Scene2.サクラの診察とその治療法

久しぶりの休日。だからこそこの機会にと、シノがまず向かったのは、紅の自宅だった。
しかし出掛けているらしく、戸を叩いても反応が無かったため、仕方なく病院へ向かう事にした。
何かあったら知らせるよう言われているため、ここ半月の間の体調変化を知らせなければならない。
担当医は、研修を終え本格的に医療忍者としての仕事を始めたサクラ。
新米とは言え綱手の弟子で、資質も備えており、且つシノの同期ということで綱手が選抜したらしい。
原因が解らない患者を押し付けるなど、随分なスパルタだなと当初は密かに思ったシノだったが、
原因究明に真剣に取り組むサクラを見て、強ち良い力試しになるのかもしれないなと考えを改めた。
診察室に通されると体温計を渡されて、いつから、どう変調があったのか出来る限り詳しく述べると、サクラはう~んとカルテを睨んだ。
「…………」
あ~でもないこ~でもないと熟考するサクラの様子をぼけっと眺めていたシノは、不意にピピピと鳴ったタイマーに目を向ける。
「何度?」
そう問いながら手を差し伸べてきたサクラに、シノが一度確認してから手渡す。
「……ちょっと、ギリギリじゃない!」
サクラが、最低範囲摂氏32℃を示す水銀を見て怒声を上げた。
「………………そう言われても……」
怒られてもどうしようもないシノは、首を竦めてぼそぼそと呟く。
しかしサクラの耳にはそんな呟きは入らないらしく、かまわずに診察を始めた。
「そもそも、真冬の海に飛び込んだわけでもないのに低体温症になるっていうのがおかしいのよ。
原因もきっかけもなく、ただ体温が下がるなんて……。本当に心当たり無いの?」
「無い」
「………そう…。まあ、ナルトじゃあるまいし、身に覚えが無いならないんだろうけど……それにしたって…」
「体温計には32℃からしかないが、それを下回ったらどうなる」
「言っておくけど、今でも十分マズイのよ。……下がっていけば、意識は朦朧としてくるし、心拍数も低下する。20℃以下になったら、死ぬわ」
「…………」
「ねえ、あなたの家の人も調べてるとは聞いてるけど、なんとかそっちの情報、手に入らない?」
「……それは……」
「秘伝なのは解るけど、患者の体の仕組みがわからないんじゃ、やり辛いのよ」
「……恐らく、それは無理だ。普通の虫の事ならともかく、寄壊虫に関する事は機密性が極めて高い。
外部の物が閲覧するのは、まず不可能だ」
「そっちの調査報告を待つしかないってわけか…」
「…………すまん…」
「あ、いや、別に、謝ることないわ。油女一族の人のことだから、抜かりは無いだろうし」
謝るシノにサクラが慌てて笑顔を作る。
閉口したシノに、サクラは一間おいてからいつの間にか逸れてしまった診察を再開した。
震えは無いかと訊かれて無いと答え、ちょっと手出してと言われて手を出す。
出されたシノの手を掴み、脈拍を計ったサクラが「やっぱり冷たいわね。脈拍も遅くなってるし」と呟く。
シノはそれを聞きながら、淡々と思考を巡らせた。
体温が下がっていけばどうなるか、実のところ訊かずとも知っていた。ただ、確認のために訊いてみただけだ。
だが、矢張り文字で読むのと言葉で断言されるのとでは実感が違う。
もしこのまま治療方法が見つからない場合、自分はどうするべきなのか。
忍を続けるのか否か。一族の跡継ぎの事。蟲たちとの契約の問題もある。
「……ところで」
カルテに何か書き込んだサクラが、不意に声の調子を変えて尋ねた。
「このこと、紅先生やキバやヒナタちゃんに、言ったの?」
「………紅先生には、今朝言おうと伺ったのだが、家に居なかった」
「ああ。紅先生なら、今日はアカデミーに居るはずよ」
「アカデミー?」
「この前イルカ先生に会って、今度幻術の特別授業があるって。確か、今日だったと思うけど。紅先生がその特別講師らしいわ」
「成る程」
「で?キバやヒナタには?」
「………まだだ…」
その返事を聞いて、サクラがふうと溜め息を吐いた。
「ちゃんと言った方がいいわよ?できるだけ早めに。あの二人だったら親身になってくれるし、色々相談にものってくれるでしょう?」
「………」
シノは、サクラの言葉に少し考え込んでから、徐に応えた。
「……言う事は、言う。だが、これは俺の問題だ。自分の事は、自分で決める」
相談はしないと言うシノに、サクラは一瞬呆れた顔をした後、「ああそう」と再び小さく息を吐く。
と思った瞬間。
眼前に寸止めされた握り拳に、シノは目を瞠って硬直した。
暫く、息も出来ない程の沈黙が部屋を覆い尽くす。
それを破ったのは、解かれた拳から繰り出された、軽いデコピン。
トン、と当たった指先に、魔法が解かれたようにはっと我に返り恐る恐るサクラに視線を向けるシノ。
サクラは、予想に反してにっこりと極上の笑みを浮かべ、
「私からの、誕生日プレゼント」
と、誕生日が記載してあったのだろうカルテを振りながら言った。
しかし、シノには「そんなこと言ってると、ぶっ飛ばすわよ?」
と凄まれたようにしか思えず、息を呑む。
その後。ぬるめの温度で体を温めること、それから体は温まるが酒は飲むなということを、まあ問題無いと思うけどと
一応念押しされて、シノはその注意に内心冷や汗をかきながらこくこくと頷いた。
シノが病院を後にした時には、一時的に脈拍が正常値に戻っているようであったが、血の気は失せていて、ショック療法の効果は定かでなかった。




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