おみくじ


「やったぁ~!だいきちだ!」
そんな歓喜の声に、ヒナタは思わず後ろを振り向いた。
すると御神籤所の前で、子どもが母親と父親に向かって嬉しそうにくじを見せびらかしていた。
両親はそんな子どもに良かったね、などと応えながら、こちらも嬉しそうににこにこと笑っている。
なんとも微笑ましい光景に、ヒナタも思わず微笑んだ。
「おみくじかぁ……そういやぁ、今年まだ引いてねぇな~」
ヒナタと同じように親子の様子を眺めていたのか、頭上からそんな声が聞こえてきた。
見上げれば、キバが御神木の幹に背を預け、枝の上に腰掛けている。
その胸元で、赤丸が賛同するかのように小さく吠えた。
「……引いたところで、御神木に登るような罰当たりに、良い縁起があるとは思えんが…」
「ぁあ?」
隣でぼそりと呟かれた言葉に、ヒナタが視線を下ろせば、シノが御神木に背を向け正面を向いたまま眉を寄せている。
彼の視線の先では狛犬が睨みを利かせており、睨めっこでもしているようだと、ヒナタは思った。
「縁起が悪ぃってんなら、いっちょ試してみるか?」
ヒナタの視線を遮るかのように、木の上から軽々と飛び降りて来たキバが、ヒナタとシノの間に着地する。
踏み締める砂利の音と、空を切る音。切られた風の所為か、御神木に巡らされたしめ縄の紙垂(しで)が微かに揺れた。
「御神籤引いてみよーぜ!紅先生との待ち合わせまで、まだ時間あるしよ」
キバが、そう言いながらがしっと左右の二人の肩を捕まえる。
「そーだ!なんなら、一番悪ぃの引いた奴が今日の任務報告書を書くってのは、どうだ?」
神の名を持つ御神籤も地に落ちたもので、それは最早御神籤ではなく罰ゲームのくじ引きである。
「………」
「…ぇ…えっと……」
キバの提案に、呆れて何も応えないシノと、戸惑い狼狽えるヒナタ。
だが、キバはそんな二人の反応を御都合主義で捉え、「異議なしな!」と二人の肩をぽんと叩いて御神籤所へ早速駆け出す。
「………全く罰当たりな奴だ…」
やれやれといった感じで、それでもシノがキバの後に続いて行く。
その後に、ヒナタも慌てて付いていった。



木箱を振って数字の書かれた棒を出す。
キバの出した数は82。
82番の籤を受け取ったキバは、さっさと折り畳まれた御神籤を開きに掛かった。
ヒナタが引いたのは106番で、シノは22番。
先に引いたのはヒナタだったが、ヒナタはシノが籤を受け取るのを待ってから封を切った。
折り畳まれた細長い紙を、ぱたぱたと広げていく。
それぞれに自分の御神籤を見た三人は、正に三者三様の反応を見せた。
キバは開いた瞬間「うわ」と言うように顔を顰め、ヒナタは複雑な面持ちでキバやシノの顔色を窺い、シノは相変わらずのポーカーフェイスを通す。
「………ど…どう…だった…?」
苦虫を噛み潰したような顔で黙りこくるキバと、表情を変えないシノに、ヒナタが恐る恐る尋ねる。
すると、キバはちらとシノに目を向けてから、ぶっきらぼうに「ん」と籤を差し出した。
それにシノも自分の籤を突き合わせ、ヒナタも合わせて、三人が互いの籤を覗き込む。
結果。
キバ、半凶。
ヒナタ、小凶。
シノ、凶。


「………マジかよ……」
キバが、皆の思った事を代表して呟いた。
全て凶属性とは、なんと幸先の悪いことか。
大凶が無いのは不幸中の幸いだが、それはそれで、何だか半端なものばかりのように思えて微妙な気持ちでもある。
「………まあ、引いてしまったものは仕方がない。少しでも運気が回復するよう、結んでいこう」
沈痛な面持ちのヒナタとキバに、シノが既に多くの籤が結ばれている処を示す。
「……そーだな」
キバも気を取り直して、其方へ歩き出そうとしたが、ふと足を止めた。
それにつられて、キバの後に続こうとしたヒナタの足も止まる。
「ど…どうしたの……?キバくん」
「いや…」
キバはヒナタを振り返ると、ちょっと考える仕草をしてから、自分の中で何か納得したように頷き、言った。
「ちょっと俺、もう一つ引いてくるわ」
「え?」
「赤丸の分だよ、赤丸の分。もしかしたら、大吉かもしんねーしな!」
ヒナタに向かって、にぱっと笑うキバ。その笑顔の下で赤丸も元気よく鳴く。
そしてキバは、タッタと再び御神籤所へ駆けて行った。
その後ろ姿を、ちょっと驚いたように見送るヒナタ。
だが、ふと微笑みを浮かべ、赤丸の代わりに木箱を振るキバを見つめた。
「ヒナタ」
呼ばれてはっと振り向けば、シノが既に籤を結ぶ処の前に立っている。
ヒナタは御神籤を引く所に居るキバと、結ぶ処に立つシノを慌てて交互に見、ふためきながらシノの下へ走っていった。
「あ、あのキバくんは……」
「赤丸の分を引いているのだろう。聞こえていた」
わたわたと説明しようとするヒナタに、動じることなく応えるシノ。
「あ、そ、そっか…」
とヒナタはほっと息をついて、握り締めた小凶の御神籤を見た。
そして不意に、あることを思いつく。
だが、それが善い事なのか悪い事なのか判断が付かなくて、暫し逡巡していると、そんなヒナタの様子に気付いたシノが問う。
「どうした」
「あ…えと…あの……ちょっと、お、思いついた事があって……」
「何だ?」
「で、でも…いけない事かも、しれないし…」
「では、尚更言うべきだ。俺に判断できることなら、判断する。曖昧にしておくのは良くない」
「う……うん…」
表面上、極めて冷静に、淡々と述べるシノに、ヒナタは渋る余地も無く頷く。
ついでに、シノの探求心が物凄く擽られていたという事に、気付く由も無かった。
もじもじとしながら、ヒナタがぼぞぼぞと思いついた事を打ち明ける。
「あ、あのね……」



「何だ、お前等まだ結んでねーのか…?」
赤丸の籤を引き終えて漸くやって来たキバが、未だ籤を結ぶ事もせずひそひそ話をしている二人に訝しげな表情を作る。
赤丸は地面に下りていて、小首を傾げている。
そんな一人と一匹に、シノが言った。
「互いの籤を交換して結ばないか、とヒナタが提案している」
「あ…?交換?」
キバがヒナタに顔を向けると、ヒナタは顔を真っ赤にして俯いた。
「あ、あぁぁああぁあの!そ、その方が、気持ちが神様に伝わる…かな……と」
思って……という部分は、蚊の鳴く程に小さくなった。
「他者が結んでも、別段問題は無いと思うが。どうする」
「いいんじゃね?俺はかまわねーよ」
シノの問いに、さらっと答えるキバ。
「自分の幸運祈るよか、仲間の幸運祈る方が気持ち入るしな!」
「う、うん…」
キバが笑ってヒナタに同意を求めると、ヒナタも赤い顔を上げ、はにかんだ笑みを浮かべる。
「で、誰が誰の結ぶ?」
早速キバが仕切り、ヒナタからシノへと視線を巡らせる。
「じゃ、じゃあ、私がキバくんの結ぶよ…」
発案者であるという責任感からか、珍しくヒナタが申し出た。
「そ、そうか…?じゃあ……」
ヒナタの申し出にちょっと驚きながらも、キバが自分の半凶の籤を差し出す。
その顔は、堪えてはいるようだが、控えめに言っても嬉しそうだ。
「では、俺がヒナタのを結ぼう」
キバの籤がヒナタに渡るのを見計らって、シノが言う。
シノがヒナタの籤を受け取ると、
「じゃ、しょーがねー。お前のは俺が結んでやる」
と、キバがシノの方へぶっきらぼうに手を出した。
「…………」
何かもの言いたげなシノではあったが、何も言わずに黙ってキバに籤を渡す。
と、その下で唐突に赤丸が声を上げた。
「ん?赤丸、お前も結んでほしいって?」
「わんっ」
キバの言葉に、赤丸がシッポを振って答える。
「赤丸は、籤、何だったの?」
そんな赤丸を見て、ヒナタがおずおずと尋ねると、キバはその問いに対しにやりと口の端を上げ、自慢げに赤丸の籤をヒナタとシノの前に広げた。
「へっへー!大吉だぜ!」
「ぅわん!」
赤丸も、自慢げに吠える。
「大吉かぁ。良かったね」
ヒナタも嬉しそうにして赤丸に声を掛けると、赤丸はぱたぱたとシッポを振って応えた。
しかし、その様子を眺めていたシノが不意に言う。
「だが、大吉ならば結ぶ必要は無いだろう」
「あ…」
「……それも、そーだな」
ヒナタがはっとし、キバもはたとして、困ったように大吉の籤を見、赤丸を見た。
赤丸が、寂しそうに頭と尾を垂れてくぅ~んと鳴く。
ヒナタもキバも、何と言っていいかわからず押し黙る。
そんな時、シノが動いた。
シノはキバの手から赤丸の籤を抜き取ると、手早く折り畳み、紐の付いた小さな布袋を取り出して器用に籤を入れた。
「…………赤丸」
そして赤丸と目線をあわせるようにしゃがんで、
「大吉は結ぶよりも、大事に持っている方が良いものだ」
と、それを赤丸の首に掛けた。
「お。良かったな、赤丸!」
キバがそれに合いの手をいれれば、完全に機嫌を取り戻したようで、赤丸が嬉しそうにわんっと鳴いてシッポを振る。
その様子に、ヒナタも微笑みを浮かべた。
「では、俺達は籤を結ぼう」
シノが立ち上がり、逸れた軌道を修正する。
「おぅ」
「うん」
キバ、ヒナタがそれに頷き、漸く3人は籤を結んだ。
パン、パン!
と一際大きく鳴った手は、キバ。
それに続き、シノとヒナタも控えめに手を鳴らして合わせる。
キバはシノの、シノはヒナタの、ヒナタはキバの、それぞれの幸運を願って。




そっと伏し目を上げて、ヒナタは両隣を見た。
左には、必要以上に力んで拝んでいるキバの姿。
右には、落ち着いた様子で静かに拝むシノの姿。
そして、その真ん中に、自分が居る。
ヒナタは、合わせる手に力を込めた。
自分が結んだのは、キバの籤だけれど。
できることなら、皆の幸運を。
キバと、シノと、赤丸と、紅と…。
自分の傍にいてくれる、人たちの、幸せを…。
神様、欲張りで、ごめんなさい。
「ヒナタ」
必死に祈っていたヒナタの耳に、飛び込んでくる呼び声にはっとする。
「行こうぜ!紅先生だ!」
匂いを感知したのだろう、キバがそう言って元居た御神木の方を示している。
赤丸が、その足下で今にも駆け出しそうに飛び跳ねている。
「あ…」
ヒナタが焦った様になった時、肩の後ろにそっと手が当てられた。
「慌てる必要はない」
シノの静かな声が後ろから掛けられる。
振り返れば、駆け出したキバと赤丸を見つめていたシノが僅かにヒナタを向き、
「行こう」
と言った。
背に触れていた手が離れ、ポケットに仕舞われる。
「……うん…」
ヒナタは、幸せに満ちた気持ちで、微笑んだ。
風に、御神木の枝葉と紙垂が揺れる。
やって来た紅を迎える狛犬。
いざ出発、となった時、不意にシノがキバに言った。
「……一応、確認しておく。今日の任務報告書はお前が書くのだな」
「あ…?何でだよ」
「お前が言ったんだぞ。一番悪い籤を引いた者が報告書を書くのだと」
「一番悪かったのはお前のだろ?俺の半凶だぜ?」
「凶と半凶で、なぜ俺になる」
「え。だって半凶って凶の半分だろ?」
「…………」
呆れたように、押し黙るシノ。
小凶、凶より、半凶の方が悪い事を知っていたヒナタは、思わずくすりと笑った。


神様、どうか。
この幸せが、いつまでも続きますように―――。


そう祈りながら。
ヒナタは言い合いをしながら先を行くキバとシノの後を、笑顔を噛み締めながら、追い掛けていった。



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てきとうスープののりたま様より頂いたリクエスト、『8班のおみくじ』でした!
年始あたりに頂いたリクエストで、こんなに遅くなってしまい…時期外れもいいとこですが(汗)
ほのぼのとした8班。お気に召しましたら、幸いで御座います。