※里中公認、中忍設定のシカシノ。ギリギリセーフ(?)な台詞をキバが吐くので、お気を付けください。




雪降る頃に(上)


朝、まだ太陽が昇って間もない時刻。
シカマルは上着を羽織り、冷たい風の吹く外へと足を向けた。
任務があるわけではない。
今日の任務はもう2時間程経ってから、山積みの書類を整理して、それから下忍候補生達の家庭事情諸々を調査し、
そして恩師のイルカとスリーマンセルの組合せを決めることだ。
その他にも、下忍から上忍までの名簿作りやら、里の経済状況、任務の成功率の割り出しやら、五代目の借金返済の計画やら、
イズモやコテツ他先輩方に押しつけられた面倒臭い事務処理がたんまりと与えられている。
中忍になって久しく、他の同期も皆中忍試験に合格し、忍としての仕事が本格的になってきた現状。
それぞれに、与えられる任務の方向性が定まってきていた。
スリーマンセルでの仕事も多々あるが、個人や別の隊での任務も増えている。
チョウジは後輩の面倒を見ること、いのは応援部隊に引っ張られることが多く、
シカマルはと言うと、何故か事務処理が多い。要領の良さが裏目に出たなと、アスマに言われる始末だ。
キバもヒナタもサクラも、それぞれ能力を生かせる任務が明確になってきている。
たが、その中でも特に、シノの任務傾向は極端だった。
肌がピリリと傷む程寒い朝にわざわざ出掛ける理由は、そこにある。
「よ、おはよ」
大きく悠然と口を開いたあうんの門の前に姿をみつけて声を掛けると、シノはゆっくりと振り向いた。
「どうした」
「見送り」
端的な問いに端的に答える。
普段、仕事絡みでもなければ見送りなど面倒なことをする質ではないが、この機会を逃せば次に会えるのは
半年先になってしまうのだから、面倒臭いなどとは言っていられない。 
そう、シノの任務は長期遠征任務が極端に多いのだ。つい先週3ヶ月の任務から帰ってきたかと思ったら、今度はその倍。
擦れ違いが多い忍という職業とは言え、もはや擦れ違うことすらできない。
同じ里に住んでいるのに、ある意味遠距離恋愛になってしまっている。
「気ぃつけてな」
長身のシノの、フードにすっかり覆われた頭を引き寄せる。
門前に常駐している中忍の目を気にすることもなく、口吻る。もっとも、シノの体に隠れて見えないだろうが。
「………………じゃ、またな」
「ああ。また」
そう言い交わすと、シノは旅立っていった。
その後ろ姿を見送りながら、シカマルはちょいと頭に手を乗せる。
「………俺も、背伸びねぇかな…」


その夜。仕事が一段落付いたシカマルは、イルカと共に一楽ののれんを潜った。
すると、そこには見知った、だが珍しい組合せの二人が居た。
「サクラ、とキバ…?」
「あら、シカマル。イルカ先生も!」
「やあ、サクラ、キバ。久しぶりだなぁ」
サクラの右隣で二杯目らしいラーメンをすすっている途中だったキバは、麺を銜えたまま軽く会釈する。
そして慌てたようにズズズと一気に麺を口の中に吸い込んだ。
シカマルがサクラの隣に腰掛け、その横にイルカが腰掛ける。
「お前等が一緒に一楽なんて、珍しいな」
「さっきまで、同じ仕事してたのよ」
シカマルの言葉に、すでに食べ終えているサクラが苦笑して答えた。
「あれが、仕事かぁ?五代目のへそくり探しって…マジありえねぇだろ」
麺を飲み込み終えたキバが、あからさまな呆れた声で言う。
「「ヘソクリ…?」」
「そうなんですよ。綱手様が、へそくりの隠し場所忘れてしまって……」
「そ。それで俺は、たまたま任務完了の報告に行ったら『丁度いいトコ来た!』て五代目につかまっちまったわけ! お陰で赤丸の散歩行けなかったんだぜ!?」
シカマルとイルカに、苦笑するサクラと激昂するキバが口々に言う。
「……そりゃ、大変だったな」
イルカも思わず苦笑し、同情の言葉を手向けた。
その様子から察すると、どうやらイルカも五代目の私用に使われたことがあるらしい。
「つーか、へそくりって…。んなもんあるんだったら少しでも借金返しゃいいのに…」
五代目の借金返済プランを立てなければならないことを思い出し、シカマルは頭を押さえた。

「ああ、そうだシカマル」

イルカに促されて注文をしたところで、汁を飲み干したキバが思い出したように言う。
「今日シノが里出るの、知ってたか?今度は半年」
「んあ? ああ。知ってた」
あ、そう。ならいいや。と残念そうに言うキバ。
考えるまでもなく、シカマルが知らなかった場合に予想されるショックを受ける姿を期待していたのだろう。
実際、初めの頃は無頓着なシノがシカマルに告げずに出掛け、キバに言われて大ショックを受けたことがあった。
結局帰ってきたのは1ヶ月後で、その時ばかりはシカマルも本気で怒ってシノに散々言い聞かせたため、今ではきちんと報告してくる。
「半年って…長いわね」
「しかも先週3ヶ月の任務から帰ってきたばっかりだぜ?」
「え!? それじゃ1年の4分の3、里にいないじゃない!」
「否、ほぼ1年。その後もすぐ2ヶ月出るって」
サクラの言葉にキバが付け加えると、益々驚くサクラ。そして更にシカマルが、さらりと訂正した。
「シノは忙しいんだなぁ」
それ本当!?と声を上げるサクラに、イルカが笑った。
だがそこは元担任。そうなることは知っていた感がある。
「まあ、シノも大変だけど。お前も大変だよな」
ラーメンとは別に注文していたチャーシュー山盛りの器をアヤメから受け取って、キバがにやりと意味ありげに笑って言った。
シカマルは、嫌な予感がした。
「だってその間ずっとオアズケだろ?欲求不ま…――――――――」
ゴチッと言う鈍い音がし、キバが頭を抱えて悶絶する。頭上には、サクラの拳固。
「でもホント、大変よね。シノ。予想以上にハードスケジュールだわ」
呻くキバを無視して、サクラが話を元に戻す。
お、おう…と、シカマルは引きつった顔で答えた。
イルカは注文したラーメンを受け取りついでにテウチと話していたため、どうしたのかと不思議そうな顔で痛そうなキバとと引きつるシカマルを見る。
だが、不意に、シカマルの表情が険しくなった。
「予想以上って、どういう意味だ…?」
「え…?…あっ」
サクラが、しまったという顔をする。
予想以上と言うことは、サクラはシノの長期任務が多いことをある程度知っていたということになる。
だが、なぜサクラが知っているのか。同じ班のヒナタや何気にシノと仲の良いいのならともかく、シカマルが知る限りシノとサクラの接点は同期というぐらいだ。
五代目に聞いたとしても、おかしい。誰の何の任務が多いなど話すものだろうか。
それを話すような訳を持っているなら、話は別だが…。
「五代目が、なんか言ってたのか」
ズバリ聞くと、サクラが言葉に詰まる。図星らしい。
「なんだよ。あの人、何言ってたんだ?」
「いや、あの、ね……」
当然ろくなことではないだろうが、気になるのでせっつくシカマル。
暫く躊躇っていたサクラだったが、「早く言えよ。ラーメンのびるだろうが」というシカマルの台詞に気が抜けたのか、
「私が教えたって言わないでよ?」と言い、シカマルに割り箸を渡した。
イルカが置いてくれていたラーメンは、湯気を立ちのぼらせ、シカマルの前で美味しそうな香りを揺らがせている。
「綱手様がね、『シノがいないとシカマルは任務に没頭するから、仕事がはかどる』って言ってたのよ。だから『シノには長期の遠征任務をやろう』って、楽しそうに」
「……………」
絶句した。
なんだ、それは。
確かに。
確かに、シノにせっつかれてやるより、シノがいない埋め合わせをしようと仕事に没頭する方が、はかどるのは違いない。
違いないが…。
何も楽しそうに言うこと無いだろう…五代目……。
シカマルは泣きたい気持ちを堪えつつ、割り箸を割った。
見事に失敗し、不細工な割れ後を見て、深く深く、溜め息をつく。
「御愁傷様」
キバの呻くような一言が、シカマルの心にズンとのし掛かった。


半年後

そよそよと夏も終わりのそよ風が、開いた窓から部屋に吹き込む。
積まれた書類の端が微かに煽られ、数枚がするりと床に滑り落ちた。
しかしシカマルは、机に突っ伏したまま身動ぎしない。
ふと部屋の中に現れ気配にも、全く動かない。
滑り落ちた用紙が、すいとすくわれて山の上に戻された。
シノは爆睡するシカマルを暫し眺めた後、書類の山に視線を移す。
恐らく、重要書類や機密事項もあるだろうに。管理責任を放棄している、と思いながらも、何も言わず机周辺に結界を張る。
これで、風で飛ぶこともなくなるし、誰かに盗まれる危険性も減るだろう。
『シカマルの奴、お前の長期任務減らすんだって、頑張ってたぞ』
ここに来る途中、出会ったキバの言葉が甦る。
最初意味がわからなかったが、説明を聞くと、理解出来た。
つまり、長期遠征任務には、シカマルを仕事に没頭させ溜まっている処理をこなさせる目的があるということだ。
五代目ならやりかねないことだが…。
「だが、それは飽くまで後付けの理由だ。お前が普段から頑張っても、俺の任務が減ることはない。なぜなら、油女一族の任務は昔からこうだからだ」
労うように頭を撫で、囁いてもシカマルの眠りは深い。
本当に、よっぽど疲れているのだろう。
「御苦労様」
シノはひっそりと微笑み、そっとおでこに口吻る。
「…………ん…?」
シカマルが起きると、なんだか周りが何かに包まれているように感じたが、完全に目が覚めた時にはその感じはなくなっていた。
そよそよとそよ風が開け放した窓から吹き込んでくる。
書類の山の上から、数枚の用紙がするりと床に落ちた。
陽が傾き、外は既に紅く染まりだしている。
飛ばされた用紙を取ろうともぞもぞ動き手を伸ばした時、気が付いた。
『雪が降る頃には帰る』
と、きれいな文字で書かれたメモ。
追伸には、『書類管理はもっと厳重に』とも書かれている。
一瞬目を瞠り、がばっと立ち上がって窓から身を乗り出したが、人影一つない。
紅い空と街が、寝起きの目に眩しすぎるだけだ。
「……くそっ。雪なんて、待ってられるかよ…。メンドクセー……」





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あとがき
里中公認、中忍設定のシカシノです。
中忍のシカシノって、私は見たこと無いのですが。はじめてでしょうか?
「ある!」「知ってる!」という方がいましたら、是非教えてください。
シノは、長期任務、遠征任務が多そうです。
そしてシカマルは事務職。そんなイメージ。
もともとのタイトルは『シカマルの果て無き奮闘』でした(笑)
頑張ってもシノの任務は減らないのに頑張っちゃうシカマル。
笑い話にするつもりが、なんだかしんみりした終わりになったので変更しました。
でも内容は変わらず、頑張る鹿です。
シノは帰ってきても二度は言いませんから。それに、シカマルが頑張れば里に有益だから、このままにしておきそう。
何より優先すべきは里の事!(鬼)
書いていて思ったのは、あの図体の赤丸の散歩って、どうなるんだろうということ。
キバシノ好きさんにはちょっと…な台詞でしたが、お許しください…。




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