ぱっと電気が付けば、クリスマスの雰囲気も何もない、何時も通りの簡素な部屋。
部屋の隅であらかじめ付けておいた小さなストーブが赤々と燃えている。
「寒いか?」
「否。十分だ」
シノは答えながら曇った窓の方へと歩み寄り露を軽く払って、外を覗いた。
雫に歪んだ外の気色は、闇。
「だが、今夜は冷え込むそうだ。まだ振っていない様だが、雪が降るらしい」
「へぇ……。ホワイトクリスマスってことか」
「………ロマンチックなことだ…」
自分とシノの言葉に、お互いまるで他人事のようだなとシカマルは思って苦笑を表す。
そして、先程寄った薬局の袋から赤い寸胴の蝋燭を取り出し、マッチを擦った。
マッチを擦る音に気付いたのだろう。
「それは……?」
と、シノが振り向いて尋ねる。
「さっき薬局で買ったら、おまけで付いてきた」
そう答えてシカマルがマッチに灯った火を蝋燭にそっと移せば、赤い蝋燭に火が宿る。
「電気、消していいか」
「ああ」
パチッと電気の明かりが消えると、世界は闇と、ストーブ、蝋燭の赤い火のみとなる。
シカマルは蝋燭を机上の中央に寄せてから、ゆったりとした足取りでベッドに向かい腰掛けた。
続いて、シノも窓辺を離れてシカマルの隣に腰を下ろす。
「ムード満点……ロマンチックなこったろ」
シノが隣に来ると、先程のシノの言葉を借りてシカマルが冗談混じりに言えば、シノは微かに口元を緩めて「そうだな」と言った。
こんな時に合う曲でもあればムードはより高まるのだろうが、生憎とそんな洒落たものは無い。
そしてこんな時に限って頭に浮かんだ曲が「赤鼻のトナカイ」であった自分に、シカマルは面倒臭くなった。
「……ま、いっか」
ロマンチックなムード作りなんて自分らしくない事はやめよう、と潔く諦める。
もともと今のこの雰囲気だって、偶々おまけでもらった蝋燭によって出来ただけに過ぎないのだから。気にする必要など無いだろう。
ちらりとシノを横目に見遣れば、じっと赤い火に向けられたサングラスが怪しく橙色の光を帯びている。
シノが填め直したという、雪達磨の手袋も確かこんな色だったなと、シカマルは思った。
「シノ…」
「ん…?」
振り向いたシノに、突然キスをする。
少し驚いた様だが、拒む仕草は無かった。
唇を離してサングラスに手を掛ければ、目を瞑ったシノの素顔が現れる。
シノは眼鏡が外された後、ゆっくりと瞼を上げて二三度瞬きをしてから視線をシカマルへと向けた。
その視線を受け止めたシカマルは、サングラスを棚に置くと再びシノに向き直り、今度は深く口付けた。
「………ん…ぅん…」
吐息を漏らすシノの口腔内を犯したまま身体を横たえ、シノの寝間着の下へそっと手を潜り込ませる。
肌理の細かな肌触りを堪能しつつ腹部や脇腹、胸部を擽る様に愛撫すると、シノの身体が僅かに反応を見せ始めた。
「……んっ……っ…」
性感帯への刺激に身を捩るシノに対し、シカマルは衣服をはだけさせ愛撫の的を胸に絞って、突起に舌を這わせ始める。
瞬く間に勃起した乳首を執拗に舐め、指で捏ね回せば、反応はより顕著に激しくなり、ビクビクと跳ねる身を竦めて、込み上げてくる微弱な快感に息が乱れる。
シカマルが下半身へ手を伸ばし中心部に近い足の付け根に手を這わせただけで、中心の先が濡れ始めた。
「シノ…」
その様子を見たシカマルは、ウズウズしだした自身を取りだして、シノに頼む。
ベッドの上に改めて座り直すと、シノが背を丸め、シカマルの物への愛撫を始める。
「……ぅ…あ…」
シノの愛撫は、何処が気持ち良いところか熟知している上もともと器用なため、とても上手い。
いつもいつも、理性を保つのに苦労するが、そんな時には決まって悪戯を慣行し邪魔をする事で凌いでいる。
目の前に露骨に晒された、肩胛骨や背筋を指でなぞるのだ。
そして決まってシノに睨まれ、仕返しにより強烈な刺激を与えられて悶絶する。
そんなバカバカしい御巫山戯の後、再び形勢を戻して本格的な前戯に移る。
シカマルは、シノを仰向けに寝かせると、先程蝋燭と一緒に出していた物をポケットから取り出した。
「……何だ…?それは…」
シカマルが取り出した塗り薬の入れ物に、シノが不安気な声を上げる。
シカマルは、ひょいと肩を竦めて見せ、
「さっき、コンドーム買うついでに買ってみた。お前、最初挿れるときいつも痛そうだから、良いかと思って。アソコ用の薬だから、ま、害にはなんねぇだろ」
と答える。
「………」
シノは、そのあっさりとした回答に閉口した。
しかもその上、「ほら、。脚開け」と身も蓋もない言い方をされて、益々言葉を失う。
シカマルは、常識もあるし気も利くのだが、デリカシーに欠けるのが欠点だ。
だがシノ自身も簡潔で時に突っ慳貪な物言いをするので、シカマルの言動を咎める事はできない。
しかし、いくら羞恥心の薄い自分でも、情事の際は流石に恥ずかしいのだ。
もう少し言い方というのがあるだろうに……とも思うシノだったが、結局何も言わず言われた通りに自らシカマルの前で脚を開いた。
羞恥に顔を背けたシノに、シカマルは一瞬目を向けてから、薬の蓋を回して中のクリームを指に取り、秘部の周りに塗りつける。
「―――っ」
冷たさに生理現象を起こしたのか、シノの身体が震えた。
一度シノに目を遣った後、シカマルは再びクリームを取ると、今度は中への挿入する。
クリーム状の塗り薬は思った以上に滑りが良く、指は予想以上にずるりと潜り込んだ。
「ひっ――!」
「痛かったか?」
上がった短い悲鳴に、シカマルがシノを覗き込む。
シノは目に涙を溜めながらも何とか首を振った。しかしその後で、
「……だが…少し……奥、過ぎる……」
と言う。その言葉に、シカマルが眉を寄せた。
「別に、奥に入んのは問題ねぇだろ?どうせ突っ込むんだから」
「…………」
「な……何だよ…」
向けられる非難の眼差しに、わけが解らず、シカマルは困惑した表情を浮かべるばかり。
暫く沈黙したまま向かい合っていたのだが、このままでは埒があかないと、シカマルは中に埋め込んだ指を徐に動かし始めた。
それに伴い、非難の色を浮かべていたシノの眼差しも揺らぎ始める。
瞬きが多くなり、呼吸が浅くなって、視線が泳ぐ。
「あっ」
シカマルの指がある部分を擦ると、小さく声を上げた。
「ここがイイのか?」
「やっ…、ぁんっ! ダメ!」
感じた部位を重点的に擦れば、上擦った声を上げてシカマルの肩を掴んだ。
しかしすぐに手を離し、次にはシーツを必死に握り締めて、耐える様に口を噤む。
シノは、初めはそうでもなかったのだが、二度目以降からこうして我慢する体勢に入るようになってしまった。
だが、初めこそその忍耐強さに苦労したものの、今ではその解し方も心得ている。
シカマルは、まずシノの脚の間に戻り、指をゆっくりと引き抜いてから、今度は二本の指にクリームを取って挿入した。
増えた指に、シノの身体はビクつくものの声は上がらない。
二本の指で十分に慣らし終えると、次は三本挿入し、そのまま上体を移して頑なに耐え忍ぶシノの顔を覗き込む。
要するに、シノは強い刺激や激しい衝撃に対して防衛的なのだ。
なんと要らないところまで忍らしいのか…。
面倒臭いが、気持ち良くさせるには、危機感を解いて防衛体勢を解かなければならない。
そのためにまず緊張感を高め、それからゆっくりと弱い刺激をじっくり与える。
これが、一番効果的な方法だ。
シカマルは片手を上げて髪を結わえている髪留めを抜き取った。
ゴムを手首に掛け、ぱさりと落ちてきた髪を掻き上げて、そっとシノの上気した頬に口付ける。
するとシノが、擽ったそうにシカマルを見て、耳を掠めるシカマルの黒髪を掬い上げた。
以前シカマルがプレゼントしたお揃いのミサンガが、腕に掛かっている。
当然、シカマルの腕にも結ばれていた。
シカマルは口元を僅かに緩めると、暫く首筋や項にキスを落とし、胸元に舌を這わせる行為を続けた。
「ん……」
口付けや舌の感触もさることながら、その都度掠める髪の些細な刺激を、シノは敏感に感じる。
「あ」
垂れる黒髪が敏感になった乳首に触れた瞬間、身体がピクンと反応するのと一緒に声が漏れた。
もうそろそろ頃合だろうと、シカマルが挿れたままだった三本の指をばらばらと動かしてみれば、防衛体勢には入らない。
「あっ……はぁ…んんっ!」
内部を掻き回す指に、シノが堪らず声を上げた。
「あ、あ、あ!……や、あ、ぁああ!!」
「やっと声、出てきたな……」
「は…あンっ! あっ、あっ! シ、シカマルっ! ダメだ! そこ触っちゃ…やあ!!」
我慢していた反動だろう。
堰を切った様に啼き始めたシノに、シカマルも行為を進め中に続いて中心への愛撫も始めたため、シノが激しく取り乱す。
「お前、ココ好きだろ?」
「あっ! ああンっ!! あ! やっ! ソコ……そんなに…!!」
「ココがヤなら、こっちはどーだ?」
「ふあぁぁっ……! ダメぇ…!!」
毎度のことながら正直じゃないなと、シカマルは疼き始めた自身を誤魔化す様に苦笑を作ってみせた。
しかし、息も絶え絶えに身悶えるシノを少し休ませようと一旦手を止めた時ふいに向けられた、シノの縋る様な濡れた瞳に、誤魔化しきれない衝動に駆られる。
「…シカ…マル……」
更に、喘ぐ唇から途切れ途切れに紡がれた自身の名が、追い打ちをかけた。
「………あ゛あ゛あ゛。もうムリ……」
そう低く呟いたシカマルは、ずるりと指を引き抜くと、後ろポケットにしまってあったコンドームを引っ張り出してからズボンと下着を脱ぎ捨てた。
もどかしそうに、けれど破けては意味がないので慎重にゴムを付けて、そして最後の理性を振り絞って、シノに告げる。
「シノ。挿れっぞ」
言うだけ言って、シノが頷くのも確認せぬままシノの両脚を押し広げ、シカマルは自身を思い切り突き立てた。
突き抜ける衝撃に、シノの全身が総毛立って硬直する。
「…っ………ぁ……!」
「―――――っ!!」
一間置いて、シノの喉奥から切羽詰まったような声が絞り出され、シカマルもシカマルで、目を瞑って最初の衝撃を必死でやり過ごす。
衝撃が通り過ぎると、互いに吐息を漏らした。
「シノ…動くぞ……」
「……ん」
ゆるゆるとシカマルが動き始めれば、痺れるような快感がシノを襲う。
しかし身体は緊張しているようなので、シカマルは身を乗り出して深く口付けた。
「んっ……ふ……、…ぅ……」
さらさらと垂れる髪の毛が、シノの耳や頬、首筋に触れ、それを感じてシノの肩がビクビクと震える。
しかし反対に、とろけるキスと相俟って、身体の緊張は見る間に解けていった。
「は……ぁ……」
「…………お前、ホント、これに弱ぇよな……。俺が髪切ったら、どうすんだよ」
唇を離し、幾分落ち着いた様子で、しかし腰はゆっくりと動かしたまま、シカマルが問う。
するとシノは、垂れてくるシカマルの髪を手で掬い上げ撫でつけ、甘い快感に酔いしれながらもしっかりと問い返した。
「その、時は…っ……お前が、別の方法を…んっ……何通り、でも……考えてくれるの…だろう……?」
何度掬い上げても零れ落ちてくる髪の毛を、飽きず手に絡め取るシノ。
不意にその手が止まったのは、漸くシカマルが風呂上がりに替えた銀のピアスに気付いたからだろう。
シノは、自分で贈っておいて、このピアスをシカマルが身に付けるた度なぜか動揺する。
まるで、それが魅惑的な悪魔の化身であるかのような目をするのだ。
「…………メンドクセェ。切らねぇのが、一番だな……」
鋭い瞳を細めて、シカマルは呟いた。
ピタリと手を止めたシノに、重力に従った髪の束が流れ落ちる。
シノがこのピアスに何を想うのか知らないが、悪魔でも何でもいいと、シカマルは思う。
この繋がりを切れないものと保証してくれるのなら、クリスマスに不謹慎だが、悪魔と契約したってかまわない。
「シノ………」
いつもいつも、この例えようのない気持ちに歯痒い思いが募る。
好きと言っても、愛していると言っても、満ち足りないこの底無しの想い。
唯一。
一瞬でも満たされるのは、頂点に達した時だろうか。
途端に込み上げてきた切ない感情に、シカマルは手をシノの腰に添えて動きを僅かに速めた。
「…あ……」
シカマルの変化に、それまで銀のピアスに魅入られていたシノが、我に返ったように反応を始めた。
「あ、あ、あ、あ、」
打ち付けられる度開いた口から気持ち良さそうな声を出し、もどかしそうに、シカマルの首に腕を回す。
「あっ。あっ。あっ、やっ、ぁあっ! ぁあぁあああ!!」
応えて更に激しくすれば、取り戻したばかりの我を忘れて、快感に悶えのたうつ。
この時のシノはまるで別人の様だが、シカマルの欲目から見れば、この瞬間が一番可愛い時だ。
「シノ……」
ポロポロと零れる涙を舐め取り、震える唇を甘く噛む。
ビクリと大きく跳ねた後、少し大人しくなったシノだったが、二三呼吸を整えて間もなく背を反り返して喘いだ。
「ぁあっ!あぅ!も…っ、ダメっ!もぉ…っ!!」
頭を激しく左右に振って厭がりながらも、脚はもっとと縋るようにきゅうとシカマルの胴にしがみつく。
「はぁあんっ! あっ! あっ! シカマルっ! シカ…っ…ァアアッ!」
子供の様に泣き喚き、自分を求めて自身の名を呼ぶ姿は、本人は恥に思っているらしいが、シカマルにとっては堪らなく愛おしい。
「あっ! あぁあああぁ!! ダメェ! もっ…イク……ゥ…っ!!」
「……イっていいぞ、シノ……!」
「ぁう、ク…!! ん…ンンンッ―――ッ!!!」
「―――――っァ!!」
互いに至極の快感を求め合いながら頂点に達する。
白濁の体液を吐き出すと、シカマルはヒクヒクと小さく痙攣しているシノの上に倒れ込んだ。
乱れた呼吸を互いに同調させながら、ゆっくりと整えていく。
はあ……と漸く深い息を吐き出し、シカマルが気怠い身体を起こせば、余韻がまだ残っているらしいシノが焦点の合わない目をとろんとさせている。
「おいシノ……大丈夫か」
「………ん……」
それでもシカマルが低く声を響かせると、ゆっくりとした瞬きをしてシカマルに焦点を合わせ、小さく応えた。
その応えに再び深い息を吐くと、シカマルはシノから一旦身を離し一物も抜いて、軋むベッドから極力静かに降りる。
ゴムを外しきっちり結んでゴミ箱に突っ込み、一度身体を伸ばしたシカマルは、ふと、机上で風前の灯火となった蝋燭に気が付いた。
赤い彩色の鑞が、飴細工のように溶けて滑らかな艶を帯びている。
そして部屋の隅に置かれたストーブを見れば、こちらは未だ変わらず淡々と燃えていた。
ストーブは一晩中付けていてはいけないと、母親に言い付けられていたことを思い出して、電源を切るべく足を向ける。
寒いかなとも思えたが、今のところ部屋は籠もった熱気により温かい。
加えて激しく動いた後なので、多少熱いくらいだ。
ストーブの赤い光が赤黒く消えていくと、蝋燭の弱々しい灯が僅かに揺らめき、影が揺らぐ。
そちらもふっと息で吹き消せば、部屋の中は一気に薄暗さに包まれる。
少し名残惜しい気もしたシカマルだったが、灯りが消えた事で窓の外にちらちらと振る物に気付く事ができた。
「雪だ……」
窓の外に目を向けながら呟いたシカマルに、シノがもぞもぞと身体を動かして窓の方を見る。
だが、確認できたのかできなかったのか、何も言わずに再び布団に沈んだ。
シカマルはベッドに戻ると、ぐしゃぐしゃになった布団の体裁を整えて潜り込み、ぐったりとしたシノを抱き寄せて頭の下に腕を通した。
腕枕をし、寝乱れた頭を撫でてやると、シノの方もシカマルに寄り添ってきて、無造作に垂れた髪を弄り始める。
ピアスを少し意識しているが、今はそれ程強くは気にならない様だ。
「…………前々から、不思議だったのだが………」
「ん……?」
不意に沈黙を破り掠れた声を出したシノは、目線を上げてシカマルを見遣り、少々不満げに問うた。
「お前はなぜ初めから、髪を下ろしてやらないんだ? わざわざ途中で下ろすのは、面倒臭いのではないか」
その質問に、シカマルは何だそんなことかと、さらりと答えてみせた。
「だってお前、我慢した後の方が可愛い声だすじゃん」
以前は初めから髪を下ろしてやった事もあったのだが、そうするとそれで安心するのか、
我慢させた後程啼かないという事をシカマルは数度の試みから立証していた。
「……………」
「え……なに…」
何だか、前にもあったような間と眼差しを向けられて、またもや訳が分からずに困惑する。
しかも今回は頬を赤く染めていて、別の意味でも狼狽える。
再び疼きだした物に、どうしたものかと苦笑いを浮かべた。
腕の中で未だ物言いたげな視線を無言で送ってくるシノに、シカマルも暫く付き合って
見つめ合っていたが、その内にじわじわと耐えきれなくなってきて、徐に口付けた。
そして、「……シノ…いいか…?」と耳元で囁く。
シノは、一瞬ビクッとしたものの、すぐにいつもの顰めっ面を向けて
「………クリスマスだぞ……」
と遠回しに辞退を仄めかした。
だが、シカマルもその辺りのあしらい方はお手の物で。
「おぅ、そうだったな。メリークリスマス」
と、その話題の主導権をまず自分のものにしてしまう。
「………メリークリスマス……」
解っているくせに、と思いながらもシノがシカマルの手口に乗るのは、筋を通さなければ気が済まない性故である。
そして、シカマルはシノの性を熟知している。
それを利用して、切り返すのだ。
「クリスマスといえば、今日着てたトナカイのコートな」
「……?」
「二度と着るつもりなかったけど………お前、気に入ったか?」
「………」
「いや…お前の前だけだったら、また着てもいいかなぁ……なんて、ちょっと思ったりしてんだよなぁ……」
故意に態とらしい言い方をするのは、シノお得意の天然生真面目な返答を防ぐためだ。
いくら天然と言えど聡いシノだ。
明らさまな言動にある裏に気付かないわけはない。
もしここで素直に話に乗れば、シカマルのトナカイコート姿をまた見る事はできるが、第二ラウンド突入となる。
かと言ってふいにすれば、二度と見られないかもしれない上、自分の中にはわだかまりが残るが、仄めかしただけのシカマルにダメージはほとんど無い。
「ああ、そうか。まあ俺も着たくなかったし」と言われて終わりだ。
黙りを決め込めば、結局ふいにするのと同じこと。
裏の意味に気付かぬフリをして「気に入ったから着て見せろ」と言う手もあるが、そんなバレバレな演技は返って逆手に取られ兼ねない。
そして何より不利なのは、シカマルには強引な攻めの一手を打つことができるところにある。
どんな手に出たとしても、結局はキス一つで詰めるのだから、最早守として打つ手が無いに等しい。
そしてもう一つ、決定的な弱点は、シノがあのコート姿をまた見たいという点である。
着て見せてくれるのなら、後1回くらい付き合ってもいい。
そう思う程、シノにとっては魅力的な誘惑だった。
「…………本当か……」
あれこれ思考した揚げ句に、シノは至って単純な答えを選択した。
「本当に、見せてくれるのだろうな……?」
その答えにシカマルは満足気な笑みを浮かべて、皺が刻まれたシノの眉間に軽く口付け、「ああ」と応えた。
それで漸く観念したシノに、事のついでにこんなことも言ってみた。
「ゴム買ってきたばっかだから、今夜は沢山できるぜ?」
「な……」
一瞬絶句したシノだったが、確かに「いいか」と訊かれただけで「もう一回」と言われたわけではなかった事を思い出し、迂闊だったと後悔する。
けれど、その後悔は飽くまでも読みの甘さに対してだけであって、実際その科白が冗談であることは判っていた。
なぜなら。
「………そんな体力無いくせに……」
的確な指摘に、シカマルは苦笑を浮かべて、腕の中にいる聡い恋人を、ぎゅっと抱き締めた。