[ナルト映画2009疾風伝-火の意志を継ぐ者- 後日談]
静謐の烽火
ピロロロロと、上空を鳥が飛んでいく。
空は青く晴れ渡り、雲は気ままに浮かんで、ゆったりと動いている。
そんな平和な風景を白い眼に映したネジは、ふと目を閉じて、次の瞬間には視線を正面に向けていた。
里の様子は変わらず、人々は商売など仕事に励んだり客として買い物をしたり、平穏且つ活気に満ちて生活している。
街中を歩いていくネジの横を、子供たちがわあわあきゃっきゃと元気に走り抜けていった。
何気なく目で追う。
するとその先で、中でも一番小さい子どもがつまずいて転んだ。
火の点いたように泣き出す子ども。
ネジが足を止め、助け起こしてやろうかと思った――その時。
泣き叫ぶ子どもの横に、ふっと、ひとつの気配が現れたので、ネジは思い止まり、その気配の持ち主がどうするのか様子を窺うことにした。
現れた人物は、子どもの横に立ってはいるものの手を差し伸べる気配はない。
ただ、何か声を掛けたらしく、子どもがピタリと泣き止んで顔を上げた。
見た感じでは、突然怪しい人物に声を掛けられてビックリしたのだろう…と思われる。
その証拠に一度泣き止んだその子どもは、その人物を見上げると、再び、しかも更に激しく泣き出してしまった。
その人物は困っているのか何なのか、立ったまま子どもの様子を窺うように小首を傾げている。
頭を撫でるとか、せめて屈んで目線を低くすべきだろう…とネジは思いながら、溜め息を吐いた。
泣く子ども相手にどうするのかと一種期待もして見ていたのだが、どうやら期待はずれだったらしい。全く、基本的な扱いすらできていない。
ネジは仕方がないと、止めていた足を再び向けた。
「おい、大丈夫か」
そう声を掛け、その人物の反対側の、子どもの横に身を屈める。
また現れた人に、子どもは泣くのを押さえ、ヒクヒクとしゃくり上げながらネジを見る。しかし今度は、再び泣き出すことはなかった。
グズグズと鼻を啜る子どもの顔をネジはハンカチで拭いてやり、転んだ時に擦り剥いたのだろう膝小僧を診てやる。
「ほら、もう泣くな。膝の怪我は大したことはない。まだ痛むか?」
子どもはネジの言葉に自分の膝を見ると、もう痛くない、とフルフル頭を振った。
「なら、大丈夫だな。ほら立って。みんなも待ってるぞ」
泣き止んだ子どもの先を指し示す。
その子の友達が、心配そうに振り返りながらその子のことを待っていた。
子どもは一度ネジの顔を見ると、「うん!」と元気に応えて立ち上がり、友達の下に駆けていく。友だちが戻ると、子供たちは再び元気に走っていった。
「…………すごいな…」
子供たちを見送っていたネジの耳に、ポツリと聞こえてきたそんな一言。
「普通の対応だ」
ネジは半分呆れながら、子どもをあやすのに大失敗した人物を見遣った。
しかし、その人物を改めて正面から見て、否コイツには無理かも知れないと考えを改める。
目を完全に覆うサングラスに、目深に被ったフード。顔の半分を覆い隠す服。
見慣れたネジにはそうでもないが、子どもの目から見ればかなり怪しく、そして恐いはずだ。
こんなのに見下ろされていたら、泣き出してしまうのも無理はない。
「……泣き止ませたいのなら、せめて屈んでやれ。そのくらい考えなくとも判るだろう。シノ」
ネジは、その人物――シノに言ってやった。
しかしシノは眉間に寄せた皺を更に深めて、「だが」と言う。
「昔、そうしたらもっと泣かれた」
「………」
それはきっと人相のせいだとネジは思ったが、言わなかった。
「…………子どもはよくわからん…」
少しふて腐れたように、シノが言う。
「……下忍の時、子どものお守りや遊び相手をする任務があったろう。その時はどうしていたんだ」
ネジが問うと、シノは「キバとヒナタに任せていた」と言った。
「否……と言うより、俺が居ると何故か泣かれてしまうので『お前は子どもの前に出るな』とキバに言われて、洗濯やらおやつの用意やら、他のことをしていた」
「…………」
「一度だけ、子どもを泣き止ませたことがあるが……」
「が…?」
「その後で紅先生に怒られた。『泣く子を黙らせてどうする』と。そんなつもりは無かったのだが……」
「…………」
泣く子も黙る何とやら。
やはりコイツに子どもの相手は無理だと、ネジは思った。
屈んでもダメ。かと言って立ったままでもダメだし、この分だと頭を撫でたり優しい言葉を掛けてみても、きっと効果は無いだろう。
最悪、逆効果にもなりかねない。
ネジとて子どもの相手が得意なわけではないが、シノほど酷くはないと、わけもなく確信する。
ネジはこれまで、キバのことを賢いと思ったことは無かったが、『お前は子どもの前に出るな』と言った下忍時のキバの判断は、賢明だと思った。
「…………ところで、その花は何だ」
これ以上話を展開させると、行き着く先はシノの見た目や人格の問題になりかねない。
そこまで深入りするのは御免だと、ネジは話題を変えることにした。
シノは、地味目ではあるものの、不似合いな花束を抱えていたのである。
シノはこれか…と花束を持ち上げると、
「これは、桔梗と女郎花、萩に藤袴に吾亦紅だ」
と答えた。
キキョウにオミナエシ、ハギにフジバカマと言えば、秋の七草である。足りないのはナデシコとクズとススキだが、その代わりにワレモコウが入っているらしい。
しかし、ネジは花の種類が聞きたいわけではなかった。
「……花の種類ではない。その花束が、何のためのものかと訊いたんだ」
そう問い直すと、シノはああ、と言って答え直す。
「シカマルのところへ行くと言ったら、いのに買わされた」
「シカマルのところ?」
「病院だ」
卑留呼により、第四次忍界大戦を起こすという宣戦布告がなされてから今日で一週間。金環日食の日からは、4日が経っていた。
一触即発となった危機は回避され、事件解決に伴い各国各里への信用回復も順調になされてきており、騒ぎは収束に向かっている。
戒厳令も一昨日の夕刻には解除され、里には平和な空気が戻っていた。
4日前――。
ナルト達やカカシと共に帰途に就いた面々は、帰還するなり動ける者はそのまま新しい任務に就かされた。
ネジ達はガイと合流して国境の警備に向かったため、他の者がその後何をしていたのかは知らない。
しかし普通に考えて、隊長であったシカマルは火影の下へ報告に向かったはずだし、きっとサクラやナルト、カカシも同行しただろうから、恐らくサイも一緒だったろう。
入院する必要があると考えられるのはナルトとカカシだが、シカマルもその必要があったのだろうか……。
と、ネジは思ったが、しかし道すがら尋ねれば、シノは「否」と答えた。
「チョウジの話では、昨日、ナルトの見舞いに行った時、また肉を奢る奢らないの話で一悶着あり、
その中で発せられたサイの一言からサクラといののケンカが勃発した挙げ句チョウジに飛び火して、
病室一つ破壊する騒動になった末に、とばっちりを受けたシカマルが骨折した……そうだ」
「……………」
何だそれは。
ネジは、思わず頭を抱えてしまった。
それが、戒厳令の解かれた翌日に起きる事件なのか。
緊張感の欠片どころか、微塵も無い。
平和にも程があるだろう。
「いのの話も聞いたが、大筋間違ってはいない」
そう言うシノに、間違いであって欲しいんだがな…とネジは少々怨めしげな眼差しを向けた。しかし、シノを怨んだところで仕方がない。
ネジは溜め息を吐き、気持ちを切り替えると、話を元に戻した。
「……それで………お前はシカマルの見舞いに行くのか」
「まあ、そんなところだ」
シノの返事に、ネジはふむと考える。
「……なら、俺も行こう。これからリー達と会うことになっているが、それまで少し時間が空いているんだ」
「………暇潰しに見舞いか」
シノの言葉に、ネジはフッと笑って、「否」と言った。
「ただの暇潰しだ」
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