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トナカイの誘惑の続きです。
姫始め
「………これ、どーっすかな…」
シカマルは、父親からのウィットに富み過ぎたクリスマスプレゼントを眺め下ろしながら、唸った。
クリスマスの朝から物置の中に放置して約一週間。
年が明けた1月2日になって漸く、このいかがわしい贈り物の処分に頭を悩ませている。
こんな巫山戯たモン誰が使うか!と偽サンタに突っ返したのだが、あれやこれやとかわされて結局手元に戻ってきてしまった。
不平不満は未だだが、ただ、シノに宛われたいかがわしい写真集も此方の手元にある事だけは、良かったと思う。
まあ、シカマルが「俺が預かる」と明言しても平然としていたことから、興味の対象外であったことは間違いなさそうだが。
それでも、こんな物を眺められては落ち着けたものではない。
と、それはともかく。
今はこっちの事だと、シカマルは横に立てかけられた写真集から、問題の箱へと意識を戻した。
そのパンドラの箱を開けてよくよく見てみれば、物の俗性は兎も角、なかなか豪華である。
三種類のバイブと、口枷、手枷、足枷、首輪に包帯。
SMじゃねーんだから…と、シカマルは猫じゃらしの様な物を取りだしてびよんびよんと揺らしてみた。
バイブは女性受けを狙ってか随分キュートな感じで三種三様だが、基本的にシカマルは道具を好まない。
別にシノを辱めたいわけではないし、今以上に視姦する気もない。何より、機械に頼らず生身でやった方が、愛があると思っている。
「………ん……?」
これは燃えないゴミでいいんだろうかと思案する中、一つ、様子の違うものを見つけて手に取った。
スティック型の化粧品の様なそれは、蓋を回せばスプレーになっている。
これも何かのプレイに使うのかとしげしげと眺めたシカマルは、ラベルを見て
「何だ、ただの香水か」
と呟いた。
厳密に言えば、香水というよりフェロモン液。
女性を振り向かせるにはコレ!的なものである。
男のシノにこんなもん効くのかよ、と心の中で突っ込みを入れ、それに女を振り向かせる気もさらさら無いしな……
と思ったシカマルだったが、フェロモンってのは匂いがするのかと、少し好奇心を起こして手首にひと吹きしてみた。
「…………」
鼻を押し当てて見るも、矢張り無臭。
ちょっと舌先で味を確かめてみれば、これまた無味である。
シカマルは、ちょいと肩を竦めて、それを箱に戻すとポリ袋の中に箱の中身をぶちまけた。
シカマルがシノの家を訪れたのは、それからおよそ1時間後の事。
知人から蜜柑を沢山もらったからお裾分けに行って来いと、母親にお遣いに出されたのである。
年始めの大掃除で賑やかな秋道、山中家に寄った後、油女家に訪れると、その静けさにシカマルは驚かされた。
シノの話によると、皆が常日頃から清掃を心がけているため、大掃除をする必要が無いらしい。
こまめに掃除する理由は、一族の性格もあるがそれ以上に、虫と共存する油女邸では整理整頓を怠ればすぐさま蜘蛛の巣まれとなり、
手入れを怠れば虫に食われたり寄生されたり、最悪伝染病が蔓延しかねないからという、実質上の理由が大きい。
何時死ぬかわからない忍ならば、身のまわりは常に整理しておくべきだというおっかない話は、聞かなかったことにした。
シノの部屋には以前柿を持ってきた時と同じように、小さめの炬燵が設置してあった。
炬燵で食べる蜜柑は美味い。
ということで、二人は向かい合って炬燵に入ると、一緒に蜜柑を食べ始めた。
「ああ、そうだ。シノ」
「………?」
蜜柑の皮を剥き始めてふと、シカマルが顔を上げたので、シノも何だと頭を上げる。
すると、シカマルは真顔で、
「あけましておめでとう」
と新年の挨拶をした。
「……ああ…あけましておめでとう」
一瞬間が開いてから、シノも真顔で頷いて挨拶を返す。
「年賀状も出したけどよ、まあ新年初めての顔合わせだし。チョウジやいのにも挨拶してきたから」
「………そうか」
そう言って再びぺりぺりっと蜜柑の皮を剥く作業に戻ると、ほんのりと芳しい柑橘系の香りがひろがった。
「今、皮を入れる袋を持ってくる」
思い出した様にそう言って炬燵から出ようとするシノを見て、シカマルはひょいと炬燵の側面を覗くと、
「ここにゴミ箱あんじゃん」
と言って手を伸ばした。
その手首を、シノが押さえる。
「生ゴミは、ウチでは燃えるゴミではなく肥料にしている。それに、ゴミ箱に捨てて万一処分し忘れたら、
微生物の餌食になりかねない。また、この時期に産卵する虫もいる。卵を産み付けられたら面倒だ」
「………あ、そ」
シノの説明に、シカマルは「メンドクセェんだな…」と呟いて、大人しくシノが持ってきた袋に蜜柑の皮を入れた。
美味しい蜜柑を口に頬張ると、互いに暫し無言となり、口の中にひろがる甘酸っぱい果汁を堪能する。
時折する気配は、この部屋に到達することなくどこか明後日の方へと消えていく。
「…………そういや、親父さんは?」
シカマルが不意に尋ねると、
「クリスマスの日からまだ帰ってきていない」
という返事が返ってきた。
「へぇ……そりゃ…」
楽しみにしていたクリスマスに任務へ出掛けた上、年末年始も家に帰れなかったとは、何とも大変というか…可哀想というか……。
シカマルは、実はまだちゃんと話した事もないシノの父親に、憐れみを覚えずにはいられなかった。
シノや自分の親父から聞いた分には、見掛けに寄らず随分子煩悩らしいので、さぞかし寂しい思いをしている事だろう……。
ちらとその、溺愛されているはずの息子を見れば、呑気に蜜柑を頬張っている。
向けられた視線に小首を傾げて、何を勘違いしたのか、ぺりっと蜜柑の一粒を剥がすとシカマルに差し出してきた。
「…………」
無言で差し出された蜜柑に一瞬固まったシカマルだったが、まあ折角なので甘えさせてもらおうと、ちょっと身を乗り出してパクリと口に銜えていただく。
噛むと、シカマルが食べていたものより少しすっぱめで、思わず口を窄めた。
「すっぱいか?」
「……や。俺食ってたのが甘めだったから…」
そういうと、今度はシノがどれどれと身を乗り出してくる。
シカマルが自分の蜜柑から一粒剥ぎ取って差し出してやると、シノはパクリとそれを口に銜えた。
若干小さめの粒だったせいか、シノの唇が指に触れて、シカマルは思わずドキリとした。
一方でシノは、もぐもぐと蜜柑を吟味すると、「確かに若干甘いな」と納得した模様だ。
「……だ…だろ…?」
シカマルは、慌ててシノに話を合わせて、ドキドキするのを誤魔化す様に、残りの二粒を一気に口に頬張った。
それから間もなくして、シカマルもシノも二つ目の蜜柑に手を付ける。
だが、三粒目を剥いたところでぱったり手を止めてしまったシノに、シカマルが目を向けた。
「もう腹一杯になったのか?」
「…あ…ああ……」
その、心なしかぎこちない返事を訝しんだシカマルは、じっと見つめるうちにシノの頬が僅かに上気している事に気が付いた。
だんだんと落ち着かない風にもじもじと体を揺すり始め、小便でも我慢しているのかとも思ったシカマルだったが、それ程奥ゆかしい奴ではないかと思い直す。
「おい、大丈夫か…?」
「だ…大丈夫だ……」
「でも、顔赤ぇぞ?」
「大丈……っ、く…、来るな!」
心配になってシノの方へ回り込もうとしたシカマルを、シノが驚くほど強く拒んだ。
その牽制に一瞬怯んだシカマルだったが、これはただ事ではないと確信し、シノの拒絶を無視して回り込むと後ろから強く抱き竦める。
「……っ…!」
「……やっぱ熱いな…」
額から瞼にかけてを掌で覆ってみれば、矢張り熱を帯びていた。
「んんっ……!」
シカマルの手を振り解こうと藻掻くシノに、シカマルが驚きながらも抱く腕に力を込める。
そして、荒い呼吸を繰り返すシノを問い質した。
「おい、どうした…?」
「…………」
「シノ。どうしたって訊いてンだ」
「………」
「……誰か、呼んでこようか…?」
何を言っても返事が無いのでシカマルが仕方なく言うと、シノはビクリと身体を強張らせて、シカマルを引き留める様にしがみついてきた。
そうして暫くはぁはぁと苦しそうに息をしていたシノは、一度口を噤んだ後、躊躇いながらもそっとシカマルの手を取ると、自分の股にその手を誘う。
突然何だと驚いたシカマルは、しかし勃起したそれに触れた瞬間、シノの身に何が起きたのかを知った。
「……おいお前…これ……」
「………わからない…っ…急に……」
「…………」
シカマルは、突然の事にひどく困惑した。
まず、こうなる要因が判らない。
シノはただ、蜜柑を食べていただけなのだから。
しかし、食べていたのはシノだけではないのだから、蜜柑に何か入っていたとは考えにくい。
では一体、何だ?
「…………シカマル……俺……」
シノの呼びかけにはっとして見れば、シノも我が身に起きた突然の事態に動揺している様で、見た事の無いほど弱りきった表情をしていた。
困惑と、愕然と、恐怖の入り交じった、怯えた表情。
助けを乞うようにシカマルの服を握り締め、しかしその欲望への葛藤からか、自身に触れさせていたシカマルの手を押し戻して縋る様な眼差しを伏せた。
原因不明の性的興奮に身体が震え、シカマルの胸元に額を押し当てて衝動を抑えようとする。
「…シノ……」
判らないことだらけのままではあるが、このままではシノが辛い。
シカマルは、原因追求は後回しにして、兎に角シノを解放してやることにした。
「シノ……今楽にしてやるから…」
と、自分にしがみついてくるシノをそっと抱き直して、押し戻された手を再びシノの間に滑り込ませる。
「んンンッ!!!」
シカマルが勃起した物に衣服の上から少し触れただけで、シノの身体は大きく跳ねて顔が苦痛に歪められた。
その様子に顔を顰めながらも、シカマルは思い切ってシノの前を開けて一物を取り出す。
それだけの作業をするだけで、シノは声にならない悲鳴を上げた。
「少しの辛抱だからな」
必死にしがみついてくるシノを宥めながら、シカマルがやんわりと付け根から先端にかけて包み込む。
「……っ、あぅ…!!」
引きつった声を上げたシノに一瞬手を止め、しかしすぐに少しずつ解すように揉み出す。
「!!!!!!」
シカマルがシノの一物を少し強く押し込んだだけで、シノは一気に頂点に達した。
溜まっていた欲が吐き出される瞬間、悶絶し、シカマルの服を強く強く握り締める。
「………ぁ……は…っ」
波が過ぎて詰まらせていた息を吹き返したシノは、大きく肩で息をしながら、ぐったりとしてシカマルに身を委ねた。
「シノ……治まったか…?」
自分に身を預けてきたシノに、シカマルがシノの頭や背を優しく撫でながら声を掛ける。
暫く静かに甘えていたシノだったが、徐に顔を上げると、不意にシカマルの肩に手を置いてチュッとキスをしてきた。
「?!?!!」
「………すまなかった……もう、大丈夫だ…」
吃驚するシカマルにシノはそう言うと、ちらとシカマルの服に目を遣って、再び申し訳なさそうに「すまん」と呟く。
この謝罪は、握り締めた所為で伸びてしまい、更に吐精で汚れてしまった服に対するものである。
「あ…?ああ……別に、気にすんなよ」
シノの自責に気付いたシカマルは、肩を竦めて伸びた箇所をぱっぱっと手で軽く払った。
それでも矢張り気になるシノは、「だが…」と行った後、少し考えてから
「……風呂には入っていけ。……俺も、入りたい」
とぼそぼそと付け足した。
いつもほど覇気が無いのは、自分の恥態に悄気ている所為だ。
シノはのろのろとシカマルから離れ炬燵から抜け出すと、佇まいを直して少々歩き難そうにしながら風呂の用意をしてくると言って部屋を出て行ってしまった。
大丈夫かよと気遣わしげな目を向けたシカマルだったが、大人しくその場に残った。
シノの居ない間に、後回しにしていた原因を考えてみようと、頭を巡らせる。
様子からして、矢張り媚薬に間違いなさそうだが、しかし何時どのようにシノがそれを口にしたのだろうか。
シカマルは、一つ一つ、記憶を辿ってみる事にした。
しかし、いくら思い返してもシノに要因となるような行動は無いし、家に来る前の事は知らない。
行き詰まると、考え方を変えて自分に要因があるのではないかと考えた。
自分が何をしたか一つ一つ思い返してみる。
蜜柑を食べる前、シノの家を訪れる前、家で、部屋での事。
そうしてみて、ぱっと、ある事が頭の中に閃き甦った。
慌てて自身の手首を見て、まさかと思いつつも、他に思い当たる節は無い。
あの、フェロモン液!
だがしかし、いくらなんでもフェロモンだけであんなことになるとは思えない。
媚薬が混じっていたとしても、変だ。
なんといっても、シカマル自身、舐めてみてもなんともなかったのだから。
とすれば、シノにしか効かないとでもいうのだろうか?
「う~ん……」
シカマルは、整理するために再び考え込んだ。
そして、はたと思い至る。
確か、蜜柑を食べる前にゴミ箱の事で一度、シノに手首を掴まれた。
その時シノの手に薬が付いたのだとしたら。
つまり、シカマルの手首からシノの指、そして蜜柑を通って体内に薬が入ったのだ。
そして恐らく、その効果はシノ、もしくは油女一族にしか効かない。
今思えば、フェロモン液に感じた違和感は、既製品にしては飾り気が無かった事だ。
あれは、奈良家で生成されたものだったのではないだろうか。
…………あの馬鹿サンタクロースならやりかねない。
「………シカマル……」
大体の筋が通った答えを導き出し、シカマルが頭を抱えかけた時、シノが戻ってきた。
未だ悄気た様子なのは、本人には悪いがなかなか可愛気があるものだ。
「お前、まだ気にしてんのか」
原因が自分にあったことは黙っておこうと思いながら、シカマルはスイッチを切って炬燵から出ると、シノの下に歩み寄った。
僅かに唇を尖らせ黙りこくるシノに、シカマルは一つ息を吐いてから、徐にシノを抱き寄せて耳元で囁く。
「いいんだよ。今日は秘め始めの日なんだから。な?」
その瞬間、耳まで真っ赤になったシノに、まあ少しは親父に感謝しておこうかと思ったシカマルであった。
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後書き
クリスマスに続く正月企画でした。
媚薬でちょっとまいったシノとシカマル。
姫始めとは、1月2日の行事で、年で初めて行う日です。
何を行う日かは様々云われがあるようですが、今回は秘め始め
という男女が交合する日という意味で使わせていただきました。
当然、続きはお風呂で…です(笑)
そして更に、続きます。
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