「お~い、シノ~。ご飯だよ~」
上機嫌で鼻歌交じりにアジの干物を持ってやって来たカカシは、蛻の殻の室内に「あれ…?」と首を傾げる。
僅かに開いた窓の隙間から、湿った風が吹き込んで来た。


黒ネコとカラスのタンゴ


黒い傘を傾けて見上げた灰色の空から、しとしとと雨が降り注いでくる。
じっとりと湿度が高く、嫌な天気だとサスケは顔を顰めた。
と、そんな時。
「…ん……?」
どこからともなく猫の声が聞こえてきて周囲を窺うと、雨の中傘も差さずしゃがみ込んでいる人物を発見した。
「おい。そんなとこで、何やってんだ」
歩み寄り、その人物を傘下に収めて言えば、雨に濡れてぺしゃんこになった髪から雫を滴らせてサスケを振り仰ぐ。
ぱたぱたと、白い顔と丸い黒眼鏡からも雫が落ちた。
「…………猫だ」
濡れ鼠になった人物…油女シノは、もそもそと何かを抱えて立ち上がると、端的にそれだけ答える。
「ネコ?」
少し驚いたようにサスケが見れば、シノの腕にはふるふると震える黒猫が抱えられていた。
「捨て猫か?」
サスケの問いに、シノは黒猫の顔を覗き込みながら、暫し間を空けて答える。
「否。迷い猫だろう。なぜなら、赤いリボンをしているからだ」
見れば確かに、首に赤いリボンが巻かれている。
「住所とか書いてないのか?」
「無い」
「………マヌケな飼い主だな…。で、これから其奴、どうするんだ」
「まず、キバの家に行って健康状態を調べてもらうと思う」
キバの家には獣医の姉がいる。
成る程順当な判断だなと思ったサスケだったが、ぱっと浮かんだキバの顔に、そういった理屈は全て消し飛んだ。
ミィミィと鳴く黒猫を抱っこするシノを見つめながら、あんな野犬のところへ一人で行かせるわけにはいかないと、
感情論に突き進む。
「しかたねぇ、付き合ってやるよ」
「?」
思わぬサスケの申し出に、シノが不思議そうな視線を送る。
その視線に、サスケは照れ隠しにそっぽを向きながら、ぼそりと言った。
「持ってないんだろ、傘」
「サスケえぇぇぇぇ!!!」
サスケの、折角の親切な言葉だったが、バカでかい声に全て掻き消されてしまった。
「いいとこにいたってばよ!傘、入れてくれ!」
声の主はナルトで、どうやらサスケの後ろ姿を見つけて駆けつけて来たらしい。
サスケの許可も得ぬまま、黒い傘の中に飛び込んで来た。
「勝手に入ってくるな、このウスラトンカチ!」
「なんだとっ!?ってあれ、シノもいたのか!?ってかなんだ?そのネコ!」
反射的にサスケが怒鳴り、ナルトも怒鳴り返そうとしたが、同様にサスケの傘の中にいたシノに気付いて
全興味をそちらに向ける。
そのナルトの質問に答えようと口を開きかけたシノを、サスケが遮った。
「お前には、関係ない。いくぞ、シノ」
シノの肩を掴んで、ナルトから引き離すように歩き出す。
「あ、おい、こらっ!サスケ!ズリーぞ!シノ独り占めする気だな!?相合い傘なんて、ぜってーさせねーぞ!!」
「あ…あいあい……!?」
一人除け者にされそうになったナルトが言い放った台詞に、ピタリとサスケの足が止まった。
そこまで考えていなかったが。
言われてみれば、確かにこれは相合い傘である。
「ァィ、ァィ……」
意識しだすと留まらず、サスケは顔と耳までをも真っ赤にして、項垂れてぼそぼそと呟きだした。
その間に再び傘に侵入してきたナルトが、自分の世界に入ったサスケを無視して
シノの肩に腕を回しながら話を続行する。
「なあなあ、その猫名前なんてーんだ?」
「わからん」
「なら、俺が名前つけてやるってばよ!」
「此奴は飼い猫だ。勝手に名付けていいものではないだろう」
「でも、無いと不便だろ!」
「………うむ…」
そうだな、と頷いたシノに合わせるように、黒猫がミャアと鳴く。
その声が、サスケを現実の世界に引き戻した。
「真っ黒だからクロってのはどーだ?!」
我に返ったサスケの耳に、何とも安易なネーミングが聞こえてきて、それだけで何を話していたのか察しが付いた。
「………まんまじゃねーか…」
「じゃあ、てめぇは何てつけんだよ!」
思わずぼそりと呟いたサスケの言葉を聞きつけて、シノにべったりくっついたまま、ナルトが半眼でサスケを睨み付ける。
その眼差しを睨み返しながらも、サスケはぐっと言葉に詰まった。
猫の名前など、考えたこともない。
知っている猫の名前といったら……。
「ト………」
「と?」
そのままではマズイと思って、サスケは苦し紛れになんとか頭を捻って言った。
「と…………虎之助…」
「…………」
「…………」
暫しの沈黙の後、ぷぷっとナルトが吹き出した。
「それってば、あのすっげーババァのトラじゃねーの!?お前の方こそ、センスねぇってばよ!」
普段超がつくほど鈍いのに、こんな時ばかり勘が冴えて、ナルトが見事に図星をつく。
「う…うるせぇ!」
ぎゃはははと笑うナルトに、サスケは顔を真っ赤にして怒鳴った。
そして、言い合いを始める。
シノは、口論を始めた二人を黙って見つめながら、一人でキバの家へ向かった方が速いかと思案を始めていた。
そんな時、救世主が現れる。
「何やってんだよ、おめぇら」
呆れたような声の方を向けば、矢張り呆れ顔のシカマルがいた。
「おぅ、シカマル!聞けってばよ!サスケが…」
「ば、バカ…!」
にししとだらしない笑みを零して噂を広めようとするナルトを、サスケが押さえ込む。
再び喧嘩に戻った二人を尻目に、シノはその戦闘区域からさっさと抜け出して、極自然にシカマルの傘の下に避難する。
ひょいと傘に入って来たシノに、シカマルも拒むことなく傘の半分を明け渡した。
「………なんだよ、その猫」
「拾った。それで、仮の名を付ける事になってな…」
だが…とシノが、言い合うナルトとサスケに視線を向ければ、シカマルには大体理解できた。
「猫の名前ねぇ…」
「今のところ、案としては『クロ』と『虎之助』が挙がっている」
「…………」
シカマルは、これが喧嘩の原因だなと確信した。
同時に、そんな命名もきちんと候補にしているシノは矢張り強者だなと、感心する。
「お前は、何か無いか」
強者というか天然かと考えるシカマルに、シノが尋ねると、シカマルは首を捻った。
「う~ん…黒猫だろ……?なんか、そんな歌なかったけ?団子とかなんとか」
「それを言うなら、ダンゴではなく、『タンゴ』だ」
「ああ、そうそう。それでいいんじゃね?」
「……シカマル。タンゴと言うのは猫の名ではなく、音楽用語だ」
「なんだ、そうなのか」
へぇ、と言いながらも興味がないのかサラッと流し、シカマルはシノに話を振った。
「ところで、シノは何かねぇのか?」
「俺か…?」
抱える猫に目を落とすと、猫もシノを見上げて、視線が合う。
そうだな……と考えたシノの頭に浮かんできたのは、一人の男と、田園風景。
そして砂隠れの忍カンクロウの傀儡。
「俺は、『カラス』が良い」
「「「……は………?」」」
シノの一言に、シカマルだけでなく、掴み合いになっていたナルトとサスケも動きを止めた。
「「「なんでカラス???」」」
三人の声が見事にハモる中、シノはくいと黒眼鏡を押し上げながら言った。
「………危険探知と毒牙対策になるかと思って」



だがこの数日後、シノの命名も虚しく。
黒猫の名が『シノ』であり、飼い主が畑カカシであることが判明することとなる……。



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Simmer Spiderの汐澪 玲様へ、
リンクのお礼として贈らせて頂きました。
リクエストは『カカシノでサスシノ、ナルシノも織り交ぜた感じ』
カカシ先生は、やっぱりシノの天敵です…(苦笑)

相互リンク、ありがとうございます!