キバシノ、同棲生活~朝~

そよそよと吹き込む風に、窓のカーテンがひらりと翻る。
「………ん……」
寝返りを打ったキバは、うっすらと目を開けたが、差し込む眩しい光に再び閉じた。
漂ってくる味噌汁の匂いが鼻をくすぐり、トントンとまな板を叩く音が爽やかな朝を告げている。
起きた方がいいとはわかっているが、キバはうだうだと布団を抱き締めた。
起こしてもらうのが、ここ数日の楽しみなのだ。
犬塚シノに―――――。
堪らずにやけた顔を、ぎゅう~っと布団に押し付ける。
同棲初日は諸々で二人とも寝坊してしまったが、それ以外は今のところ毎日シノが起こしに来てくれている。
起こし方は「あなた、起きて」というような甘いものではないが、起こしてもらえるだけでも幸せだ。
しかも手製朝食付きとくれば、文句のつけようがない。
きっと今日も、呆れた顔をしながら起こしに来てくれるはずだ。
なので、それを待つ。
「キバ」
ほら来た!とキバは、心の中で飛び上がりながら、寝たふりを決め込む。
「キバ、起きろ。朝だぞ」
「ん~………あと5分」
ぺしぺしと頭を叩かれても、ぐずぐずと布団にしがみいて見せれば、シノの溜め息が漏れ聞こえた。
するといきなり布団の中に蟲たちが潜り込んできたかと思えば、体が空中に浮いて、その高さからベッドの下に落とされる。
「い―――っ…」
打った腰を押さえながら呻き声を上げ、今まで以上に乱暴な起こし方にシノを睨み付けた。
が、すっかり旅装を整えたシノの姿に、目を瞠る。
「……あれ…?」
「俺は今日紅先生と任務だと言ったろう。だから、さっさと起きろ。最近、朝の散歩もしていないから、赤丸にも不満が溜まっているのではないのか?」
「うっ…」
図星を言われて、言葉に詰まる。
別に赤丸への愛情が薄れたわけではないが、朝、シノに起こしてもらいたくて、朝の散歩は我慢してもらっていたのだ。
赤丸は快く承諾してくれたが、やはり気持ちのいい朝の散歩に行きたいはずだ。
うぅ…と項垂れたキバにの頭に、ぽんと手が乗る。
「それから、冷める前に朝飯を食ってしまえ」
ぽんぽんと二回軽く叩いてから、踵を返したシノに、キバが慌てて付いていく。
「では、いってくる」
「あ…ぁあ……。いってらっしゃい…」
玄関先で簡単な出掛けの挨拶を交わすシノとキバ。
だが、余程情けない顔をしていたのか、しゅんとするキバにシノが徐に手を伸ばす。
そしてすっとキバの頬に手を添えて軽い口吻をすると、再びいってくると言い残して出掛けていった。
後に残されたのは、顔を真っ赤にして呆然と立ち竦むキバ。
ちちちちっ、と、小鳥の声が、弾けて消えた。



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