空蝉


寝苦しくて目が覚める。
起きると、外は月夜だった。
虫の音がジリジリと聞こえてくる。
真夏の夜。
「あっちー…」
まんじりとしない蒸し暑さが、嫌な寝汗をかかせていた。
キバは、着替えるかと思いベッドから床に降りた。
薄暗い部屋の中は、散らかっているとは言わないが、片付いているとも言い難い。
一通り片付いているように見えて、整理整頓はおざなりだ。
キバはそんな部屋の中を進み、電気を点けた。
ぱっ、とついた明かりが眩しくて、反射的に目を瞑る。
そうっと開けると、おざなりな部屋が蛍光色の光りに満ちていた。
月灯りに比べると、酷くわざとらしい光りだ。
と、思う。
人工的な、だがそれでいてどこか―――安心する光り。

電気の光り目が慣れると、キバは洋服箪笥へ向かって下から二段目のひきだしを開けた。
横幅の広い、両手を掛けて開けるひきだしだ。
ギジギジと音を立てて開いたひきだしの中から、パジャマを探す。
探しながら、ベタベタと貼り付く今の寝間着を器用に脱ぎ捨てた。
寝間着の上下と、汗で濡れた下着が足下に折り重なる。
その行いが、中忍になり大人の階段を登り始めた者に相応しいかどうかは、何とも言えない。
細かい事を気にしない開けっ広げな態度は、ある意味で大人と言えるのかもしれないし、
ただ単にまだまだガキなのかもしれなかった。
キバは、こちらもまた成長途中の身体を、惜しげもなく晒して、ひきだしの中を引っ掻き回している。
だが気に入る新たな寝間着が見つからず、そこは押し込むように閉めて一つ上の段に取り掛かった。
下から、三段目のひきだしを開ける。
と。
ふと、ひきだしの端にある服に目が留まった。
ぐちゃぐちゃした他の衣類とは違って、きれいに折り畳まれている。
鶯色の、衣。
キバは暫しその衣服に目を留めた。
そして、そっと――手に取った。
きれいに畳まれていた服は形を崩し、重力に従ってだらりと垂れる。
両手を伸ばしてそれを掲げた。
悔しいことに自分の背丈より大きくて、若干腕を上げる羽目になる。
上着だし…。あいつ下に来てるのも厚いから…などと、無意味な負け惜しみをぶつぶつと呟いたが、
何も返してこない鶯色に、キバも口を閉ざした。

「…………」


中身のない、
蛻の殻の、
服を、
そっと抱き締めて――
顔を埋める。

厚着の上の衣だというのに、キバの嗅覚はしっかりと、清涼な青竹の香を感じ取った。

――――シノの匂いだ……。

蟲と、
彼の、
香。


「…………」

………………って。
これじゃ俺、変態みてーじゃん……。
シノの上着に突っ伏したまま、キバは我に帰り思った。
だがしかし、大好きな匂いからは離れ難く。
キバは一旦離した服をもう一度掲げ、暫くじっと見つめてから、
そっと
―――袖を通した。
鶯色の、彼の衣を素肌に纏う。
足を掠めるのは余った裾先。
フードを無造作に被り、
袖は握って、彼がしているようにポケットに突っ込んだ。

ふわふわとした心地良さに虚ろう。

篠の香が
シノを包んでいる温もりが
自身を柔らかく包み込んで


とても温かくて
とても懐かしくて
とても
とても


とても



愛おしくて




恋しい―――




「…………何やってんだ、俺……」
急に虚しくなって、自嘲気味な笑みを零した。
ポケットから片手を出し、ぎゅっと衣の前を握り合わせる。
彼の温もりが、香が、柔らかく、

キバを押し潰した。












suhada
                                元絵
                           ※転写・配布厳禁