私のために争わないで。
一体何処で記憶したか定かではないが。
一人の女性を巡り男同士が決闘するシーンで叫ばれる定番の決まり文句を、シノはふと、思い出した。
幸せな人
「ったく。なんでオレがチョウジと日直当番しなきゃなんねーんだよ」
「しょうがないじゃん。シノが家の用事で休んだんだから」
ぱんぱんと黒板消しを叩きながら公然と愚痴を漏らすキバに、日誌を書き終えたチョウジが言った。
日直当番は出席番号順に2人ずつ回ってくるもので、本来ならば秋道チョウジと油女シノであった。
だがシノが休んだために、その次の犬塚キバにお鉢が回ってきたのだ。
「ぼく、日誌先生に届けてくるから。それ終わったらキバ帰っていいよ」
「おう」
教室を出て行くチョウジを振り返りもせず応えたキバは、これで終わりと景気よく左右の黒板消しをぶつけた。
その拍子に白い粉がぼふっと大量に舞い、自業自得ながらむせ返る。
と、そんなコボコボと咳き込み涙目になっているところへ、教室の戸がガラリと開かれた。
「………何やってんだ、おまえ」
「――――っなんだ、シカ――」
ぶぇっくしゅんっ!と大きなクシャミをし、鼻をズルズルと鳴らしてから気を取り直す。
「なんだ、シカマル。まだいたのかよ」
戸を開けたのは奈良シカマルで、きったねぇなぁと言う顔を露骨に顕わにしてキバを見遣っていたが
すぐにどうでもよくなったのか、頭をぼりぼりと掻きながら言った。
「チョウジ待ってたんだよ」
「チョウジなら、日誌届けに行ったぜ?」
「………なら、すぐ戻ってくるな」
そう言いながら一つの席に向かい、その下をごそごそと漁りだす。
そんなシカマルの行動を目で追いながら、キバは訝しげな表情を作った。
「おい、そこ、シノの席だぞ」
「ん?ああ……」
キバの声に下を覗き込んでいた顔を上げて、取り出したプリントを整えながらシカマルが応える。
「イルカ先生にな、プリント持ってってくれって頼まれたんだ」
「………シノん家に?」
「おう」
「何でお前が頼まれんだよ」
「………仲良いからじゃねーの?」
「お前とシノが!?一体いつ仲良かったよ?俺なんて、しょっちゅう宿題見せてもらってんのに!!」
それは自慢することか…?とシカマルはキバに呆れ顔を向けた。
しかも端から見ている分では、宿題を見せてもらっているというより無理矢理写しているというのが正しい。
だが、まあそこは指摘するのも面倒なので黙っておく。
「たまたまだろ。この前、俺が勉強教えてたの見たとか言ってたから。イルカ先生」
「はぁ!?ナルトと同レベルのドベのお前が!?」
「………てめぇに言われたかねーよ」
キバの台詞に、少々苛立ちながらシカマルが言い返す。
筆記試験の点数は、ナルトはダントツでビリだが、シカマルもほとんど変わらない。
そしてキバは、二人よりはマシだがそんなに大差はなかった。
理由は諸々だが、『真面目でない』という点はキバとシカマル共通の性格であった。
「つーか、なんだよ。やけに噛み付いてくんじゃねーか」
眉間に皺を刻みつつ、シカマルが数段上がった所から窓辺のキバを見据える。
すると、うっとキバが言葉に詰まった。だが、その目は鋭くシカマルを睨み付けていて、全く引けを取っていない。
前々から何となく、互いに勘づいてはいたが、こんな風に正面を切った事はなかった。
「アイツは、ぜってーやらねーぞ」
睨み合いの中、キバが唸る。
「てめぇのモンじゃねぇだろうが」
シカマルも、負けじと言い放つ。
暗雲立ち込める沈黙の中、二人の間でバチバチと青い火花が散る。
暫くの睨み合いの後、キバが口火を切った。
「忍になって………もし同じ任務でピンチになった時、お前みたいなひ弱な野郎にアイツが守れんのかよ?」
野性的で挑発的な笑みを浮かべながら、キバが言う。
―――確かに。
現時点において、いわゆる『戦闘』で、キバは強い。
授業での成績も、喧嘩でも。ガチンコ勝負では負け知らずだ。
その上もともと忍犬使いであるから、その分を計算に入れれば強さは相当上がると考えられる。
『守る』という観点からすれば、シカマルに勝ち目はないが。
「小隊ってのは、チームワークだろうが。ピンチん時は、協力して一緒に戦うのが定石だろ」
一緒に戦うとなれば、話は別だ。
キバのような独断専行型では、チームワークは取りづらい。
シノの戦い方や能力は未知数だが、恐らくチームワークは尊重するタイプだ。
それに自分の影真似の術等があれば、『戦術』で相手を攻略出来るはずだと、シカマルは考えていた。
「それでも。もし、ほんとにヤバい状況になったら……」
ぐっと拳を握り締めて睨み付けてくるキバの視線を、鋭く睨み返す。
「命賭けてでも俺が守る」
その台詞が、キバを逆撫でしたのは明らかだった。
固く握られていた拳が解かれ、全身に闘争心がみなぎり、本気モードに突入する。
シカマルは眉間の皺を深めつつ、印を組む態勢に入った。
「アイツを守んのは、俺の役目だ…!」
キバの眼に、鋭い眼光が走る。
キバが先手を取るか。
シカマルが影を捕らえるか。
正に一瞬が勝負を分かつという、その時。
「あれぇ?シノ?どーしたの?」
教室の戸の向こうから、チョウジの呑気な声が聞こえてきた。
しかも、今、『シノ』って……??
キバとシカマルはぎょっとして戸の方を向く。
「………ああ…。家の用事が済んだので、プリントだけでも持って行こうかと思ってな」
間違いなく、シノの声がチョウジの声に続いて聞こえてきた。
キバとシカマルは目を丸くしてお互い顔を見合わせる。
――――――まさか聞かれた…?!
ガラリと戸が開けられる音に再び視線を遣ると、シノと、その後ろからチョウジがのほほんとして入って来た。
「あ、シカマル。お待たせ。日直の仕事終わったよ」
「あ…お、おう…!」
シカマルの姿を見つけて微笑んだチョウジに、本来の用事を思い出して、シカマルは慌てて組んでいた手を離した。
「っていうか、キバ。まだ居たの?」
「……え…あ、お、ぁ…あっ!?」
視線を移したチョウジの言葉に我に返ったキバは、はたと気が付いて、そう言えば窓の縁に置きっぱなしだった黒板消しを慌てて手に取った。
が、慌てすぎて取り落とす。
焦ってキバが拾おうとしたところに、粉と同じくらい白い手が差し伸べられた。
「………俺の代わりに、お前がやっていたのだな」
低く静かな声が、すぐ近くから聞こえてきて、焦りが動揺に変わる。
さっきまでシカマルと取り合っていた相手が、今、すぐ目の前に居るという状況に、最早頭は真っ白だ。
「…………キバ…?」
ぽけっとしたキバの様子に、シノが眉を寄せて訝しげに顔を覗き込む。
そして暫し沈黙した後、小さく囁いた。
「案ずるな。誰にも言わん」
「!!?!?」
キバはその言葉にはっと目を見開いて、金魚のように真っ赤になりぱくぱくと口の開閉を繰り返す。
その様子を、シノは暫し興味深げにしげしげと眺めていたが、そうだと思い至ったようにシカマルを見上げた。
「シカマル」
キバの様子を見て嫌な予感がしていたシカマルは、自分が呼ばれて次は俺の番かとヒヤヒヤしながら下りていった。
「お前も、心配するな。俺は誰にも言わない」
矢っ張り……。
頷きながら力強く断言するシノに、シカマルは脱力した。
「やっぱ、聞いてたのか…」
「立ち聞きするつもりはなかったのだが……すまん」
「や…別に……」
「だが、安心しろ。相手が誰なのかは、わからなかったから」
いい、と言おうとして、シカマルはシノの言葉に耳を疑った。
キバも、半開きになっていた口を更に大きく開く。
「………お、おま…どっから聞いてたんだ?!」
いきなり立ち上がってキバがシノに詰め寄れば、そんなキバを真っ直ぐ見下ろしながらシノは答える。
「お前の、『アイツは、絶対にやらない』というところからだ」
唖然とした顔を見合わせたキバとシカマルは、そう言えばその辺りから全てアイツ呼ばわりで、名前を言っていなかったかもしれないと思い出す。
不幸中の幸いなのか。
はたまたタイミングが悪いのか。
微妙なところだが、ともかく今バレていないということに安堵して、二人同時にはぁぁと深い溜め息を吐く。
そんな二人を黙って眺めていたシノだったが、不意に、しみじみと言った。
「誰かは知らないが…」
もしや気付かれたのかと不安か期待か、ぎくりとシノを見るキバとシカマル。
その視線を受けながら相変わらず淡々とした口調で、シノは言った。
「…………その人物は、お前達にそこまで想われて、幸せだな」
うむ。と何やら得心したように頷いてから、両手に持った黒板消しを片付けるべく踵を返す。
「…………」
「…………」
はらはらと、シカマルの手から数枚のプリントが滑り落ちた。
「シカマルたち、どーしたの?」
石化した二人を見遣りながらチョウジが問うと、シノは至極真面目に応える。
「気になるだろうが、そっとしておいてやれ。それが二人のためだ」
ふ~ん…と言いながら、なんとなく、二人に憐れみを手向けたくなったチョウジであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『細かいことは気にしない』の紫ぴちゅ様へ、相互記念として贈らせていただいた物。
リクエストは、「アカデミー時代。シノをめぐるシカマルvsキバ」でした。
キバとシカマルの直接対決…!でも、結局シノが最強になってしまいました…(いやはや;)
こんな駄文ですが、感謝の意だけは込めて。
紫ぴちゅ様、相互リンク、ありがとうございます!