キバシノ、同棲生活~夜~
シノが帰宅すると、良い匂いが漂ってきた。
そして玄関へぱたぱたと出迎えにやってきたキバに、瞬きをする。
「おかえり!」にこやかにそう告げるキバは、エプロンと三角巾着用。
そんな物にまで犬のワッペンが付いていて、差詰め家庭科の授業中の青年といった風貌である。
「風呂沸いてるぜ? 飯ももうすぐ出来る。どうする? ああ、それとも…」
にこにことした笑みを一変させキバは挑戦的な笑みを浮かべると、ぐいとシノの胸倉を掴み力任せに引き寄せ、強引に口吻る。
「……朝のお返しがいいか?」
「………キバ」
不敵に笑むキバに、シノが眉を寄せて淡々とした口調で注意する。
「問うなら、答えを聞いてから実行すべきだ」
「ま、そう言うな。飯にしようぜ、飯!」
「………」
言った傍から、問うておいて答えを聞かず自分で決めてしまったキバに、シノは黙ったまま従った。
キバが腕によりをかけて作ったという夕飯はビーフシチューとパン。
パンは市販のものだろうが、ビーフシチューはとても美味しそうな匂いを立ち上らせている。
味も確かで、シノも素直に「美味い」と口にした。
実は、一楽での一件後、ヒナタとの修行に戻ったキバはそれが終わり帰る頃になって漸く、夕飯の支度をすることを思いついたのだ。
だが、財布は空。
しかし、シノのために夕飯は用意しておきたい。
冷蔵庫は、朝牛乳を取り出す際見た記憶ではあまり入っていなかったように思う。
買い出しをしていかなければならないが、そのための金が手元にない。
で、結局はヒナタに頼み込んだ次第である。
多少尊厳が傷付いたかも知れないが、シノの一言で癒え、余りある程度の傷だ。
「…………ところで」
「うん?」
シノの褒め言葉で御機嫌になったキバは、シノの声に歌うような調子で応える。
気持ちが高ぶっていた所為か、そのシノの声に影が差している事にキバは気が付かなかった。
「ラーメンは美味かったか……」
「………」
にこにこ顔を顔に貼り付けたまま、暫しキバは沈黙したが、言葉の意味を解釈した瞬間飛びすさる。
「な…なんで知ってんだよ…?!」
「報告書を提出しに行った時、イルカ先生に会った。それでお前達が一緒に一楽にいるのを目撃したと教えてくれた。
声を掛けようと思ったが、急いでいたので止めたそうだ」
イ……イ~ル~カ~センセ~!!!
キバは、心の中で絶叫した。なんと余計な事をしてくれたのだろう。
「や、あれは…だな! ナルトに誘われて……その…」
咄嗟に言い訳を始めたが、この時漸くシノの周りの空気が例の如く黒々と沈んでいる事に気が付いて、キバは直感した。
マズイ。
「別にわざとお前を除け者にしたわけじゃなくて、たまたまな? たまたまお前が居なかっただけであって。
お前が居たら、当然一緒に食いに行ったし。んだから、そんな深く考えんな。な? ほら、もっと前向きに!
ポジティブにいこうぜ? ほらほら、シチューもまだあるし。おかわりは? 折角俺が作ったんだから、もっと食えって!」
顔を引きつらせながら、とにかく必死に機嫌を取りつつ話題を変えようとするキバ。
だが、沈んだ空気はいっこうに晴れる気配がない。
いじけ虫となったシノは、輪を掛けて頑固である。
そんなシノの様子にキバは唸った。どうすれば機嫌を直すのか頭を巡らせ、実行するもあまり効果がない。
しかし、暫く経ってから、漸く機嫌の傾斜が緩んだらしく、シノがぼそりと言った。
「…………俺が気にしているのは、除け者にされた事だけではない…」
だけじゃねえってことは、やっぱそれも気にしてんのか…。
と思いつつもやっと話したいじけ虫の腰を折らぬよう、「じゃあ何だよ」とだけ訊く。
シノは再び黙り、間を空けてからまたぼそぼそと答えた。
「お前が俺以外の者と、俺が居ないところで楽しく食事をしていたという事に、焼き餅をやいている」
「………………………………………はい……?」
それは自身の状況を分析した結果の報告のような告白で、キバはすぐに理解出来なかった。
けれどじわじわと、その告白の意味が解ってくると、思わずまじまじとシノの顔を見つめた。
そして不意に、笑みが漏れる。
なんだそう言う事かと、安堵と可笑しさに目を細め、力を抜いてテーブルに頬杖を着く。
斜め下から未だ若干いじけるシノを見つめながら、キバは微笑んで言った。
「なら、今度は二人だけで行こうぜ? 俺は、お前と一緒に食うのが一番好きだからよ」
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