Scene3.アカデミー
授業中なのか遊ぶ生徒の姿はなく、これ幸いと上がり込んだのはアカデミー。
職員室を覗くと、ちょうど恩師のイルカがいるだけで、憑いているとシノはノックをしてドアを開けた。
「はい?」
ノックの音に顔を上げたイルカは、久しぶりに昔の教え子を見て、目を丸くした。
「よお、シノ!久しぶりだなぁ!!」
一瞬驚いたもののすぐに破願して、突然の訪問にも関わらず温かくシノを迎え入れる。
「……お久しぶりです」
「今日は、どうした?俺に用か?」
「いえ…。紅先生が、此方にいらっしゃると聞いたので」
「ああ。紅さんなら、ちょうど幻術の特別授業してるが……今始まったばかりだから、全部終わるのは夕方になるぞ?」
運が良いのか悪いのか。
間が悪かったことは確かだなと思いながら、シノは僅かに眉を寄せた。
キバやヒナタに話すとしても、まずは紅に話をするべきだと実はこれまでも数度試みていたのだが、未だ捕まえられず。
そして明日からは最低一月は身動きが取れなくなり、今日を逃すと随分先延ばしになってしまうため、できればカタを付けておきたかったのだが。
「………そうですか…」
「急ぎの用か?」
「……いえ」
「後でいいなら、俺が用件伝えてもいいが……」
「大丈夫です。直接話したい事なので……」
僅かに気落ちしたシノを見て、イルカが親切に申し出てはくれたものの、人伝にできる話題ではない。
秘密主義のシノは、極力余計な情報漏れは避けたかった。
それに病気の事など言ったら、このお人好しは本気で心配するだろう。
「そうか。タイミングが悪かったな」
そう言ってくしゃりと浮かべる笑顔は、昔と全く変わっていない。
アカデミー時代、ナルトを始め問題児共相手に怒鳴る事も多かったが、思い遣りのあるイルカは生徒に慕われていた。
シノも例外ではない。
地味で目立たないうえ周りから付かず離れずの距離を常に保っていたシノに、イルカだけは気軽に話しかけてきた。
ナルトのように懐くことはしなかったが、シノもまた、イルカには好感を持っていた。
「では、失礼したました。俺はこれで…」
懐古の情に絆されながらも、これ以上ここにいても仕事の邪魔だろうとシノは失礼しようとした。
そんなシノをイルカは引き留めて、時間があるならと昼飯に誘う。
「ナルトと、約束してるんだ。お前もどうだ?」
「…………いや…それは…」
「遠慮はいらないぞ。確か、今日はお前の誕生日だろう?」
イルカの言葉にシノが驚くと、イルカは少し照れたように「覚えやすかったからな」と頭を掻いた。
確かに、123と覚えやすくはあるが、恐らく全ての生徒の誕生日を覚えているのだろう。
はにかむイルカに対し、シノは僅かに瞳を細めたが、矢張り断ろうと口を開きかける。
ナルトと一緒ということは、間違いなく一楽だ。
残念ながら今のシノに、ラーメンなど食べられはしない。
だが、断りの言葉を告げる前に、窓の向こうが俄にざわめいた。
シノとイルカが視線を向けると同時に、開いた窓の窓枠にトンッと人影が降り立つ。
金色の髪を揺らし、黒い額当ての帯をなびかせて降り立った人物は、ニイッと口の端を上げ、垂れていた頭を上げると、
「イルカ先生!一楽行くってばよ!!」
と瞳を輝かせ、相変わらずのハイテンションを発揮した。
「…………」
「って、あれ?シノ。お前な~にしてんだってばよ」
イルカの隣に佇むシノの姿を見留めたナルトは、窓枠にしゃがんだまま青い瞳をまん丸にする。
そんなナルトのテンションに、シノは応えることなく密かに小さく息を吐いた。
「ナルト。昼飯、シノも誘ったんだ」
「シノも?」
ナルトはまん丸にした目を瞬いて、イルカの言葉にきょとんとする。
対してシノは、しまったと再びタイミングを逃した事に気が付いた。
「イルカ先生。俺は……」
「あ~もう、シノも一緒でいいからさあ。早く行こうぜ、イルカ先生!俺もう腹減って死にそうなんだってばよ」
「お前はいつまで食べ盛り続ける気なんだぁ?」
「それはチョウジに言うべきだろ」
等々。
シノの再び開きかけた口は、イルカとナルトの仲睦まじい会話によってまたもや発言のタイミングを失ってしまった。
閉口したシノに気付きもせず、イルカとナルトの談話は続けられ、今日がシノの誕生日であることをイルカがナルトに打ち明ける。
するとナルトは突っ立っているシノに目を遣って、
「お前、今日誕生日なのか!?」
と大袈裟に驚いてみせた。
仕方なくシノが「ああ」と頷けば、ますます仰天して、何か悪いかとシノは若干気分を害して眉間に皺を寄せる。
しかし、次の叫びでナルトの驚いた原因が明らかとなった。
「ってこたぁ、お前、俺より年下だったのか!?」
「……………。………年下……?」
確かに、ナルトの誕生日が今日よりも前ならば、数日から数ヶ月間、年下ということになるのだろうが。
果たしてそれは、年下というべきなのか。
シノはナルトの年下発言に小首を傾げた。
そんなナルトとシノの様子に苦笑を浮かべたイルカは、
「まあ、精神年齢はシノの方が間違いなく上だろうがな」
とナルトに対してからかい調子で言う。
その台詞にナルトは憤慨して、ビシッとシノを指差して言い放った。
「どーゆー意味だってばよ!俺は、此奴みてぇにいじいじいじけたり、すぐ拗ねたりしねぇよ!!」
「…………」
むうっと眉を寄せたシノを片目に映しながら、イルカは、はははと笑った。
そんな時、ガラリと開かれたドア。
集中した視線の先にいたのは、気怠げな顔をして封筒を手にした、シカマルだった。
「シカマル?」
「今日は珍しい奴がよく来るな。お前まで、どうした?」
きょとんとしたナルトに続き、イルカが楽しげにシカマルに話しかける。
シカマルは、ナルトとイルカと、珍客のシノを見回してめんどくさそうな顔を浮かべた後、
けれど何も言わずに歩み寄り、A4サイズの封筒をイルカに差し出した。
「砂隠れから届いた、来期の指導案ッス」
「ああ…。あれ?でも、後で俺が取りに行くことになってたはずだが……」
「丁度届いた時その場に居合わせて、持ってけって言われたんスよ」
「そういうことか」
使いっ走りにされたシカマルに気の毒そうな苦笑を向けながらも、イルカが封筒を受け取った。
「パシらされてやんの~」と、にししし笑いながら揶揄するナルトに対し、「うるせぇ」と一睨みするシカマル。
そんな遣り取りに苦笑を深めつつ、イルカはこの際だからとシカマルも昼飯に誘った。
しかし、その誘いをシカマルはさらりと断る。
「すんません。もうチョウジ達と約束してるんで」
「そうかぁ…」
「あぁ、あとそれから…」
残念そうにするイルカに、シカマルはすっとシノへ視線を流して続けた。
「シノにもちょっと用あるんで、借りてきます」
「ん?シノに?」
イルカは少し目を瞠ってシノを見遣り、シノも同じようにイルカと顔を見合わせた。
ナルトも不思議そうにシカマルを見遣る。
だがイルカはすぐに了解して、
「なら、また今度行こう。な、シノ」
と爽やかな笑顔をシノに向けた。
その笑顔に、僅かに胸が痛む。
また今度……。
確約は、できない……。
蝋燭の灯に満たされながら「また集まりたい」と言ったヒナタに、返す事ができなかった時と同じように。
シノは、微かに眉を潜めて、無言のまま頷きか謝罪か判らないように頭を下げた。
寡黙なシノがそんな態度に出るのは幸いいつもの事なので、イルカは全く気にせず「またな」と手を振る。
シカマルとシノがそれに会釈して踵を返すと、それまでぼけっとしていたナルトが慌てた様に声を上げた。
「あぁあ!そうだ!おいシノ!」
突然呼び止められ、何だとシノが振り返ると、ナルトはグッと親指を立て、ニカッと明るい笑顔満面で言った。
「ハッピーバースデー! だってばよ」
→Scene4へ