孤高の巣

「キバ、動くな。毒を吸い出せない」
「う…うるせえ! このぐらい…っ!!」
無理に体を動かそうとするキバを、シノは無理矢理押さえ付けた。
「これ以上余計な手間をかけさせるな」
低い声を更に低くして圧倒的な威圧感でキバを黙らせると、シノは傷口に口を付けて毒血を吸い出した。
それを吐き出し、また吸い出す作業を数度繰り返す。
毒が入ったのは左の二の腕の切り傷から。
公私混同はいけないと、今はそれどころではないと頭でわかっていても、シノの所作に顔が熱くなる。
熱のせいもあるのだろうが、原因がそれだけでないのは明らかだ。
「………もとはと言えば、お前が無闇に敵を追い、深追いしすぎたのが原因だ。
敵は排除出来たが、こんな地下迷宮のような場所に閉じこめられる羽目になった。少しは大人しくして、反省しろ」
キバの動揺など微塵も気付かず、シノは適度に作業を終え、応急処置を施しながら言う。
感情のない声で淡々と言い聞かせられる事実に、キバはぐっと押し黙った。
今回、8班の任務は商人の護衛。貴重な鉱石や高価な宝石などを運んでいるため、狙われる可能性は高かった。
案の定、火の国と風の国との国境近くで十数人の忍者崩れに襲われた。流石は元忍と言うべきか少々手こずったが、
それでも誰一人かすり傷一つ追わずにあと二人というところまで倒し、追いつめられた二人はその場から慌てて逃げ出した。
それを、よせばいいのにキバが追い、止めようとその後をシノが追った。ヒナタと紅は護衛の任務を続けるためにその場に残った。
二人に追いついたキバは、シノの制止も聞かずに戦闘を開始し、結局シノも参戦して残りの二人も再起不能にした。
ところがその際、敵が最後の力で仕掛けた起爆札のせいで地盤が崩れ、地下の遺跡のような場所に落ちてしまったのだ。
しかも、しばらく出口を探して彷徨っていると、キバが受けた唯一の切り傷から、刀に仕込んであったのだろう毒がまわりはじめてしまった。
初めに気付いたのは赤丸だ。その心配げにかけられた声に、シノもキバの異変に気が付いた。
何でもないとキバは言ったが、明らかな発熱症状にシノは力ずくでキバを座らせ、冒頭に至る。

「俺は、出口を探してくる。お前はここでじっとしていろ」
黙ったキバに、シノは更に有無言わさない態度で告げた。
シノが赤丸を撫で「キバを頼む」と言うと、アンッという頼もしい返事が返ってきた。
その返事に頷くと、シノはその場から静かに去っていった。



残されたキバは、シノが持つ明かりが見えなくなると、くそっと悪態をついた。
キバの機嫌の悪さに、赤丸がクゥーンと鳴く。
「……大丈夫。なんでも、ねーよ。………ただ、かっこわりーなって、思っただけだ……」
赤丸の頭を撫で、息を切らしながらもキバは言った。
本当に、格好悪くて情けない……。誰より、シノにこんな姿を見せたくなかった。
「あーあ……。あいつ、なんであんなに、切り替えられんだろ。ギャップ、有りすぎだよな。なあ? 赤丸」
冗談混じりに言うキバに、赤丸は首を僅かに傾げた。
それもそうだ。赤丸はキバに抱かれるシノの姿を知らないのだから。
寝具の上ではあれほど儚げで頼りなく、可愛いのに。
普段だって、無愛想で尊大な態度ではあるが時たま真面目に天然を発揮したりする。
だが、いざ任務となると、可愛気の欠片もなくなる。まるでスイッチを切り替えたように。
「どっかに、スイッチ、あんのかもな……」
赤丸のわからない冗談を再び洩らし、小さく笑った。
だが、処置が遅かったためか、毒は確実に侵食していた。熱で頭がぼうっとし、呼吸も苦しくなる。
目を開けていられず、キバは目を閉じ、そのまま地面に崩れた。
赤丸の声も意識の遠くから聞こえ、それも、次第に薄れていった…。


一方、シノは黙々と出口を探していた。
焦る気持ちは勿論あったが、焦っては逆に仕損じる危険がある。
一刻も早くキバの治療を行うために、焦る気持ちを抑えて慎重に歩を進めた。
探る内に、ここが随分広くて古い遺跡だということがわかった。
どうやら、城の地下に作られた防犯用の迷路のようだ。
石造りの手法から見て、風の国のものだったのではないかと思われた。
薬草でも無いかと見てみたが、土埃に覆われた石の地面には雑草一つ生えていない。
シノは広範囲に蟲を散らせたが、一向に出口は見つからなかった。
「………仕方ない。やはり、落ちた場所の岩を避けるのが一番早いか…」
念には念を入れて蟲達には調査を続行させ、シノは一度キバの元へと戻ることにした。
戻る途中、匂いで察知した赤丸が駆け寄ってきて、離れては前方で甲高く何度も吠える。
その、早く来いというような動作に、シノは嫌な予感がしてキバの元へ急いだ。
「キバ!」
地に横たわったキバの姿に、心臓が大きく揺れる。
抱き起こすと、毒が全身にまわったのだろう、高い熱に苦しそうに呼吸を荒げ、汗だくになっている。
「キバ……しっかりしろ!」
額と頬の汗を拭い、キバに言い聞かす。その声が届いたのか、キバがうっすらと目を開けた。
「……シ……ノ……」
「キバ…もう少し辛抱しろ。今出口を開けてくる」
悲痛な面持ちのシノとは反対に、キバは、シノを認識するとへへっと笑った。
「キス、してくれたら…頑張れるかも……」
この状況でなにを…とシノは呆れたが、言い合っている暇はない。望み通りキスしてやった。額に。
「そこじゃなくて…」
「続きは無事に帰ってからだ。だから、頑張れ」
シノの言葉に少々遅れて、キバは不満げな表情を一変させた。
「ん…わかった……。頑張る。………約束、したからな。そっちも、忘れんなよ…?」
意識が朦朧としているはずなのに、そういうところだけはしっかりしている。
シノは呆れながらもいつものキバに少し安堵し、返事代わりに頭を撫でて、再びキバを赤丸に託した。
未だ出口を見つけたという知らせが入っていないため、シノは落ちた場所へと戻り、崩れて出口を塞いでしまった岩の前に立った。
こう言う時、キバが居れば通牙で風穴を開けられるのだろうが。
しかしそんな事を考えていても仕方がないので、シノは岩の隙間から蟲達を潜り込ませ、自身はクナイを手にした。時間がない。が、他に方法もない。
シノは盛大に破壊するような技を持ち合わせていないし、起爆札も、余計に崩すだけで使えないからだ。
とにかく、地道に崩していくしかなかった。



キバが目を覚ますと、そこは病院だった。すぐ横でヒナタが涙を浮かべており、心底ほっとしたような顔をしている。
ああ、とキバは気付いた。結局シノとのやり取りの後、気を失ってしまったのだ。
「キバくん……大丈夫? い、痛いところとか、ない…?」
なんだか懐かしく感じるその小さな声に、思わず口角を上げた。
「………おう。ぜんっぜん平気だ!」
上体を起こし、様子を見てみたが何の異常もない。それを確認して、キバはにっと笑って見せた。
「よかった…」
「なんだ、思ったより元気そうじゃん!」
ヒナタの安堵の声は、それ以上の音量に掻き消された。
無遠慮に戸を開けて入ってきたのは、砂隠れの里のカンクロウ。
「カンクロウ!?……が、何で…?」
「何でもなにも、ここは砂の病院じゃん。それに、お前等が里に入るのに、俺が付き添ってやったんだからな」
「え…あ……」
言われてみれば確かに。病室の雰囲気も、窓の外の景色も、木ノ葉とは全く違う。
「シノくんがね、キバくんを連れてきた時、もう、わたしと紅先生は任務を終えて風の国に入っていたの。
それで、木ノ葉に戻るよりも砂隠れの里の方が近いからって……」
「あ~。なるほど……って、そういやシノは? 紅先生もいねぇし」
ヒナタの説明に納得しつつ、キバはふと気が付いた。
キバの問い掛けに、ヒナタは「あのね、えっと…」と狼狽え口籠もる。
嫌な感じがしてキバが眉を寄せれば、その様子を見て、カンクロウが口を挟んだ。
「油女シノは、別の部屋で休んでるじゃん。あの、女の上忍はそっちに付いてるじゃん」
「や…休んでるって…」
「お前よりよっぽど酷かったから、まだ寝てるんじゃん?」
カンクロウの言葉に、キバは血の気が失せた。
「酷いって、どういうことだよ!? あいつ、怪我なんてしてなかったぞ!!」
「き、キバくん…!」
突然カンクロウに噛みついたキバを、ヒナタが慌てて抑える。カンクロウは驚きながらも、答えた。
「け、怪我は、手が擦り傷だらけで爪も剥がれてたみたいだった…。
あとはチャクラ不足と極度の肉体的疲労……まあ、このくらい、寝てれば治るじゃん」
寝てれば治る…とはいえ、気になって仕方がない。そんな怪我など、どうしてしたのか。
「どこだ!!」
「あ…?」
「シノの居る部屋だ!! どこだ!? 今すぐ行く!」
「ダメだ」
怒鳴りながら、ベットから下りたキバに、凛とした声で制止がかかった。
見ると、紅が戸口に立っている。
「お前みたいに煩い奴が行ったら、シノが起きるだろう?」
キバ達のほうへ歩み寄りながら言われた紅の言葉に、キバはうっと言葉を詰まらせた。
「今は静かに寝かせてやるのが一番だ」
結局、キバがシノに会えたのはそれから二日後だった。
その前に、シノの怪我の原因を紅から聞かされ、軽率な行動をこっぴどく叱られたが。
砂隠れの里を後にしたのは、三日後のこと。
カンクロウや他の面々に世話になったことを感謝し、礼を言って、木ノ葉の里へとやっと戻ることができた。



里に帰った、その日の夜。キバは、シノの家に押し掛けた。
「シノ……ほんっとに、ごめんな!」
「もう、何度も聞いた」
約束のことかと思いきや、ひたすら頭を下げられる。
「でもよぉ……」
キバは、徐に手を伸ばしてシノの未だ包帯の巻かれた両手を取った。
「これ…岩を手で避けたんだろ。その上、風の国まで俺を背負って行って……俺…ほんと、情けねえ………」
自身の手を労り、項垂れるキバに、シノは一つ息を吐いた。
「……病院でも言ったろう。二度も言わせるな」
キバの温かな手から両手を外し、キバの顔を包み込む。目線を合わせ、もう一度言った。
「俺はお前を助けたかった。その目的が果たされたのだから、何も気に病むことはない。
この手も…原因は確かにお前だったかも知れないが、こうなったのは俺にあの状況を切り抜ける術が無かったからだ。お前の責任ではない。俺自身のせいだ」
それでもまだ何か言おうと口を開きかけたキバに、シノはそれを防ぐようにそっと口付けた。
唇を離すと、驚いたキバの顔。
その表情にふっと口元を綻ばせ、静かに言った。
「約束だからな。お前は頑張った。もう、過ぎたことについて何も言うな。言ったら、おあずけだ」
「わ…わかった! 言わねー! 言わねーから、おあずけは勘弁!!」
それだけは……!と必死に懇願され、シノは堪らず、くすくすと笑いを零した。





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後書き
昔書いたキバシノ……は…恥ずかしい…。
カンクロウが出てきたよ!
なんかシノがキバのために一生懸命だよ!
でも上手く書き直す技量もないのでほぼそのままアップしました。
………ハズカシ…。











(07/11/20)