※裏ではありませんが、夜のテンションです。カンクロウ誕、奈良シカク誕とつながり有り。




銀のピアスと秋の月


ひゅうひゅうと風を切りながら、枝葉の間を駆け抜ける。
紅葉間近の葉が、足下を掠めてひらりと落ちてゆく。
タンッ、と、トップを切って走っていた担当上忍が太い枝で足を止めたのを機に、続く3名も各々手頃な枝に着地した。
「この辺りだな」
くわえ煙草を上下に揺らして、猿飛アスマが振り向く。
「わかってるだろうが、急を要する。この近くには小さな村があるからな。被害者が出る前に、捕まえろ」
急を要すると言いながらも、その表情に緊張の色はない。逆に、何だかちょっと楽しそうだ。
「了解」
と言ったいの、シカマル、チョウジの3人も、やる気なさげだ。
「おいおい、気合い入れろよ」
「だって先生! なんで、よりによって、スカンクなのよ!」
3名を代表して、いのが「信じらんない!」と悲痛な声を上げた。
スカンクというのは、身の危険を感じると臭い匂いを発して撃退するという習性を持つ、捕まえるには厄介な相手である。
しかも、任務も無くのんびりと過ごしていたところへ突如舞い込んだ脱走ペット捕獲任務なため、反発が一層増すのも当然と言えば当然だ。
気持ちはわかるがな、と声高に叫ぶいのに苦笑して、アスマは言った。
「ま、そこは諦めろ。今日が誕生日の奴には、災難だがな。なあ、シカマル?」
「………」
にやけた顔を最もやる気の無い奴に向ければ、渋い顔をされる。
「そんな顔すんなって。明日はいのとお前の誕生日パーティーやる予定なんだし。まあ、どーしても今日中に帰りたいんなら、真面目にやるこった」
シカマルの心中を見透かして冷やかし交じりに言うアスマに、シカマルは更にやる気を無くした。
どうしても…と言うわけではないが、できれば今日は家に居たかったというのが本音である。
その理由は、今日が自分の誕生日であると同時に、シノが帰ってくる日だから。
帰ってきたら知らせる約束なので、任務が長引いたりしていない限り間違いなく家を訪れるだろう。
急な任務が入ったと聞けばすんなりと頷く奴だが、すんなりといかないのは、こちらの方だ。
会えるのを期待していなかったと言えば、嘘になる。
「ほら、シカマル! こんな任務ちゃっちゃと終わらせて、帰るわよ!!」
シカマルのためか、はたまた自分でそうしたいだけか判らないが、いのが意気消沈したチームメイトに活を入れた。
「ぼくも、がんばるぞおぉぉ!!!」
こちらは十中八九親友のために気合いを入れるチョウジ。
残りの1,2割は、奈良家からのお裾分けが考えられる、晩飯のためだろう。
気合いを入れた二人に、シカマルは一つ溜め息を吐くと、無理矢理やる気を絞り出した。
ぐずぐずしているのは面倒だ。
この際、いのの言う通りちゃっちゃと終わらせて帰る。
それが、最も手っ取り早い。と、結論を導き出す。
「………でもやっぱ、メンドクセーなぁ……」
けれど一度膨らんだやる気はすぐにしぼみ、シカマルは縋るように空を見上げた。
雲の彼方に南中した太陽が、僅かに傾き始めていた。



そんな太陽も沈む頃。
日没が随分早くなったと感じながら奈良家を訪れたシノは、シカマルに急な任務が入ったとヨシノに聞いて、それにすんなり頷いていた。
任務ならば、仕方がない。
そう思いながらポッケの中に入れた手で、用意していたプレゼントを軽く転がす。
明日でも問題はないだろうと踵を返そうとした時、ふと、良い匂いが鼻についた。
他にも、美味しそうな香りが漂ってくる。
こんな感じを以前シカクの誕生日の時にも感じていたので、シノにはこれがシカマルのための夕餉だと察しが付いた。
「あ、そうだ!」
シノが推察しているところへヨシノが唐突に声を上げ、何か閃いたようにぱんっと掌を打つ。
何だとヨシノを見上げたシノに、ヨシノはにこにこと微笑んで言った。
「シノくん、良かったら晩ご飯、ウチで食べていかない?」
「………………え……?」
泊まりに来た時は御馳走になっているが、シカマルがいない今食卓に上がり込むのは気が引ける。
だが、満面の笑みで返事を待つヨシノには、何だか断り辛いオーラが感じられて、結局厚意に甘えさせてもらう事になった。
この時初めて、シカマルの言う『怖い母ちゃん』というのをちょっとだけ実感したというのは、絶対に他言無用である。



シカマルが家に帰り着いたのは、日付が変わろうという時刻。
静かに帰宅したが母には見つかって、軽い夜食を食べさせられながらシノが自分の部屋に居ることを教えられた。
晩御飯を御馳走になってから、その後片づけや風呂の用意などの手伝いをお礼代わりに買って出て、結局泊まっていく事になったらしい。
その話を聞いて、ドロドロになった体と精神が大分救われたのは言うまでもない。
食後、まずはシノくんに顔を見せてからお風呂に入りなさいとヨシノに尻を叩かれて、部屋へと向かった。
自分の部屋だが一応ノックをしてからドアを開けると、電気は付いているが気配がない。
「シノ…?」
訝しく思いながら小声で言いながら入ると、ベッドで丸くなって眠っている姿が目に入った。
足音を忍ばせて歩み寄ってみれば、身動ぎ一つせず寝入っている。
「これは……………据え膳か?」
しげしげと寝顔を眺めながら言ってみるも、シノに自分をプレゼントするというような発想はできないと解りきっている。
冗談だ。
シカマルは小さく微笑んでから、身を離した。
話では、任務帰りに来て飯を食って…ということだったので、眠ってしまうのも当然だろう。
起こしてしまうのは可哀想だと、箪笥から下着や寝間着を引っ張り出してそっと静かに部屋を後にする。
だがすぐに戻り、電気を消してから、再び音が立たないようにしてドアを閉めていった。



風呂から上がって部屋へ戻ると、シノは未だ熟睡中だった。
これでも忍故、音を立てずに歩くなんてことは、無意識の内にも出来る。
そ~っとベッドに歩み寄り静かに静かに覗き込むと、暗さにも慣れた目にしどけない寝顔がはっきりと見えて、コレがプレゼントでないのは実に惜しいなと真顔で思う。
そんな邪な思いへの天罰か、不意に湧き上がった衝動に、シカマルは息を詰めた。
ヤベ…。
そう思うや否や、堪える間もなく。
「は…ハクシッ――――っ」
クシャミが一発。
咄嗟に口と鼻を押さえたので唾が飛ぶ事はなかったが、音は消せない。
しかも一度では収まらずに、鼻がむずむずとして再発を予告する。
シカマルは慌てて立ち上がりティッシュに手を伸ばしたが一歩及ばず、クシュン!と盛大にかましてしまった。
取ったティッシュペーパーで急いで鼻をかみ、なんとかクシャミは止まったが、背後で動いた気配に思わずギクリと身を縮める。
「………………シカマル……?」
ゆっくりと振り向けば、シノが上体を起こしてサングラスを取り目を擦っている。
「わり……起こしちまったな…」
紛れもなく自分のクシャミの所為であり、しかも鼻紙を手にしているものだからかなり格好がつかない状況。
だが幸いな事に、寝起きでぼやけたシノには状況がつかめておらず、鼻紙をくずかごに入れて体裁を整える時間があって助かった。
「………帰って来れたのだな…」
「ま…まあな…」
起こしてしまった事については特に何も言ってこないシノに話を合わせて、シカマルは再びベッドの方へ向かい、腰を下ろす。
眠気は完全にどっかへいったらしく、シノはしっかりした眼差しをシカマルに向けた。
だが、ふと窓の外を見遣り、時計に目を懲らして、ああ…と呟く。
「日付が変わってしまったのだな」
少し申し訳なさそうなシノの様子に、シカマルは誕生日の事を思い出した。
「別に、気にすることねーよ。俺帰ってきた時、もう変わるとこだったから」
「………そうか…」
シカマルの言葉を受けて暫し間を置いてから、シノは頷き、ポケットの中を漁り出して一つの小箱をシカマルに差し出した。
「誕生日、おめでとう」
言われた通り気にしないことにしたのか、遅くなって云々の前置きを全て省いてそうとだけ言うシノに思わず苦笑する。
「……ありがと…」
苦笑しながら差し出された箱を受け取って、何だろうと思いながら開けてみる。
掌に出てきたのは、ピアスだった。
特になんの飾り気もない、銀のピアス。
「他に、思いつかなかった。お前のそれは10班のお揃いだから、いつも付けろと言うのではない。たまに…気分転換に付ければいい」
それ、とシカマルの耳を示しながら言うシノ。
「……わかった。ありがとな、シノ」
こっくり頷いて言うと、あまり自信がなかったのか、少し安堵したような表情になった。
その顔にシカマルもほっとして、笑って言う。
「俺はてっきり、花でもくれるんじゃねーかと思ってた」
「はな…?」
「ほら、誕生花。カンクロウにもやったろ?」
「……………まだ根に持ってるのか」
「……………ちょっとな…」
カンクロウの誕生花、ピンクのカーネーションの花言葉は『私は貴方を熱愛します』。
その花を、造花ではあったもののシノがカンクロウにあげてしまったため、そのことで一悶着あったのだ。
その時の重苦しい空気が数秒甦る。
だが、ふっと途切れたかと思えば、お互い堪えきれなくなったように肩を震わせて笑いを零した。
暫らく声も上げずに笑い続けて、漸く息をつけるようになってから、シカマルが話題を元に戻す。
「……ん、で? 今回は、何で誕生花じゃなかったんだ?」
「ん…? ああ……」
忍び笑いを零していたシノも、歪んだ口元をなんとか直しながら応える。
「考えはしたが、お前は花をもらっても、喜ばないだろう…?」
「まあ……な」
嬉しくないわけではないが、心底喜ぶわけでもないだろう。
シノが花言葉を重要視しないことは身を以て実感しているから、例えその花の言葉が愛を訴えるものでも素直に喜べない。
だが逆に、酷い花言葉であったなら、どんな綺麗な花でも全く気にしない事もできない。
どう転んでも、苦笑いを浮かべるしかなかったろう。
「それに……」
「?」
ひたとシカマルに眼差しを向けていたシノが、ふと口元を綻ばせ、優しく微笑んだ。
「お前には、長く手元に置いておけるものを贈りたかった」




…………それはつまり。
ずっと持っていて欲しいということだろうか。
と、シカマルの頭はシノの言葉を解釈した。
シノは気分転換に付ければいいと言っていたが、本心はずっと付けていて欲しいのかもしれない。
そもそも既に10班共通の物が居座るところに新たな刺客を送り込むというのも、随分積極的な話ではないか。
まるで、10班の物をはずして、自分のを付けろとでも言うような。
自分がカンクロウに焼き餅を焼いたように、シノはいのやチョウジに嫉妬しているとも考えられる。
無意識の可能性は大きいが。
飛躍した解釈だという自覚はあるが、シノの独占欲が垣間見える都合の良い考えからは離れ難い。
こういう場合、そんな自分勝手な考えが主導権を握り優先されるものであり、シカマルは敢えてその法則に従う事にした。

シノは、自分を独り占めしたがっている。

と思い込むことにすると、人間強いもので。
例えそれがどんなに有り得なかろうが、関係ない。
「シノ」
見つめ合っていたシカマルが不意に名を呼んだので、シノは何だというように僅かに首を傾げる。
シカマルは傾げられたその首にそっと手を添えて、耳に触れ、親指で下唇を撫ぜると、不敵な笑みを零した。
「俺……お前が眠ってたのは、これから、寝ないためだと思ってたんだけど…?」
贈り物の話から一変した話と雰囲気に、シノは一瞬きょとんとしたが、すぐに察したらしい。
さっと頬を紅潮させ僅かに身を引き、弱った表情を浮かべた。
「そんなつもりは…」
「俺の誕生日を祝うために、待ってたんだろ?」
「それは…そうだが…」
「ピアスも嬉しいけど。くれたら、もっと嬉しいモンがある」
そう言って、シカマルは耳に付けていた10班の物をはずして、シノからの贈り物に付け替えた。
その様子を見ていたシノが、僅かにたじろぐ。
シカマルの考えが当たっていたかは判らないが、その行為が何かしら効果を与えた事は間違いなかった。
暫く逃げ腰のまま固まっていたシノが、諦めたように力を抜いて引いていた身を今度は乗り出す。
そして伸ばした指先で、秋の月に鈍く光る銀のピアスに、そっと、触れた。





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あとがき
後は、ご想像にお任せで…(笑)
表なのに。誕生日企画なのに。鹿蟲は、もう歯止めが効きません。
初っ端、珍しくアスマ先生が一枚上手で、矢張り惚れた方は立場が弱いです。
おわかりのように、最低10班内では公認設定。
ちょっとシノがシノっぽくなくなったかも知れませんが。
シカマルの前では、カワイくなるので。(にやり)
このまま熟年夫婦になってしまえと思う今日この頃です。
と、そんなことんなで。
シカマル、ハッピーバースデー!!  


※後はご想像にお任せするつもりでしたが、妄想が止まらずその後の話が出来てしまったので一応。
  こそこそっとこちらに。(切ない感じで微裏的。束縛絡みの下手なイラスト付き)












(07/9/22)