今日はクリスマスイブ。
恋人たちが街を歩く中、寂しく歩く青年が一人。彼は今、愛しい恋人の家へ行くというのに、何故かその背中は寂しい。

「はぁ…」

ため息をつくと、それは白くなって空に消える。次々と流れていく人の波に、彼の姿は飲まれていった。



カンカン、と古びたアパートの階段を上る音がした。カチャ、と鍵が開けられ中に人が入ってくる。

「シノ」

パチ、と電気のスイッチを押す音がし、電気がつけられる。いきなりつけられた光に、シノは顔をしかめた。
だるい身体を無理矢理動かしてスイッチを押す音がした方を向けば、そこには自分の恋人、キバが立っていた。
その片手には薬局の袋が持たれている。

「…すまない」
「いーから病人は寝てろ」

無理に起きあがったシノの頭を撫で、薬局の袋をテーブルの上に置いた。シノは渋々ベッドに横たわる。
かさ、と薬局の袋を開ける音が部屋中に広がり、消えた。

「飯、食ったか?」
「…ああ」

小さな部屋の小さなキッチン。そこに置かれていたガラス製の透明なコップを取り、蛇口を捻った。
溢れ出る冷たい水が、コップの中を満たした。水がコップの半分以上を埋めたので、蛇口を捻り水を止めた。

「シノ、ほら」

シノに水の入ったコップと薬を二錠渡す。シノは薬を口に含み、それを水で流した。ゴクン、と飲み干す音がした。

「よし。じゃあちゃんと布団かぶって寝ろ。寒いからな」
「………ん」

頭がぼーっとしているのかいつも以上に大人しく、素直なシノ。可愛いと思ってしまうのは彼が自分の大切な恋人だからだろう。
恋は盲目とは本当のことなんだな、と感心する。

「…本当に、すまない…。キバ…」
「気にしてねーよ」
「…クリスマスイブ、おまえと約束したのに、風邪引いてしまった…」

そう。
シノは風邪を引いていた。
クリスマスイブ、二人で出かけることを約束したのだが不運にもシノは体調を崩してしまった。
それは仕方がないことだからキバは大して気にしていなかったが、シノはかなりそれを気にしているらしい。

「…すまない」
「だから気にしてねーって。おまえも気にすんな!」
「…ああ」

そう言ってもシノの表情は曇っている。やはりまだ気になっているのだ。

「シノ」
「…折角のクリスマスなのに、すまない…」
「…楽しみに、してたのか」

こくり、と小さく頷くシノ。それはいつもの彼なら絶対に見せない行動。

風邪を引き、頭が朦朧としている時のみ見せる、可愛らしい姿で。

「…キバ」

その愛しい身体を強く抱きしめた。シノは抵抗もせず、ただ火照った身体をキバに寄せた。いつもは冷たい肌が、今は熱く感じる。

「シノ」

そっと、顔をこちらに向かせる。うっすらと桜色になった唇に、そっと自分の唇を重ねた。

「キバ、っん、き、ば…」

いつもと違う、自分に縋るシノ。こっちの頭までどうにかなってしまいそうだった。

「シノ」

そっと唇を離せば、名残惜しそうに見つめるシノがいる。その赤い瞳に吸い込まれそうだった。

「………俺は、ずっと楽しみにしていた」
「うん」
「…キバと一緒に出かけたかった。のに…」
「…うん」

ぽろぽろとシノの口から本音が溢れ出てくる。それと共につう、と赤い瞳から流れ出る涙。それをそっと手で拭うと、くしゃ、と頭を撫でる。

「シノ」
「………ん」

そっと瞼にキスをすると、ゆっくりとベッドにシノの細い身体を押し倒した。

「風邪、全部俺にうつせ」

耳元でそっと囁いた。






気がついたら、窓から光が差し込んでいた。眩しくて顔を逸らすと、目の前にキバが居て心臓が止まるかと思った。

ふ、と昨夜の出来事を鮮明に思いだし、顔が熱くなる。いくら風邪を引いて頭が朦朧としていたといっても、あれは無いだろう、と頭を抱える。
今すぐ忘れたいくらい恥ずかしかった。

「おはよ、シノ」
「!!」

そんな思いの中、キバの声を聞き驚いた。かぁ…、と頬が赤く染まっていく。昨夜のことを忘れて欲しくなり、キバに言おうとするが。

「…キバ、あ「今度は正月に出かけるか!」

にい、と楽しそうに笑うキバ。シノは暫く黙っていたが、ふぅ、と息を吐くと。

「………………ああ」

少しだけ目を細めて笑った。

「約束だ」
「ああ」

そっとキバに抱き寄せられ、シノは顔を埋めた。
外は降り積もった雪が朝日に照らされ、輝いて見えた。二人はその景色を見ようとはせず、ただきつく強く抱きしめ合っていた。





                                                             END















オマケ



「…その前にキバ、お前風邪は大丈夫なのか」
「大丈夫…、じゃねーな。だるい」
「………」
「な、何だよその目は」
「正月の前にまずお前の風邪を治さなければいけないな」
「…さいですか」



最後の最後で格好付けれなかったキバでした。










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こちらの都合でアップするのが遅くなってしまいましたが、『裏庭の南蛮煙管』の海月様へ
クリスマスにリクエストさせて頂いたキバシノでした!!

良いですよね~vv風邪ネタ! 大好きです!
海月様のところのシノは可愛らしいからますます良いっ!
曰く、『うちのシノちゃんは眠たい時、風邪引いた時、酔っぱらった時に甘えます。デレます。つい本音も出てしまうのです!』
……わかります。わかりますよその妄想&萌え!! 滅茶苦茶わかります!!
時々ってのが良いんですよね~vv 堪らないっ!
もう、それでこっちは始終デレデレですよw

「風邪、全部俺にうつせ」

……なんて、キバも彼氏らしいこと囁いてくれちゃったりなんかしちゃって!
そんな慣れないコトするから最後の最後でカッコつかないのさ(笑)


海月様、素敵なキバと愛らしい風邪シノを、ありがとうございました!!