※キバシノで、シカマル巻き添え。




雨の天の川の下

さらさらと揺れる笹の葉と紙片を見上げて、今年もこの時期が来たかとシカマルは心の中で呟いた。
里の商店街の通りにドンと現れた立派な竹には既に色取り取りの短冊が括り付けられている。
その一つ一つに、一人一人の願いが書かれていることだろう。
「………ったく、メンドクセ…」
願いという単語から友人に頼まれた事を連想して、思わず口癖が漏れる。
数日前。
突然家に押し掛けてきたのは、キバだった。
一体何事かと思いながらも嫌な予感を覚え、今度こそ絶対に居留守を使うぞと決めたのも束の間。母が、入れてしまった。
そして嫌な予感は的中し、下げた頭の前で手を合わせたキバは、
なんとシノに7月7日が自分たちの誕生日であるとそれとなく教えて欲しいと言うではないか。
『メンドクセー。自分で言え』
間髪入れずにそう言ったのは、当然だった。
しかし必死の形相で訴えてくるキバに、断るのも面倒臭くなってしまった自分の負け。
『だって自分で言ったら、催促してるみてーじゃん!』
キバの言い分を思い出してみれば、まあ一理はある。
キバの願いは誕生日をシノに祝ってもらうことかと、揺れる短冊を見つめる。
「シカマル」
ではシノの願い事は何だろう……と考えたところへ、丁度計ったようにその人物が現れたものだから、シカマルは思わずギクリと身を縮めた。
そろそろと振り返れば、案の定シノがいつもの出で立ちで立っている。
「……よ…よぉ、シノ」
ぎこちない笑みを浮かべてシカマルがシノに正面を向けると、シノはちょっと不思議そうにシカマルの顔を眺めてからゆっくりとそそり立つ竹に視線を移した。
「もう、こんな季節か」
先程シカマルが見上げていた様子から推察したのか、シノがシカマルと同じ感想を漏らす。
シカマルも再び竹を見上げてそうだなと応えてから、神様か、はたまた織姫彦星の悪戯か知らないが
こんなに都合良く用のある人物が現れたのだから、このタイミングを逃す手はないと、徐に言った。
「七夕か……そういや、キバと赤丸の誕生日だな」
キバの要望通りそれとなく言ったつもりではあったが、やはり態とらしかったかなと僅か顔を顰める。
しかしまあ、とにかく誕生日であることを伝えられればいいのだからと気にしないことにした。
頼まれたことさえ果たせれば、それ以上は知ったことではない。
ちらとシノを見れば、シノもシカマルの方を向いていて、視線が合う。
「…………そうなのか……?」
僅かに吃驚したようなシノの声に、思わず笑みが零れた。
やはり、時々可愛い反応をする。
「ああ。そうだってよ」
キバの願いが叶うよう、何かやれば喜ぶんじゃないかと付け足してやろうかとも思ったが、その先の事態を考慮して言葉を呑んだ。
祝ってもらえたと有頂天になって小躍りするキバを見るのは、正直ウザイ。
どちらかと言えば、シノに祝ってもらえず落ち込んだキバを見る方が面白そうだ。
しかしそれでまた家に来られて愚痴られるのも面倒だなとシカマルは頭を巡らせた。
「………………………そうか…キバの……」
まあどちらにせよ、祝うか祝わないかを決めるのはシノだから…と考えている隣で、ぽつんと呟きが聞こえた。
見ると、シノは再び竹を見上げている。
さらさらと笹と短冊を揺らす微風が、シノの髪をも僅かに揺らす。
それ以後シノは押し黙り、シカマルも黙った。
ポケットに手を突っ込んだ格好の少年二人は、暫くそうして、並んで七夕の笹飾りを見上げていた。


太陽がふと雲に遮られ薄暗くなった時、そろそろ雨が降り出すとシノが漸く口を開いたのを機に、シカマルはシノと別れた。
「あーあ。また雨か…メンドクセェ…」
家に帰り、畳にごろりと寝転がってそう呟く。このところ雨ばかりだ。
雨自体は嫌いじゃないが、湿度が高くなると怠さが増すのが面倒臭い。
怠さに引っ付いて睡魔もやって来るのか、ふあぁと欠伸を零してごろんと寝返りを打ち、畳の目を間近に見る。
い草は壁まで拡がっている。
パラパラと、遠くに音が聞こえだした。
シノが言うのがもう少し遅ければ、降られていたかもしれない。
『………そうか…キバの……』
そう呟いたシノの姿を思い出し、その声の響きにもしかしたらキバの一方的な片思いでもないかもしれないと、シカマルは瞼を下ろした。
目を閉じても暗闇は訪れず、天の川のような光が残存している。
織姫と彦星の再会までは、あと、3日。
                                                       →赤丸誕へ(後ほど読むこと推奨)



キバは、朝もはよから商店街の通りにドデンと置かれた竹の下にしゃがみ、
赤丸を撫でながら笹と短冊を見上げ、犬歯を覗かせて笑みを浮かべていた。
「赤丸! 今日は俺達の日だぜ!!」
「アウゥアンッ!!」
朝一番にお互いにおめでとうと言い合った彼等の機嫌は頗る良い。
特にキバにとっては、これ程楽しみにしていた誕生日は今だ嘗て無かった。
シカマルに言うだけは言ったと聞いた時から、膨らむ期待を抑えきれずにやけては家族に不気味がられたものだ。
それでも、楽しみで楽しみでしょうがないのだから仕方がないといもの。
今日は任務も無いし、天気が悪いので修行の約束もないから、もし祝ってくれるのなら家に来るしかない。
シノがわざわざウチに来てくれて、誕生日おめでとうなんて言われたりしたら……と妄想して、キバは赤丸の頭を滅茶苦茶に撫でつけた。
クゥゥン…と迷惑そうな赤丸の声も、キバの耳には届かない。
「問題は、この天気だな…」
自分の世界に浸っていたキバが、ふと顔を曇らせて見上げた先には、妙な明るさを帯び始めた曇り空。
七夕にも関わらず今日は一日中荒れるらしい。
もしシノに来る気があっても、天気のせいで明日やその後に先伸ばされるかも知れない。
祝ってもらえるのならいつでもいいのだが、それでは精神が保たない気がする。
何時来るか何時来るか気が休まらないうえ、待って待って待って待った揚げ句に全く祝ってもらえなかった場合には、ダメージが大き過ぎる。
そんな事を考えて、キバは上げていた頭を垂れて深く溜め息をついた。
撫でる手は止まったが今度は途端に気落ちしたキバを、心配そうに見上げる赤丸。
元気づけるように鼻の頭を押し付ければ、キバははっとして顔を上げ、にぱっと赤丸に笑顔を向けた。
「今から考えても、しかたねーよな!」
「ワンッ!」
気を持ち直したようなキバに、赤丸が力強く賛同する。
そうだ。
今からうじうじ考えていても仕方がない。それよりは良い方向に考えた方が断然良い。
昨日しっかり短冊にも書いたし、嫌われている様子もないし、普通にいけば何らかのお祝いをもらえるのは間違いないはずだ。
そんな、根拠があるのかないのか危うい自信を漲らせて、キバは勢いよく立ち上がった。
「うし! 赤丸、帰るぞっ!」
「アンッ!」
キバの掛け声に、赤丸は再び元気に応えた。
タッタと軽快な足音が二つ、商店街を駆けていく。
そんな一人と一匹を見送りながらその場に残された竹が、まるでこれから起こることを暗示するかの様に、
ざわり、と葉と願事を重く揺らした。



「…………………………………え……?」
家に帰り着いたキバは、姉の言葉を理解出来ず、半笑いの顔のまま固まった。
「だから、ちょっと遅かったって言ったの。入れ違いになったのよ、シノくんと」
「入れ…違い……?」
ハナが言うには、シノがついさっき訪ねてきたらしい。
しかしキバが散歩に出ていて居ないと告げると、プレゼントだけハナに託して行ってしまったのだ。
『任務でこれから発つから、長居できないって。はいこれ。預かったプレゼント。今度会った時ちゃんとお礼言いなさいよ?』
ハナの声が、呆とする頭の中に響く。
ぼけっと突っ立ったままのキバのズボンの裾を、何かが引っ張り、漸くはっとしてキバが視線を下ろすと、赤丸が裾を口にくわえて玄関の方へ引っ張っている。
ついさっき来たのなら、まだ間に合うかもしれない。
そう、キバに向かって言っていた。
しかし、キバは動かなかった。
否。動けなかった。
あんなに楽しみにしていたのに、シノが来てくれたのに、それを棒に振ったのが誰あろう自分だということにキバは相当なショックを受けていた。
それに、追い掛けていって例え捕まえられたとしても、言える言葉が無い。
居なくて悪かった。散歩に出てて。わざわざありがとう…等、頭は言い訳を次々に考え出すのに、
きっと不自然ではないはずなのに、どれもこれも取って付けた様で、言いたくないと思った。
いつもは考える前に体が動くのに、こんな時ばかり考えが先行して、キバは力無く、投げやりに頭を振って赤丸にいいんだと告げる。
自失呆然。
ふらふらと部屋へ向かうキバの後ろを、赤丸が不安げに続く。
「なに、あいつ…」
そんな後ろ姿を、ハナは不思議そうに見送り、首を傾げた。


漸くキバが我を取り戻したのは、外でゴロゴロと地を這うような音が鳴り、振動まで伝わってきた時だった。
ぱらぱらという音が間もなく激しくなり、あっという間に滝の中にいるような錯覚を覚える程凄まじい雨音に包まれる。
「あいつ大丈夫かな……」
ベッドにふて寝していた体をむくりと起こして、天井を見上げてぽつりと呟く。
漸く起き上がったキバに、ベッド脇に伏せていた赤丸がぱっと顔を上げ、ぱたぱたと尻尾を振ってベッドに飛び乗った。
クゥン、と心配そうに鳴く赤丸を、キバは上げていた顔を下ろして抱きかかえた。
「心配させちまって、ごめんな」
そう言って頭から背中にかけて撫でれば、頬を舐められる。
「サンキュウ、赤丸」
赤丸の慰めで少し元気を取り戻して、キバは笑顔を作った。
そしてふと思い出して枕元を見れば、ぽつんと置かれたシノからの誕生日プレゼント。
ふて寝するキバの手の下で潰されていたため、小さな包みに皺が寄っている。
プレゼントは嬉しいが、やはり本人からもらいたかったと小さく溜め息を吐いてから、キバは一旦赤丸を下ろしてそれに手を伸ばした。
短冊程の大きさと薄さに、何だろうかと赤丸と一緒に首を傾げる。
シールを剥がしてごそごそと取り出して見ると、それは首飾りだった。
しかも、見覚えのある。
「あ」
キバは、すぐに思い出した。
前に失くしてしまった、白く平たい卵形の、黒い紐を通しただけの簡素な首飾り。
ただ、前のはただのプラスチックだったが、どうやらこれは貝を加工したものの様で、角度を変えるとうっすら虹色に光る。
手で潰していたことに戦慄き、壊れてなくて良かったと心底からほっとした。
これで壊れていたら、一生立ち直れなかっただろう。
「…………シノの奴、覚えてたのか…」
首飾りを掲げ、キバはベッドに仰向けに倒れて呟いた。
いつ失くしたのかもわからなくて、無い無いとシノの前で引き出しをひっくり返して探したがとうとう見つからなかった代物だ。
そういえばあの時、「大事な物か」と問われて「別に」と答えた記憶がある。
赤丸が、キバの横に移動してぷらぷらと揺れる首飾りを目で追う。
「…………やっぱ、本人からもらいたかったな」
そんな赤丸を見やり、自嘲気味な笑みを漏らしたキバだったが、それ程落ち込んだ様子でもないので赤丸は首を傾げた。
「今度会った時、言ってくれっかな、シノ」
不思議そうな赤丸を余所に今度は独り言のように呟くキバに、赤丸が小さく声をかけると、「ああ悪ぃ悪ぃ」と上体を起こして赤丸に向かって笑って言う。

「俺達に、誕生日おめでとうって言ってくれるかなって話だよ」



その夜。
雨は止んだが星は出ず、織姫と彦星の再会は来年に持ち越しだなと思いながらキバは寝返りをうった。
別にそんなロマンチックな事を信じているわけではないが、離れ離れのカップルが一年に一度会える日なら、会えるに越したことはない。
もし自分がシノと一年に一度しか会えなくて、しかもその日が雨で中止になんてなったりしたら悲しすぎる。
自分だったらきっと死んでも天の川を渡るだろうなと考えて、でも、それ以前に、シノなら恋愛に現を抜かして
仕事をしなくなって会うことを禁止されるなんて絶対無いなと思い至る。どちらかと言えば間違いなく、仕事優先タイプだ。
俺も真面目に仕事しなければ。と、妙な方向に思考が展開した時。
赤丸がピクリと何かに反応して頭をもたげた。
「どうした? 赤丸」
キバは起き上がって赤丸を見、赤丸の注意の先を見て、目を細めた。
赤丸はベッドに上ってキバの脇に陣取ったが、唸ることもなく尻尾を振る。
「まさか…」
近付いてくる匂いに、キバは自分の鼻を疑った。
だが間違いなく。間違えるはずもない。
赤丸も、そうだと言う。
信じられない心持ちでキバがカーテンを開け窓を開けると、それとほぼ同時に窓の外に一つの影が音もなく舞い降りた。
湿った風が這うようにのったりと部屋に入ってくる。
「………………夜分に、すまない…入ってもいいか…」
その、低く落ち着いた、しかしどこか息を切らしたその声に、キバは固まった。
闇夜に浮かぶ姿に、目を瞠る。
「シノ………お前、どうして…任務は…?」
乾いた口から出た声は、少し掠れた。
「任務は完了した。それで…こんな夜中に悪いと思ったが、どうしても謝らなければと思ってな」
やはり迷惑だったか?と、キバの声とは対照的に淡々とした声でシノが言い小首を傾げる。
その声に、仕草に、これが現実である事を漸く認識し、キバはぶんぶんと頭を振って慌ててシノを招き入れた。
履き物を脱ぎ、ベッドを踏み越えて部屋の中に収まると、シノは暑いのか高い襟をぱたぱたと動かしてふうと息をつく。
どうやら急いで来たらしい様子に、キバはもしかしたらという期待をせずにはいられなかった。
もしかして、朝会えなかったから、急いで帰ってきてくれたのだろうか。「おめでとう」を言うために。
しかしさっき、シノは「謝る」と言っていたなと思い出し、キバはベッドの上で胡座をかきながら首を捻った。
「………で、何だよ。謝らなけりゃいけないことって」
キバは高鳴る鼓動に気付かれまいと、態と突っ慳貪に言った。
その問いに、シノは扇いでいた手を止めて、「ああ」と言ってポケットから徐に何かを取り出し、キバを振り返って、言った。
「実は、お前のプレゼントに気を取られて、赤丸のを忘れていたことに気付いてな」


………………………はい………?


唖然とするキバの眼前で、忘れていてすまなかった。遅くなったがこれ…とシノが赤丸に差し出したのは未開封のビーフジャーキー。
「今は夜だから、明日食ってくれ」
そう言って、赤丸の頭を撫でる。
赤丸は尻尾を振りながらも、複雑な面持ちでシノを見、キバを振り返っている。
キバは暫くぽかんとしていたが、赤丸の切なる視線を受けて漸く声を発した。
「…………そのために、急いで来たのか…?」
「ああ」
「赤丸にビーフジャーキー届けるために?」
「ああ。やはり、当日が良いだろう?」
そう言って、なにかおかしなことでもしただろうかと首を傾げるシノ。
「どうした? 何か問題でも…」
「あぁぁ。否、何でもねぇ。いや、ほんと、いいんだ。うん。ありがとう」
いいと言う割りに、視線を逸らすし、口調は心ここにあらずというか、機械的に口だけ動いてる様だ。
シノはそんなキバの様子に眉を寄せ、益々不思議そうな表情をする。
「キバ。本当に…」
「ほ…本当。本当に。何でもねぇよ」
訝しそうにトーンの下がったシノの声に、キバははっとして今度は慌ててにぃと笑いシノに真っ直ぐ向かって答えた。
しかしその笑顔も怪しくて、シノは疑いの眼差しをひたとキバに向ける。
「キバ…」
何かあるなら言え、と圧力をかけられ、キバは顔を引きつらせた。
「な……何でもねえって言って、んだろ」
目を泳がせて言葉に詰まる様子は、明らかに何かを隠している態度だ。
だが、まさか「おめでとう」と言ってもらえるかと期待していたなど言えやしない。
わざわざシカマルに面倒なことを頼み込んだのだって、催促するような情けないマネをしたくなかったからで、今ここでそれを言ってしまっては元も子もないのだ。
ましてや、もしかして会いたくて来てくれたんじゃないかと思ったなど、絶対言えない。
「………」
シノは、今度は無言の圧力を掛けてくる。
キバは、耐える。
耐える。
耐える。
すぐ隣で必死に沈黙を守るキバと、ベッドの下に屈んで自分と同じ目線に居ながらひたすらキバを見上げ続けるシノ。
そんな二人を、赤丸は困ったように交互に見やる。
暫くそんな降着状態が続いたが、折れたのは、シノだった。
視線をふっとキバから正面の赤丸に移して、一度頭を撫でてから徐に立ち上がる。
珍しく沈黙でシノに勝利したキバだったが、突然立ち上がったシノに、怒らせたかと慌てた。
「シ……」
「キバ。屋根に上れ」
「…………は…?」
慌てて機嫌を取ろうとしたキバを遮り、シノが唐突に言った。
「え…ヤネ……?」
ぽかんと口を開けたキバに、シノはそうだと頷き、
「いいから、来い」
と言ってキバの混乱を余所に窓から外に出ていってしまった。
「はぁ……??」
わけのわからないキバだったが、とにかく後に続き、屋根の上に上る。
「おい、一体……」
屋根の上に立つシノの横に立ってキバが言うと、シノは天上を指差した。
「上だ」
「うえぇ…??」
全くわけがわからんと言われたまま天を仰いだキバは、しかし思いがけない光景に息を呑む。
「天の川…」
シノの指す先。厚い雲の切れ目の向こうには、確かに天の川が流れていた。
「帰ってくる途中、見つけた」
風がないのか、重い雲がその場から動く気配はない。
はぁ~……とキバは感嘆を漏らし、暫くその垣間見える天の川に魅入っていた。
天上を覆い尽くす天の川程雄大ではないが。
来年に持ち越しかと諦めていたので、河の一部が見えるだけでも十分綺麗だ。
「………確かに、俺は赤丸に謝罪しプレゼントを渡すために来た」
星に魅入っていたキバの耳に、シノの静かな声が届き、キバは視線をシノに向けた。

シノは、星を見続けている。
「だが、それだけではない」
「………」
淡々と、静かに。
「お前にも、言えなかったことがあるからな」
「………」
ゆっくりとキバの方を向いて、シノは優しく言った。
滅多に見せない、微笑を浮かべて。

「誕生日、おめでとう。キバ」























誕生日おめでとう、キバ

おめでとう、キバ

おめでとう……。

その一言に、一瞬、キバは全ての神経が痺れ、感覚が麻痺し、感極まった。
雷に打たれたように爪先から天辺までビリリと走り、ドクドクと打ち鳴る脈の音が耳の奥に響き、
平衡感覚が無くなり上下もわからず足下が浮いたようにふわふわして、俺、今死んでもいい。と本気で思った。
「………………なあ、シノ……」
「ん…?」
一連の衝撃が瞬く間に通過した後、キバは徐に言った。
「キス、していい…?」
きょとんとするシノを、了承も得ぬままぐっと引き寄せる。
漸く呑み込めたシノの目が、驚いて見開かれたのがわかった。
「……イイよな…?」
その目を見据えたままキバが顔を寄せる。
しかしその時。
急にシノがキバの力に抗った。
かと思うと、次の瞬間、自らキバの頬に顔を寄せる。

「…………………え………」

キバが起きた事態を認識した時には、シノは既に体を離し俯いて高い襟に顔を隠していた。
のろのろと頬に手を当てれば、そこが熱を帯びている。
掠める程度だったが。
今、確かに。

ほけ~とキバがシノを見つめていると、微かな呟きが聞こえた。

「…………誕生日だからな…」

天の川の星粒が、瞬いた。





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あとがき
というわけで! 誕生日おめでとう! キバ!
一応、バレンタインからの続き物の続きです。
風邪のお話の後で、漸くキバに遅い春が…!?
なんたって誕生日!!(おめでとうキバ)
なんたって誕生日!(良かったねキバ)
なんたって誕生日だからね(邪笑)
そしていい加減ネタが尽きてきたプレゼントですが。
今回も(父の日に引き続き)原作の小ネタを拝借しました。
中忍試験本選観戦の時、キバの身に付けていたアクセです。
つい先日発見致しました。
あ。キバがネックレス(?)付けてる…!
そして赤丸。
ビーフジャーキーばっかで御免!












(07/7/7)