんな真面目に鈍いところも…、などと思ってしまう自分が面倒で、シカマルは視線を逸らした。
空は晴れ渡って呑気な雲がぽかぽか浮かび、太陽も随分と昇っている。もう昼近いのだろう。
「シノ。そろそろ昼飯にするか?」
シノは、シカマルの言葉に賛成の意を示した。
昼食を取るために家の中に戻ると、シカマルはぎょっとした。
「……親父っ!なんて格好してやがる!!」
なんと、父親のシカクが衣服を手に、上半身裸で居たのだ。
「ぁあ?……いや、なに。服の繕い母ちゃんに頼もうと思ったんだけどよ。出掛けてるみてーでな」
「だったら戻るまで服着てろよ!それじゃなくても、別のあんだろ!」
呑気なシカクに、シカマルは思わず声を上げてびしっと指差した。
そんな慌てた様子のシカマルに、シカクはいいじゃねぇかとぼやく。
「よくねえ!客がいんだよ、客が!!」
その言葉に、シカクは初めてシカマルの後ろに佇むシノに気付いた。
その表情は普段と変わりなく、無表情。息子が心配する程気にしていない様だ。
「おう。来てたのか」
「はい。鹿を見せてもらっていました」
淡々としたシノの回答に、シカクはふと思い出す。そう言えば…。
奥に追いやろうと押してくる息子からすり抜けて、シノの正面に立つ。
何だろうとシカクを見上げたシノに、しげしげと尋ねた。
「確か、お前の親父器用だったよな。お前も、裁縫得意とかだったりしねぇ?」
「…………まあ、それなりには」
その答えに、シカクがにやりと笑った。
「じゃあわりーけど、ちょいとやってくれねぇか。見返りに、書庫の鍵開けてやるから」
シカマルは、父親のとんでもない申し出に絶句した。
なに考えてんだ、このオヤジ。
本音を言えば、自分だってまだそんなことシノにしてもらったことないのに、というところだ。
一方シノは、書庫に興味を惹かれたらしく、シカマルの気も知らずに「承ります」と端的に承諾してしまった。
「いや、悪いな。……ほれ、シカマル。茶でも持ってこいよ」
あれよあれよという間にシカクはシノを居間に連れ込むと、手にしていた解れた服と探し出してきた裁縫道具を渡した。
その上シカマルに指示を出す。
シカマルは、文句も言いたかったが、針に糸を通すシノの姿にその気も失せた。
「………変なことすんなよ」
「あ?…ああ。心配すんなって。俺は母ちゃん一筋だからな」
恥ずかしいことをさらりと言い、シカクがシカマルを追い出すも、
シノは作業に意識が向いているのか、そんなやりとりにも気付かない様子だ。
「……ほんとに、器用だな」
シカクは、繕いをしていくシノの手を見ながら、しみじみと呟いた。しかし、集中しているシノからの返答はない。
それからしばらく沈黙したが、数分も経つとシノが手を止めた。糸を切り、縫い口を確かめ、シカクに向き直って言う。
「できました」
その、手慣れた様に、シカクは思わずシノの肩に手を置いて真剣な表情で言った。
「シノ。シカマルやるから、家に嫁に来い」
「何言ってやがるっ!! このクソ親父!!!」
その誘いに、シカマルが赤鬼の形相で乱入したのは、言うまでもない。
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あとがき
シカシノギャグです。
当サイトでのシカクさんはこんな感じですね(天然?)
シカマルに散々な扱いを受けてます。でも本人は全く気にしてません(笑)
おまけとして微裏(境界)に「その後」も置きました。
よろしければそちらもどうぞ‥‥。
(07/2/20)