Scene5.シカマルの助言

シノを奢る際、いの達にも誕生日であることが知れて「そういうことはもっと早く言いなさい」とシノ共々怒られたシカマルは、
いのやチョウジからおめでとうの言葉をもらいって別れ行くシノの後ろ姿を見送りながら、微かに眉を潜めた。
どうするか迷っていたのだが、気掛かりで仕方ない。
「シカマル~?行くわよ~」
いつまでも振り返ったままのシカマルに、いのが訝しそうに声を掛ける。
その声にシカマルは振り向くと、二人に言った。
「悪ぃけど、先行っててくれ。ちょっと用事ができた」
「はぁ……?」
「それから、いの。お前、火傷の薬とか持ってねぇか」
「や…火傷……?」
シカマルの唐突な話に、いのとチョウジはきょとんとして、顔を見合わせた。

甘味処を出て別れた後、シノは結局ヒナタのところへ行って話すか否か、決めかねたままテクテクと歩いていた。
ポケットに収めた拳は、熱を帯びて未だ痛むが、蟲達はすっかり落ち着きを取り戻している。
一応手当もしなければと思いつつ、けれど当ても無く歩いていく。
このまま散歩としゃれ込んでしまおうかと思った矢先、突然足が地面に縫い付けられた様に動かなくなり、言う事を聞かなくなってしまった。
何だと思えば強引に方向転換させられて、向いた先には薄暗い細い路地。そして、その影の中には、先程別れたシカマルの姿があった。
そのまま影に操られて互いに歩み寄る。
訝しげに眉を寄せるシノに対し、シカマルは己のポケットから右手を取り出すと掌を上に開いて見せた。
「ちょっと、手ぇ見せろ」
「………」
シカマルの動きに合わせて開かれるシノの右手。
シノは眉間の皺を深めたが特に抗うことなく、為されるがままに従った。
「やっぱりな……」
僅かだが火傷を負ったその手を見て、嘆息を漏らしたシカマルは術を解き、ごそごそといのから借りてきた塗り薬を取り出した。
シノの手を取るとその氷のように冷たい手に一瞬動きを止めた後、何も言わずに手当をし始める。
「……お前……」
落ち着いた中にも微か動揺を滲ませてシノが呟くと、その疑問にシカマルは薬を塗りつけながら応えた。
「……知ってた…」
「…………」
病院でシノを見掛けてから五代目の居る所へ向かったシカマルは、その部屋の前でサクラと綱手が話しているのを偶然聞いてしまったのだ。
当然、すぐにバレてこのことは他言無用だと言い付けられたのだが、知ってしまったならと、紅が居てシノが向かうであろうアカデミーへ遣いに寄越されたのだった。
ついでにイルカへの用事も押し付けられて。
「サクラがな、お前が、キバやヒナタに言ってねぇってことを気にしてた。
だから、せめて紅先生にはちゃんと話すかどうか確かめて来いって」
これが、シカマルが職員室へタイミング良く現れ、シノを連れ出した真の理由だった。
「ラーメンなんて止めといた方がいいと思った」というより、「ラーメンなんて熱いものを食べられないと知っていた」のである。
「………さっき、茶碗持っていのに渡したの見た時は、お前の言った通り大した事ねぇんじゃねーかと思ったけど。な~んか気になってよ」
シカマルは、火傷の手当を終えると塗り薬を仕舞い、それからシノの顔を見上げて
「お前、顔に出なさすぎ」
と言って手を放した。
だが考えを改め「つーか、顔が出てねぇんだよな…」と皮肉っぽい笑みを浮かべて言い直したが、すぐに厳しい表情に戻る。
「………で、紅先生には会えなかったみてーだけど。キバとヒナタには、言うのか?」
「……………話す。だが、まずは紅先生に話してからだ」
「まあ…そりゃ、間違った判断ではねーと思うけど……。お前、明日から家で検査なんだろ?五代目の話じゃ、最低一月は掛かるって…」
「ああ」
「……ヒナタは…俺も後の方が良いと思うが、キバには言っといた方が良いぜ。黙ってたら、ぶん殴られっぞ」
「………そう…だな…」
シカマルの意見を聞いて、シノはサクラに殴られかけた事を思い出した。
サクラに殴られるよりはマシだろうが、それでも軽傷では済まないだろうなと、淡々と考える。
「シノ」
ふと黙り込んだシノに、シカマルが鋭い眼差しを向けた。
「お前のことだ。解ってるだろうから、メンドクセェ事は言わねぇがな」

一間置いた後。

僅かに細められた目は、黒いグラスにどこか寂しげに映り込む。

「一人で、抱え込むんじゃねーぞ」

シノは、解ったと応えながらも、シカマルの目を真っ直ぐ見返す事が出来なかった。




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