Scene4.甘味処

「それで、用事とは何だ」
「ん?」
シカマルと連れ立ってアカデミーを後にしたシノは、暫く黙々と歩いてから徐に切り出した。
それに対しシカマルは、「ああ……」と今思い出した風にいかにも面倒そうに応えて、あろうことか
「別に用なんてねぇよ」
と抜かした。
ピタリと足を止めたシノに、シカマルも立ち止まる。
そして訝しげに注がれるシノの視線を受けて、ひょいと肩を竦めた。
「ただ、お前が病院から出てくんの見掛けてな。顔色悪かったから、ラーメンなんて止めといた方がいいと思っただけだよ」
その台詞に、見られていたのかと、シノが眉を寄せる。
別にこそこそしていたわけでもなかったので、見られていても不思議ではないが、それでも矢張り知られてはならない事を知られてしまったように感じられた。
まあ、顔色が悪かったのは病状とはあまり関係ない事に起因するのだが……。
「………どっか悪ぃのか? 怪我してるようにゃ見えねぇけど…」
押し黙ったシノに、シカマルが眉を潜めて問う。
その問いを、シノは「大した事ではない」と返した。シカマルは「ふ~ん…」と興味なさげに相槌を打ち、「ならいいけど」と再びゆっくり歩き出した。
それに、シノも続く。
用事が無いのならシカマルに付いていく必要も無いのだが、なんとなく、シノは黙ってシカマルの行く方へ一緒に向かった。
シカマルもシノが付いてくる事に何も言わず、黙々と歩を進める。
そうして行き着いた先は甘味処で、どうやらチョウジ達と約束していたという事は本当だったらしい。
シカマルの姿を見つけたいのが、「シカマル~!!」と大きく手を振ってきた。
「お前も食ってくか?」
チョウジといのの姿をこちらも見つけたシカマルが、漸く口を開いて、シノを振り仰ぐ。
どうする?という問い掛けに、シノは暫し考えた。
これからヒナタの所へ行くかどうか、決めかねていたのだ。
キバのアパートに帰ったら、恐らく今日話に行く事はないだろう。
紅に話す前にヒナタに行くのもどうかと思うし、本当に話すべきかどうかも判断がつかない。
少し、考える時間が欲しかった。なので、誘いを受ける事にした。
シノが頷くと、シカマルは自分で誘っておきながらちょっと吃驚したような顔をしたが、すぐに了解して、
「じゃ、俺が奢ってやるよ」
と言い出した。
「は…?」
「誕生日なんだろ?」
ナルトがナイスポーズでハッピーバースデーをキメるのを、シカマルはしっかり見ていたのだ。
そう言われたシノは、その事を思い出して思わず口元が綻んだ。
「……では、甘えさせてもらおう」
「おぅ」
遠慮無いシノの応えに、シカマルの口の端も上がり、二人は並んでチョウジといのの待つ店へと向かった。


チョウジといのは意外な連れに驚きはしたものの、すぐに席に誘って、いのがぱっぱとお茶を注文する。
チョウジの横には既に5皿が重ねられており、次はみたらし団子を頼むというのでシカマルもシノもそれを一皿頼む事にした。
イノシカチョウトリオの相変わらずの和やかな雰囲気に、一時問題事を忘れたシノ。
だが、団子より先に運ばれてきたお茶を目にして、うっかりしていたと思わず顔をしかめた。
テーブルに置かれたお茶からは、当然湯気がたっており、申し訳ないが飲める様になるにはかなり冷まさなければならなそうだ。
しかも久しぶりに食べた団子は、美味いのだがその腹に溜まる感じが応えて、串1本で飽きてしまった。
更にチョウジの向かいに座ったため、正面にその食いッぷりを眺めるだけで腹一杯である。
みたらし団子を早々に食べ終えたチョウジは、既に大福餅に着手して久しく、一度に2つ3つ頬張ってもくもくとリスのように食べていた。
その横でいのが、
「ちょっとチョウジ。これからご飯なんだから、少し控えなさいよね」
と言ったり、
「そんな食べ方してると、喉詰まらせるわよ」
とか
「お茶もうないじゃない。おかわりする?」
と終始世話を焼いている。
いのの台詞に、シノはここがただの集合場所であって、昼飯はこの後だったのだということを初めて知った。
実は食前の腹ごしらえ中であったチョウジは、いのに何か返事をしているらしいのだが、食べながらなので上手くしゃべれていない。
「食べるかしゃべるか、どっちかにしろよ」
そんな様子を見て口を出したのはシカマルで、最早呆れてもおらず、いつものことといった感じで茶を啜った。
「………相変わらずだな…」
「あ…?なんだよ、お前んとこも相変わらずじゃねーの?」
「………まあ……な」
ぼそりと呟かれた声を聞き咎め、シカマルが応えれば、シノは確かにそうだと思い返す。
年明けに集まった時、相変わらずの懐かしい空気に安堵すら覚えた。
下忍時代のように四六時中一緒にいられる訳ではないが、一度集まると散り散りだったものが安定した形に成っていくように、ひどく安心したものだった。
けれど、矢張り昔とは違うのも事実。
8班に限らず10班も同様。相変わらずなところは相変わらずであっても、変わっている……。
時間は、止まることも戻ることもなく、進んでいるのだから。
シノは、時が止まったように感じられた、停電の時を思い出した。
蝋燭の灯が、今朝見た夢の蝋燭の灯りと重なって、赤々と黒眼鏡の内側にゆらめいて見える。
「ゴホッ、ゴホッ!」
そんな時、ぼんやりとしていたシノの耳に突然大きな咳が聞こえてきてはっと我に返った。
目線を上げれば、いのか懸念した通り喉に詰まらせたのか、チョウジが激しく咳き込んでいる。
「ちょと!も~!だから言ったのに!」
慌ててチョウジの背を叩き、「お茶ください!」と叫ぶいの。
シノはざっとテーブルに目を走らせて、お茶が残っているのは自分のだけだと見るや否や反射的に茶碗を手に取り差し出した。
「おい」
「ありがとっ!」
差し出されたお茶を素早く受け取ると、いのはゆっくりとチョウジに飲ませてなんとか事なきを得た。
詰まった物が喉を通った後慌てて運ばれて来たお茶で落ち着くと、チョウジが一言。
「はぁぁ。ビックリしたぁ」
「ビックリしたのはこっちよ!!」
バシッといのに頭を叩かれたのは言うまでもない。
「ったく、メンドクセー………」
シノの隣からは、一安心の溜め息と共に口癖が吐き出された。
シノもほっとしながら、けれどそれどころではなかった。
咄嗟に掴んでしまった湯飲みが、まだ熱を持っていたために、軽い火傷を負ってしまったらしい。
すぐ握り込めてポケットに収めた右手が熱くなりズキズキと痛む。
突発的な熱にざわざわと興奮しだした蟲たちを鎮めながらも、次には貧血なのか目眩が襲ってきて、泣きっ面に蜂である。
それでもなんとか平静を装い堪え抜くと、いのがそろそろ行こうと言い出した。
賛成するシカマルに対し、チョウジはシノの皿に残った二串を見留めて、「それ食べないの?」と訊く。
シノが頷いて「食うか」と問えば、二言返事でぺろりと食べてしまった。
その様子を見たシノは、イルカとナルトの食べ盛り云々の話を思い出して、ナルトの言い分も尤もだなと思った。




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