※裏っぽくないですがシノが乙女です。カエルコワイ。
嵐の夜に
その日は、今にも雨が降りそうな天気で、そこかしこから蛙の合唱が聞こえていた。
それだけで、シノの気分は最悪だった。しかも着替えを2日分持ってこい、ということは、2日か3日はここにいなければならないのだろう。
シノは、誰に気付かれることもなく、深く深く溜め息をついた。
「雨が降る前に、これぜーんぶ収穫しておいてね?」
今回の任務は、7、8、10班の合同任務で、田んぼの稲刈りだった。
見渡す限りの稲の林を前に、にっこりと笑って言ったのは、畑カカシ。
「大事な米だからな、粗末に扱うんじゃねーぞ」
と、くわえ煙草に気の抜けた笑みを浮かべて注意したのは、猿飛アスマ。
「じゃ、さっさとそれぞれの分担区域に着いて、始めなさい!」
最後にぴしりと開始の号令をかけたのは、夕日 紅。
掛け声と共に、9人の下忍達は3班に分かれ、それぞれの区域の稲刈りを始めた。
「雨降る前なんて、いつ降るかもわかんねーじゃんよ~」
開始後間もなく、早速文句を言い始めたのは、もちろんナルトだ。
「そうよね~。そこは私も心配……ってナルト!手、止めない!!」
「……こんなに曇ってちゃ、雲の様子で見極めるのは無理だしな」
サスケが手を止めて暗雲立ち込める空を見上げても、サクラは何も言わなかった。
「雨の匂いももう充満してやがるからな。そうそう時間はねーぜ」
7班の右隣で作業していた8班のキバが、話に入ってきた。
「あー、メンドクセェ…何でこんな日にわざわざ刈らなきゃなんねーんだ?」
「雨があがってからでもいいのにね…」
続いて、左隣の10班のシカマルとチョウジも口々に言った。
「ちょっとー、時間ないんだから、手を動かしなさいよねー! 雨で更に汚れるなんて、絶対、嫌なんだから!!」
そんなチョウジとシカマルに、いのの叱咤が飛ぶ。二人ははいはい…と大人しく作業に戻った。
「ほんとに…終われるかなぁ……」
ぼそりと、しかし手は動かしながら、キバの隣で皆のやりとりを聞いていたヒナタが呟く。
「終わらせんだろ? っしゃあ、赤丸!スピードアップだ!!」
ヒナタの呟きに、キバは勢い込んで、赤丸と共に田んぼの泥を跳ね上げながら刈るスピードを加速させた。
「き、キバくんっ!」
もっと丁寧に…とまではヒナタは言えない。
いつもなら代わりにシノがキバに注意してくれるのだが、今回は何も言ってこない。
ヒナタがちらりと右を見てシノの様子を窺うと、ただひたすら黙々と作業を行っていた。
稲刈りの作業は、キバとナルトが競争を始めたことで、サスケも負けじと頑張り、他の面々も黙々と頑張ったので、なんとか雨が降る前に終えることができた。
「なんとか間に合ったな…」
シカマルが、安堵の声をあげる。空は更に暗くなり、もう降り出してもおかしくない。
競争をしていたため、より早く終わっていたナルトとキバは、泥んこになってふざけ合っていた。
一見するとケンカしているようだが、本気ではない…はずだ。多分。
事件は、女子3名が、刈り取った稲を乗せた一台目の荷車を先に母屋へ運んで行った後。
残った男子たちで、もう2台の荷車に稲を乗せる作業をしていた時、起こった。
「なあなあ、シノ!」
本日、未だ一言も発していないシノの背に、ナルトが声を掛ける。
「何だ」
本日、一言目の言葉を発し、シノが振り返る。と。
「ほら! すっげーでっけーカエル!!」
じゃ~ん!とばかりに、ナルトはシノの振り返った顔の真ん前に、両手で抱えてもなお溢れる程の巨大なカエルを、満面の笑みでぶらりんと掲げた。
「……………」
しばらく、シノは無言でカエルとにらめっこ状態になったが、だんだんと、誰が見ても明らかなほど顔から血の気が失せていく。
ばしゃんっ!という大きな音にキバが振り向くと、突っ立ったナルトの前で、田んぼの泥水の中に座り込むシノの姿があった。
「お、おい、シノ!? ってめ、ナルト! シノに何しやがった!!」
怒声と共に猛然と二人のもとに駆け寄り、ナルトをシノから引き離す。
「おい、シノ?」
見ると、腰の部分はすっかり泥に浸かり、上半身を支えるように両手を着いているため、手も埋まっている。
顔面蒼白で、微かだが、震えている。
「ナルト!!!」
キバはシノをしっかと腕で支えつつ、ナルトに怒りの視線を向ける。
「お、俺、何もしてなって! ただ、カエルを見せただけだってば!!」
ナルトは慌てふためきながらそう言って、負けじと声を張り上げ、ほらっ!とカエルを前に差し出す。
その様子を見ていたシカマルが、慌ててナルトに駆け寄った。
「バカっ! それが原因だっ!! さっさと放せ!」
「へっ?」
と、ナルトが力を抜いた一瞬の隙をついて、巨大ガエルがピョーンと飛び跳ねた。
そして、あろうことか座り込むシノの胸元にへばり付く。
一瞬のことに、誰もが皆息を止め、動きを止めた。
その沈黙と静止の中。
まさしく、ぺろり、と音が聞こえたかと思うほどきれいに、巨大ガエルの舌が、シノの頬を…舐めた。
その瞬間、シノは声にならない悲鳴を上げ、キバの支える腕の中で、気を失った。
シノが気が付くと、そこは薄暗い部屋の中だった。
「お。起きたか?シノ」
少し横を見れば、そこにはほっとしたような顔のキバがいる。
「……………キバ…俺は……」
「あ~。……いや…カエルが、さ………」
自分はどうしたのだろう、と少し混乱したような声に、キバは言いにくそうに答えた。
シノは「カエル」と聞いた途端、あの悪夢を思い出し、がばっと起き上がって胸元を握り締める。
そこには既にカエルの姿は無かったが、嫌な感覚はまだ残っている気がした。
ただ起き上がったことで、自分が着替えていること、布団に寝ていたこと、遠くから激しい雨の音とナルトたちの声が聞こえてくること等色々なことに気が付いて、少し安堵する。
「ここは……」
「依頼人さんの家。嵐が来たんで、今晩は泊めてもらうことになった…ってか、最初からその予定だったんだってさ」
「……そうか」
嵐が来ることは、知っていた。だからこそ、今日、雨が降らない内に稲を刈り入れなければならないのだと、シノは始めからわかっていたが。
「それならそうと、言ってくれりゃあいいのによ…。着替えを2日分持ってこいってのは、汚れるからと、泊まるからだったんだな」
と、キバは憮然として言った。
そして、ふと、シノの胸元を握り締める手が、きつくきつく握られ、震えていることに気付いて。
キバは堪らず、左手を伸ばしてその手をそっと握った。
「……お前、カエル苦手だったんだな…」
そうキバが言うと、シノは小さく頷いた。
「小さいものなら、我慢して触れることもできる。しかし、掌ほどの大きさになると、駄目だ」
掌サイズで駄目なのだから、ナルトのつかんでいたあの特大サイズでは、もっと駄目だろう。
しかも舐められては、気絶しても仕方ない。
あのカエルは、シノ(もしくはシノの中の虫)が美味しそうに思えたのだろうか。
「皆に、迷惑を掛けた…」
小さい声のトーンを更に小さくして、シノは言った。本当に、申し訳なさそうだ。
「ナルトのせいだろ。気にすんな」
「いや。俺が…」
自分を責めようとするシノを、キバは左手はそのままに無言で抱きしめた。
よっぽど怖かったのだろう。声や態度ではわからなかったが、まだ全身が震えている。
「お前を運んだのも、洗ったのも、着替えさせたのも、全部俺だ。だから、誰にも迷惑なんてかけちゃいねー」
「なら、お前に…」
「俺は迷惑なんて思ってねー。だから、誰にもかけてねーんだ」
キバは、静かに、優しく、諭すようにシノに言い聞かせる。
シノは、すまん…と呟いたがそれ以上は何も言わず、抱きしめてくれるキバの肩口に、少しだけ顔を寄せた。
そんな二人を尻目に、別室では子供たちが夕食をいただきながら賑やかに語らっていた。
「しっかし、意外だよな~。シノがカエル苦手なんてさ」
ナルトが口周りついた米粒をそのままに無駄にでかい声で言うと、
「そお? けっこう、まんまじゃない?」
「そーよね~。っていうか、そんな巨大なカエル、私だって嫌よ」
いのとサクラが口々に異を唱える。事情はナルトたちから聞いていた。
「まんまって?」
だがなぜ意外でないのかわからず、ナルトが首を傾げれば、
「このウスラトンカチ」
ナルトの隣で食べていたサスケが、鈍いナルトに言い放った。
「なんだと~! サスケぇ~!!」
「シノは体ン中に虫飼ってんだから、カエル苦手だって、おかしくないだろうが」
そしてサスケに絡むナルトに、今度はシカマルが言う。
「あ…?」
「カエルの主食は?」
「………虫」
するとようやくわかったのか、ナルトはなるほどそうか~、と唸った。
唸って、それから何か面白いことに気付いたように、今度はにししと笑う。
「なんだよ、気持ちわりぃ」
隣で笑うナルトに、サスケが怪訝な目を向けた。
「いやさ、いやさ、それならぜってーシノの奴、エロ仙人のこと苦手だろうなぁって思ってよ! なんたってガマだぜ、ガマ! こーんなでっかいの!!」
ナルトが、こーんな!と言いながら、ハシを持ったまま両手をいっぱいに広げる。
「確かに、ね…」
サクラも妙に納得し、これには皆同感なようで、一様に頷く。
(シノくん、大丈夫かな…)
ただ一人、皆の話を聞きながら、ヒナタはシノのことを心配していた。
作業の間、ひたすら沈黙していたのは、周りで煩いぐらい鳴いていたカエルのせいだったのだとわかったからだ。普段から寡黙なので、別段気にしていなかったのだけれど。
隣で作業していたのに気付いてあげられなかった自分を、ヒナタは悔やんでいた。
そんなヒナタの気持ちを察して、紅がそっとヒナタの肩に手を置く。
「シノなら大丈夫よ。キバがついてる。それに、あの鉄仮面から心情を読もうなんて、白眼でも車輪眼でも無理よ。気にすること無いわ。隠してたのはあっちなんだしね」
そう微笑み、依頼人に振る舞ってもらった焼酎をぐいっと飲んだ。
また更に一方では、早々に食べ終えたチョウジがお菓子の袋を開けていた。
その時、ふと思い出したように言う。
「………あのカエル、食べれたのかなぁ……」
その言葉を聞いたアスマが、呆れた顔をチョウジに向けた。
「お前なぁ……」
外は嵐が吹き荒れ、ガンゴンと何かがぶつかる音が聞こえてくるけれど。
忍たちの賑やかな集いは、嵐などまるきり無視して熱を帯びていく。
シノが安心して再び意識を失った頃、キバが皆の居る部屋に戻ると、何故かカカシが持っていたトランプをしていた。
「やるかい?」
と言ってカカシが差し出してきた5枚のカードを、躊躇うことなく受け取るキバ。
「あ、そうそう。明日は嵐が去った後の片付けがあるから、よろしく」
手札を確かめていた下忍たちは、笑顔のカカシに一斉に顔を向けた。
それも任務に含まれていたのか……。
しかし、意気消沈した空気も勝負が開始されるとすっかり無くなり、皆白熱した一夜を思う存分楽しむのだった。
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後書き
すみません。ごめんなさい。シノがか弱すぎます…。
個人的には格好良い方が好きなのですが、ノってしまって、つい……。
これでも良いって言っていただければ、ありがたいです。
あと個人的には、カエルも好きですよ。
(07/2/4)