外邦の聖日であったクリスマスも、木ノ葉では一種のお祭りと化している。
一月も前になればクリスマスソングが街に流れだし気色張ってくるのも、最早風習。
無ければ寂しい行事である。
しかしそれでも、街外れに位置する由緒正しい家柄の油女家においては、その気色は極々乏しい。
なぜなら、元来静寂を好む性質であり、かつ、虫がほとんど冬眠期に入っていてもともと静かなのがますます静かになるためだ。
だが、生物は多種多様。
イレギュラーな存在も当然存在する。
ここにも、ご多分に漏れずそういった存在があった。
シノが引き開けた戸の先に。
厳つい顔の裏でウキウキとクリスマスツリーの準備に勤しむ、いい大人が一人。
しかし最早そのことをとやかく言うシノではない。
「親父…相談があるのだが……」
シノは、その無邪気な父親に、淡々と申し出るのであった。



幸せの贈り物



12月24日、クリスマスイブ。
ヒナタは、そわそわしていた。
6時に稽古場へ来るようネジに言われたのは今朝の事。
一体なんだろう、自分はまた何かしでかしてしまったのだろうかと、内心を不安で一杯にしながら、ヒナタは一時間以上前から稽古場で緊張に身を固くし続けていた。
約束の時間が差し迫ってくると、益々不安感は重みを増し、ぎゅっと握り締めた両手が震える。
カタンと木戸が開く音にはっと顔を上げれば、とうとうやってきたネジを確認して、ヒナタはこれでもかと言うほど正した姿勢を更に恐縮させて、正座し直した。
不安に目を合わせる事ができず、一瞬視線を泳がせたヒナタだったが、恐る恐るネジの顔を窺う。
「………お待たせ致しました」
ネジが、不機嫌そうな声を発した。
ヒナタはどんなお咎めがあるのだろうかと身を固くしたのだが、ネジは「すみませんが、付いてきてください」と言うだけ言ってふいと踵を返して行ってしまう。
面喰らったヒナタは、一瞬ほけっとした後、慌ててその後に続いた。
そして、そわそわしているのである。
一体どこへ行くのかと、気が気ではない。
あれやこれやと自分の失敗を思い出しては、どんどん落ち着かなくなっていく。
失敗と言ってもほんの些細な事ばかりなのだが、過敏なヒナタにとってはどれもこれも重大なミスの様に感じられてしまうのだ。
そういう所をキバにダメ出しされたことも思い出し、反省して、いやそれがダメなんだと反省に反省を重ねて更に反省し、無限ループに陥っていく…。
そんな時、ピタリと足を止めたネジに、ヒナタはあわやぶつかる寸でのところで立ち止まった。
「ここです」
「???」
振り返りネジが示したのは、普段親族会議や来客が来た時に用る部屋。
ヒナタは分けが分からずに、ネジとその部屋の閉じられた襖を交互に見遣った。
「………あなたが開けてください」
狼狽えるヒナタに、ネジがぶっきらぼうに言う。するとヒナタは
「え……。あ…は、はいっ」
とはっとし慌てて襖に手を掛ける。
とにかく開けなければと、その事で頭を一杯にして、戸を滑らせた。


その途端。


パンッ!パンッ!パンッ!!


という乾いた爆発音が連続的に耳をつんざき、それに続いて


「ヒナタっ!!ハッピーバースデー!!!」


という一致団結した声と色鮮やかな光景が飛び込んできた。


「!?!?!??」
あまりに突然の衝撃に、ヒナタは頭が目を丸くしてその場に立ち竦んだ。
そして、混乱し真っ白になった頭にいくつもの疑問を次々に投げかける。

………これは、一体どうしたのだろう?
何で、みんなが居るんだろう?
キバも、シノも。
シカマルくんも、チョウジくんも、いのちゃんも。
テンテンさんや、リーさんや、サクラちゃん……それに…。


そこまでいった時、また突然パアァンッ!!という一際大きな音が一つ鳴って、ヒナタはビクリと思考を停止した。
見れば、ヒナタのみならず皆驚いた様に、ある一点へと視線を集中させている。

「っナルト! お前、タイミング合わせろよっ!! バカ!!」
「しょ…しょーがねーだろっ!! これ何か固くて、う、上手くいかなかったんだってばよっ!!」

俺のせいじゃねえ!!と非難囂々のキバに怒鳴り返したのは、一抱えもある巨大なクラッカーを抱いた、ナルトだった。
「ナ……ナルト…くん……?」


一体、これは……??


「ほら、ヒナタ! バカ共はほっといて、中入りなさいよ!」
呆然とするヒナタに、いつも以上にオシャレな格好をしたいのが声を掛け、ヒナタを部屋の中へと引き入れる。
そしてサクラやテンテンにも引っ張られて、ローストチキンやパイ、ケーキが並べられた一見するとクリスマスパーティの様なテーブルの上座に座らせられた。
「え…あ、あの…あの……これって…」
漸く口がきける様になったヒナタが縋る様にいの達を見ると、にこにこした顔で
「何って、誕生日パーティに決まってるじゃない!」
とサクラに答えられ、ますます驚く。
「厳密に言えば、誕生日とクリスマスの合同パーティ…なんだけどね」
続いてテンテンがちょっと肩を竦めながら言った。
それでもまだ狼狽えているヒナタに、いのが説明を補足する。
「キバとシノがね、招集かけたのよ。ヒナタの誕生日パーティやるから協力しろって。本当はクリスマスと合体させるつもりは無かったんだけど、
みんなの都合で24日になったから、ついでにそっちもやろうって事になったわけ。わかった?」
ヒナタの顔を覗き込んできたいのに、ヒナタがこくこくと首を縦に振る。
本当にわかったかどうか、怪しいものではあったが…。




ローストチキンにパイにブッシュドノエル。
クリスマス用のオードブルに加えて、バースデーケーキ。
当然、ロウソクを吹き消す恒例も行って、ヒナタはこれ以上ないほどの幸せを噛み締めていた。
だが、それにも更に上が待っていたのだ。

それは、クリスマスのプレゼント交換。
誕生日プレゼントが主賓であるヒナタの後ろに山と積まれた後、一人一つずつ持ち寄ったプレゼントに番号を振って、クジを引き、誰のが当たるかお楽しみというゲームである。
こんなイベントがあると知らなかったヒナタはプレゼントなど用意していなかったが、こっそりとシノに耳打ちされた事に、思わず赤面した。
曰く。
「ナルトに用意したプレゼントを持って来い」
…………確かに、用意してあったのは事実だが。
毎年毎年用意しては渡せず終いだった、手編みのマフラー。
そういえば今年は毛糸を買いに行った先でシノと出会した事を思い出し、あの時には既に勘付かれていたのだろうかと、赤い顔が益々赤くなる。
しかし、自分が持ってこないことにはゲームを始められないので、ヒナタは自身を急き立てるようにして赤い顔のまま宴会場から抜け出した。
すっかり暗くなった渡り廊下を急けば、冷たい風が火照った顔に心地良い。
「でも、もし他の人に当たったら、どうしよう……」
ヒナタはふと思い立って、呟いた。
しかし、シノは確かに「ナルトに用意したプレゼント」と言っていた。
ということは、間違いなくナルトくんに当たるような細工をしているのだろうか。
もしそうならば、何だか申し訳ないな……。
そんな事を思いながら、しかし今まで渡す事ができなかったプレゼントを、例えゲームという形でも渡す事ができるなら……と、罪悪感と同時に嬉しさも込み上げてくる。
どきどきと震えだした心臓に、ぎゅっと胸元を握り締めて、ヒナタは部屋へと足を速めた。


ゲームは案の定何かしらの仕掛けがあったようで、ヒナタのプレゼントは無事ナルトが引き当てた。
そして、更に嬉しい事に。

「……ナ…ナルトくんの…プレゼント………」

そう。
なんとナルトのプレゼントを、ヒナタが引き当ててしまったのだ。
これも何か細工があるのかと、ヒナタはシノへ視線を送ったが、シノは引き当てたチョウジの、
大きな赤い長靴(靴下?)に入ったお菓子の詰め合わせを物珍しげに眺めていて、気付かなかった。
他の人の様子を見渡してみれば、キバのプレゼント(犬柄マグカップ)を当てたいのがキバに何か話しかけ、
いののポインセチアの種と育て方の本を当てたサクラも混ざっている。
その付近では、シカマルがテンテンのプレゼント(占いの本)を眺めているし、
チョウジはネジの救急セットをさっさと仕舞ってローストチキンにかぶりついている。
また、その向かいではサクラのプレゼント(写真立て)をまんまと当てたリーが狂喜乱舞し、それにナルトが喚き立て、
そんな二人をリーのプレゼント(根性ハチマキ)を手に呆れた顔で見遣っているテンテンが居る。
ちなみに、ナルトのプレゼントの中身はカップラーメンと一楽の割引券。
他の者が当てていたら非難の的だっただろうが、ヒナタには本当にこの上無い幸せである。
楽しそうな皆の様子を一通り眺めたヒナタは、ふと、部屋の隅でネジが壁に向かっている姿を見止めて、小首を傾げた。
「ネジ兄さん……どうか、したんですか…?」
具合でも悪くなったのかと心配になってヒナタが声をかけると、ネジはビクリと肩を震わせ、慌てて振り返って首を左右に振る。
「な…何でもありません! ヒナタ様」
「…………?」
振り返った拍子に後ろ手に何か隠した様で、ヒナタは益々不思議に思った。
そして、確かネジ兄さんが当てたのはシノくんのプレゼントだったなと思い出し、何かとんでもない物だったのだろうかと、別の意味で心配になる。
「……に…兄さん…。シノくんに悪気は無いと思うの…。だ、だから…っ」
「ヒナタヒナタ!! ちょっとこっち来てぇ!」
拳を握り締め何を思ったかシノの擁護を始めたヒナタ。しかし突然いのに遮られて、ぱっと振り返った。
見れば、占いの本を眺めていたシカマルの周りに人が集まっていて、いのが手招きをしている。
どうしようかと迷ったヒナタだったが、右往左往した揚げ句結局ネジに頭を下げてテッテと皆の方へと走り寄っていった。
「………………」
一人残されたネジは、呆然と立ち竦む。
ヒナタが何を思ったのか知らないが、突然の力説には驚いた。
というのも、あながちその説がズレてもいなかったからだ。
ネジは、恐る恐る再び手の内に握り込めた物に目を遣った。
ネジの手には、どうやら手製らしい、毛糸でできたクマのマスコットが握られている。
…………。
きっと、悪気は無いのだろう。
いや、もし悪気悪意があったとしたら、これは呪いの人形か何か嫌がらせに違い無いだろうが。
「……………」
ネジは、パーティー会場へのヒナタのお迎え役を与えられた時の事を思い出した。
「何故俺が」と難色を示したネジに対する、「他に誰がいる」というシノの痛烈な一言。
確かに、日向邸内で呼び出すとなると他の者ではどう繕おうと不自然だ。
そんな短刀直入な奴が、こんな非合理的な嫌がらせをするとは思えない。
するならきっと、もっと確実に相手を心身共再起不能に陥らせるような方法を取るはず……。
「……………しかし……そうなると、これは……」
大真面目という事になるのか……。
と、そう思えば思ったで、ネジは更に戦いた。
呪いの人形の方がまだマシだと深く沈むネジを尻目に、ナルトとの相性をいのに占われたヒナタが、卒倒した。





「お。気が付いたか、ヒナタ」
「キ…キバ…くん?」
ナルトとの相性占いで気を失ったヒナタは、目を覚ますと同時に遠からず近からずのキバを仰いでいた。
キバはテーブルを拭いていたらしく、テーブルに付いた手の下から布巾が覗いている。
「………み…みんなは……?」
起き上がってみると他の人の姿がみえず、きょろきょろしながらヒナタが問うと、キバがテーブル拭きの作業に戻りつつ答える。
「ナルトとサクラはゴミ捨て。10班は買い出し。ネジ達は、ツリー取りに行った。……ツリーまで飾る時間なかったからよ、みんなで飾ろうってことにしたんだ」
ヒナタは周りを見渡したことで、離れた所で余った食べ物をまとめていたらしいシノにも気が付いた。
今は、起き上がったヒナタの方を向いている。
つまり、今、この部屋にいるのは8班だけということだ。
そのことに気付いたヒナタは、はっと思い出した様にあたふたと佇まいを正すと、
「あ…あの、あの…! キバくん! シノくん!」
と改まって二人を呼んだ。
呼ばれた二人は一瞬顔を見合わせて、一体なんだと、再びヒナタを見る。
ヒナタは、震える声を絞り出し、言った。
「あの……今日、は…本当に、あ、ありがとう……」
「なんだ、何かと思ったら…。別に礼なんかいらねーよ。俺等が勝手にやったことだし。結局はクリスマスと合同になっちまったし。
……ま、要するにパ~ッと騒ぎたかっただけだから、な!」
ヒナタの突然の感謝に、キバが照れ臭そうに頭を掻いたり視線を逸らしたりしながら応える。
そんなキバに、ヒナタは首を振って、尚も続けた。
「ううん……もし、そうでも…わたし…わたし、本当に、嬉しくて……」
声の震えも増してとうとう言葉に詰まる。正座した上できゅっと握り締められたヒナタの手にポタポタと落ちた雫を見て、キバはぎょっとして慌てふためいた。
「お…おおい! な、泣く奴があるかよっ!」
「ご…ごめ……」
キバの言葉にヒナタは慌ててごしごしと目元を拭うも、なかなか収まらず、小さなごめんを繰り返す。
そんなヒナタにキバは、声を掛けかけ、手を掛けかけ、けれど何も出来ず仕舞い。
「…………ヒナタ……」
漸く掛けられた声は、低く静かで、とても落ち着いた声だった。
まだ濡れたままの瞳を上げれば、いつの間にかやって来ていたシノが覗き込んでいる。
そして、ヒナタの頭を優しく撫でながら、言った。
「ヒナタ……。お前に泣くほど喜んでもらえた事は、俺達も嬉しい。だが、笑ってもらえれば、より嬉しい。なぜなら、俺達はお前の笑顔が好きだからだ」
「…………おま…真顔でんなこと……」
「何だ」
「……何でもねぇよ…」
シノの恥ずかしい程正直な言葉に、キバが呻く。
そんな遣り取りがあまりに二人らしくて、ヒナタは可笑しくなって堪らずくすくすと笑い出した。
泣き笑いの様に目を擦っては肩を震わせるヒナタを見、お互いを見て、キバが苦笑を漏らせばシノが穏やかな表情を作る。
空気が和んだ丁度その時、リー、ネジ、テンテンがツリーを運んでくる音が近付いてきた。




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(07/12/26)