プロミス・リング
行為の後、体を洗ってシーツを取り替えてから真新しい布団に潜り込む。
少し冷たいが、二人の熱ですぐに温かくなるだろう。
それでなくても、夏真っ盛りで蒸し暑い夜だ。
いつものように無造作にシノを抱き込み、目を瞑る。
イチャイチャしたりするのは面倒臭いから、大抵こうして眠ってしまう。
シノも、大人しく抱き締められたまま眠るのが常だ。抱き締め返してくれないのがちと寂しいが、無理強いすることでもないし。
しかし、今日は不意に耳を触られる感触がして、目を開ける。
「……なに?」
俺の耳朶を弄るシノに訊く。
しかしシノは答えず、黙ったまま手を放した。
こんなことは、前にもあった。
無言で俺の髪を弄ってきて、何だと訊いても答えない。
あの時は、気になって眠れないと少々しつこく問い質したら、しぶしぶ答えた。
その答は、『下ろした髪が珍しいから』。
確かに、あの頃はあまり髪を下ろしたことはなかった。
夜目ではよくわからなかったが(まあ、はっきり見えたところで表情からわかるとも思えないが)、
どうやら下ろした方が好みらしいので、それ以来夜は下ろすことにした。
下ろすと顔にかかって邪魔で面倒だが、偶の我が侭だ。仕方ない。
そのことから推察すると、耳にも何か興味をそそる何かがあるのだろう。
シノが触れていた耳朶を自分で触ってみると、金属の感触。
ああ、イヤリングか。
「こいつがどうかしたか?」
自分で触れながら訊いてみるも、シノは「何でもない」と言って布団に顔を埋めた。
ふて腐れてやがる…。
「おい…」
少し不機嫌な声を出す。
普段、はっきり意思表示をすべき時にはするし、そうでない時はほとんど表さないシノだが、
最近はどうも何か思うところがあるらしい素振りをしといてはっきりしないことが多い。
俺に気付いて欲しいという甘えだと思えば可愛いが、訊いても答えないのだから焦れったい。
いちいち問い詰めなければならないのは、正直メンドいんだよなぁ。
「……メンドクセェ」
口癖が、気持ちに呼応して零れる。
言ってしまってから、きつい言い方だったかと反省する。甘えているのなら、今のは傷付いたか…?
「………それは…」
「ん…?」
「お前のソレは、10班のお揃い…なのだろう?」
「ああ。そうだけど…?」
そう答えると、再び黙る。
口調から察するに、『お揃い』に関心があるようだ。
そういや、8班ってそういうのなさそうだよな。
「羨ましいんなら、8班でもすりゃいいだろ。イヤリングじゃなくても、なんか…」
言ってみて、そんなことを提案するキャラじゃないか、と考え直す。
そんなことをシノが言いだした日には、紅先生はシノを病院に担ぎ込むだろう。
「羨ましいなど、誰が言った」
ほら。
「なら、なんだよ」
顔を上げたシノと視線を合わせ、問う。
シノは暫し黙ったが、徐に言った。少し、拗ねた口調で。
「少し、良いなと思っただけだ」
………それを、羨ましいというのでは…?
「それに、班でしたいわけではない。そもそも俺達にそんな趣味は無い」
確かに。8班はアクセサリーも身に付けなさそうだし、オシャレには疎そうだし。てんでばらばらなのに、そう言うところは一致してる。
否。でも今はそんなことより。
「じゃあ、俺としたいわけ?…………おそろ」
「…………」
シノの顔が、薄暗い中でも分かる程赤くなる。
うわ。マジで…?
これは、病院に担いでいった方がいいんだろうか。
でも、シノ自身も自分のキャラではないと重々承知している様子だ。
恥ずかしがっているのは、その所為だろう。
「………じゃ、シノもしてみるか? イヤリング」
そのためにはまず、耳に穴開けないといけないが…。
そんな事を考えながら今度は俺がシノの耳朶に触れると、それを拒むようにシノが首を振る。
「否。いい」
「なんでだよ。お揃いにしたいんだろ? 俺の片っぽ、やるぜ?」
「……俺は、10班ではない」
…………は?
……ああ、そうか。これだと、俺だけじゃなくチョウジやいのとも同じになるのか。
「じゃ、何がいい?」
「別に、いらん」
…素直じゃねぇ……。
まあ、今に始まったことじゃないが。
こいつがいらないと言うならこれ以上何を言っても無駄だろう。
本当は欲しくても、絶対認めやしない。
「あ、そ」
そう言って、少し不満そうなシノを再び抱き込んで、目を瞑った。
俺は、めんどくさがりだ。
でも、好きな奴の欲しい物を知っていながら無視できる程落ちぶれちゃいない。
あれやこれや強請る女ならともかく。
シノは滅多に欲しがらないから、余計に。
また、蒸し暑い夜に冷たい布団を被ると、シノがいつものようにさっさと目を瞑って眠る体勢になる。
しかし俺は抱き締めず、代わりにシノの手を取った。
シノがなんだという風に訝しげな顔を向けるが、俺はかまわずその腕に銀色の紐を結ぶ。
「………なんだ?」
「火鼠の毛で作ったミサンガ」
「……??」
わけが分からないという顔を見返して、にっと口角を上げる。
そうしてもう一つ取り出し、シノの手に握らせて、心持ち自信を持って言った。
「お揃いが欲しかったんだろ?」
まだ意図がつかめていない様なシノに、説明を続ける。
「俺は今、お前とずっと一緒にいられるよう願って結んだ。だから、今度はお前が結べよ」
そう言って手を差し出して間もなく、漸く理解したらしい。「わかった」と言って握らされたミサンガを俺の腕に結んだ。
多分、同じことを願ったはずだ。
「ほら、これでお揃い。ま、絶対切れない火鼠の毛だから、切れた時願いが叶うってジンクスとは逆だけどな」
乾杯するように、俺がシノの腕のミサンガに自分のを軽く当てて言うと、シノは真顔で応えた。
「………否、問題ない。ミサンガは、災厄から身を守るお守りとしても用いられている」
「へえ…そうなんだ」
相変わらず、妙なことに詳しいな、こいつは。
「そりゃ良かった」
分かり難いが、どうやらまんざらではないらしいシノ。
腕に結ばれたミサンガをしげしげと眺めている。
そんなシノを満足気に眺めながら、もう一つ思いついたペアになる物については黙っておこうと思った。
指輪を渡すには流石に勇気が足りなかったなど、絶対に言いたくねぇから…。
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後書き
あま~いシカシノです。
シノの僅かな素振りを、シカマルがめんどくさがりながらも察してくれれば良い。
そしてシノも、シカマルが察してくれることを淡く期待してれば良い。
…なんて夢見てみました。
しかしいざ、お揃いを考えてもなかなか思いつかず。
ペンダントとかだと任務で邪魔になりそうですし…。腕輪も然り。
特に蟲の出入り口をあんまり狭める物は受け付けなさそうだと…。
そして結局ミサンガに。お守りです。
火鼠の毛は、思いつきです、はい。竹取物語(かぐや姫)の『火鼠の皮衣』から。
調べてみると、火にくべても燃えない強い耐火性を持つ鉱物繊維であるアスベストのことだとかありましたが、ここでは動物です。
動物としては、西域や南海の火山に棲む鼠で、その毛皮は火に焼かれず、汚れたら火にあてればきれいになる。
この皮から作った織物は『火浣布(かかんふ)』の名で珍重されたらしいです。
私は空想の動物だと思っていましたが…。本当にいるのでしょうか。
(07/4/25)