Scene3.3本の蝋燭

ビールは初めの一本だけで、後は発泡酒がメインでヒナタの土産をつまみに盛り上がる。
やはり話の中心はキバで、精悍な面持ちになったが相変わらず少年のような笑顔と楽しい話題で場を盛り上げ、
ヒナタが相槌を打ったりくすくす忍び笑いを零す。そして若干雰囲気が柔らかくなったシノが、黙ってその様子を見聞きする。
たまにキバがシノにちょっかいを出せば、単刀直入で辛辣な言葉を返されて苦い顔をするところまで、昔と同じだ。
唯一。
キバの頭や上着に居た赤丸が、大きくなりすぎてここに居ないということだけが違った。
そんな中、キバの話が姉ハナが求婚を蹴った話に続いて家の犬に子供が生まれた話に至った時、ふっと、突然電気が消えて暗闇が訪れる。
「何だ…?停電か…?」
キバの声が、闇に響く。
「………その様だな。この辺り一帯、全て消えている」
突然の暗闇に目が慣れず何も見えないキバとヒナタに、シノが言う。
まるで見てきたかの様な言い草だが、蟲からの報告だ。
「……懐中電灯どこにあったかな」
「キバくん。大丈夫…?」
「キバ。その必要はない」
確か棚に…と手探りで探そうとキバが立ち上がると、その気配を察してヒナタが心配そうに言うのと同時にシノが制し、
一体どうやってどこから取り出してきたのか、マッチを擦った。
そしていつの間にかテーブルに置かれた小さな蝋燭に火を灯す。
「お前、それどっから…」
「リュックの中から出した。俺の目はもともと暗闇には慣れているからな」
常に真っ黒なサングラスを通して見ているシノの目は、言ってしまえばいつでも停電下にあるようなものだ。
本当に停電したところで、見える様になるのにそう時間は要らない。
「あぁ…そっか…」
シノの説明に納得しながら、橙色にうっすらと照らされて、キバは再び腰を下ろした。
仄かな灯りでも有ると無いでは大きく違う。
一所が見えれば配置は大体わかっているため全体がわかるようになる。
わかるということに安心する一方で、やはり目で認識出来ない分現実感が薄くなり、不安感も残っている。
しかしそれは、心地良い不安感とでも言えばいいだろうか。
恐いもの見たさに似た心境で、妙にうきうきする。
任務で夜営等を行う灯ではこうはいかない。
安心が前提としてある、この場だから生まれる心境だ。
「……たまには、こういうのも良いな」
ゆらめく灯りと闇に溶け込む二人に、キバはにっと笑って言った。
ヒナタはちょっと吃驚したように瞬きをしたが、不意に微笑んだ。
「………うん。良いよね」
そう言って、テーブルに両肘を乗せて手を組み顎を乗せ、蝋燭の灯りを見つめる。
その仕草がなんだか大人っぽくて、ヒナタではないみたいで。
灯り越しにキバはなぜだか少しだけ切なくなった。
そんなキバの前に、ことん、と蝋燭が一つ置かれる。そしてヒナタの前にも。
「シノくん…いくつ持ってるの?」
「これだけだ」
ヒナタの素朴な疑問に一言答えて、シノが再びマッチを擦る。
ぽうっと灯った3つの灯り。
それはまるで、3人の映し身のように。
皆、目の前に灯る灯りを黙って見つめた。



「…………きれいだね……」
どのくらい経ったのか。
ぽつん、とヒナタが呟いた。
はっと我に返るキバ。
時間の感覚が無い。
5分も経っていないように思えるが、半時過ぎたとも思える。
「……そうだな…」
間を置いて、シノの声。
「おう」
自分も何か応えなければと、キバは言った。
声を発した所為で、自分の前の灯が揺れる。
「………また、今日みたいに、集まりたいね…」
ヒナタの前の灯も揺れた。
「ん、そうだな……」
今度はキバの声がすぐに返ってくる。
「絶対。また一緒に、な」
キバの灯が、一際大きくうねった。
ヒナタが無言で頷くと、ヒナタの灯も一瞬頭を垂れる。


再び沈黙が支配する。
温かな、沈黙。
背負われて見た、大きな夕陽のように魅力的で。
泣き通した夜明けの、朝陽のように新鮮な。
暗闇を灯す、火。
このままずっと見ていたいと思わせる、懐かしい色。


しかし次の瞬間、チカチカと白い色が発光したかと思うと、ぱっと電気がついた。
眩しさに、思わず目を細める。
「……点いたな」
シノが頭上の照明を見上げて言った。
「………うん…」
ヒナタが、残念そうに応える。
電気の下で、蝋燭の灯は惹き付ける力を失い味気なくなってしまった。
「消すか?」
「否」
キバも折角の良い心地が台無しだと、少々不機嫌な面持ちで立ち上がり照明のヒモに手を伸ばしかけたが、それをシノが止める。
そうして、ふっと、自身の前にある蝋燭の灯を吹き消してしまった。
「「あ」」
キバとヒナタの声が重なる。
「そう、長く保つものではない」
二人が何でと問う前に、シノが言う。
確かに、もともと小さな蝋燭で、既に半分溶けてしまっている。
キバとヒナタは顔を見合わせ、仕方がないとそれぞれの灯も吹き消すと、白く細長い煙が一瞬立ち上り、白い電気の中に掻き消える。
灯が3つ共消えてしまうと、音があったわけもないのに静寂が訪れたように感じられた。
しん、と静まる中、シノがまだ開いていない発泡酒を手に取り、タブを起こす。
プシュ、と気の抜けた音が鳴った。
「……今日は、飲むために集まったのだろう?では、飲め」
言いながらヒナタの空いたコップに注ぎ、次にキバにも注ぐ。
そして新しい紙コップに自分の分を注いで、空になった缶をコンと置いた。




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