昆虫採集と缶コーヒー




夏も終わりに近付いたある暑い昼の事。
シカマルは死の森に昆虫採集に来ていた。
それは彼自身の意思でではなく、己の想い人の誘いでだった。


(ったく…何でこんなクソ暑い時にこんなトコに来なきゃなんねーんだよ。めんどくせー…)
彼お得意の愚痴をこぼしつつ、虫捕りアミを手にしてキョロキョロと虫を探す。



「どうだ、シカマル」
「…見りゃわかんだろ?収獲ナシ」
シカマルが鬱陶しそうに、しかし何処か嬉しそうに振り返る。
そこには虫かごを肩から提げているシノが居た。

そう、シカマルの想い人とは、シノの事で。


「そうか。……この時期はよく見付かるのだがな」
そう言ってシノはやや残念そうに傍の木を見やる。
「オレ、虫に嫌われてんじゃねぇの?」
だから昆虫採集を中止にしよう、そう言う意味でシカマルは言ったのだが、口ではシノには勝てないのを彼は忘れていた。
「何か虫に危害を加えた記憶でもあるのか?」
「いや…」
「それなら大丈夫だ。何故なら、虫は己に危害を加える者しか嫌いにならないからだ」
「へぇ…」
シノの相変わらずの虫好きさに少々呆れつつシカマルは適当に返す。


「場所が悪いのかも知れない。変えてみるのも手だ。何故なら…」
「あーもう、わかったわかった!場所変えて探してみるから!だからちょい休憩しようぜ、な!」
見事にシノに言いくるめられてしまったシカマルだが、やはりあまり気が進まないらしく、シノに休憩時間を求めた。
シノは少し考えて、
「…そうだな。シカマルの言う通り、少し休憩した方がいい。何故なら人が高温の中作業に取り組めるのは…」
「もう説明はいいって!オレ何か飲み物買ってくるからよ!」
そう言うとシカマルは慌てて走り去って行った。
シノは彼の背中にぽつりと「オレは緑茶がいい」と言ったが、シカマルには届かなかったようで返事は返ってこなかった。

「……いかなる時も人の話は最後まで聞くものだ。何故なら、話し掛けている方が切なくなるからだ」
シノが少々拗ねがちにこぼした。




暫くして、シカマルが戻って来た。
両方の手にはアイスコーヒーの缶が握られていた。
「ほらよ」
シカマルはそう言ってコーヒーをシノに差し出した。
緑茶が良かった、と言おうかと思ったが、普段面倒くさがりな彼が折角買って来てくれたのだから、流石にそれは控えよう。
シノは一言「ありがとう」と言うとそれを受け取った。



適当な大きさの木陰を見つけ、腰を降ろす。
「あーっ生き返ったぜ」
アイスコーヒーを一口飲み、シカマルが言う。
「生き返ると言うのは大袈裟過ぎる所か間違っている。何故なら、おまえはまだ一度も死んでいないからだ」
プシュッと缶の蓋を開けながら真面目に返すシノ。
「いや、そもそも"一度も"と言う表現が間違っているな。何故なら…」
「あー、はいはい!わかったから大人しくそれ飲めって」
何だか自分がわがままを言ってなだめられている子供のようだ。
シノは馬鹿らしくなって、何も言い返さずに握り締めていたコーヒー缶を一口だけ飲むと、やや平らになっている地面にそれを置いた。


「虫捕りの再開だ」
側に置いていた虫捕り網と虫かごを手に持ち、さっさと歩き出した。
「おいシノ、これまだ残ってんじゃねぇか」
「残りは後で飲む。今は虫探しを最優先するべきだ」
そう話しながらシノはどんどん離れて行く。
今シノが何を考えているかなんて、シノ自身しかわからないであろう。
シカマルがわかる事は、今はとにかく彼の好きにさせるべきである、と言う事だけで。

「へいへい、行ってらっしゃい、オレもうちょい休んでから行くわ」
手をひらひらさせやる気のなさそうに言う。
「……」

絶対来ない。

そう感じ取ったシノだが、無理に付き合わせた自分も悪かったのだろうと思い、何も言わずに虫探しへ向かった。



(…やべ、もしかしてシノめちゃくちゃ怒ってんじゃね?)
シノが何も言わずに行った事で、シカマルは少々焦った。
いつもなら自分が何か言えば必ずややこしい言い回しで返してくる彼。
何も返したくない、それはつまり怒ってしまったからなのでは。
そうシカマルは考えたのだ。
(…つってもなぁ、今追い掛けてっても何か機嫌取りに来たみてぇで余計怒らしちまいそうだし…)
とりあえず持っていた缶コーヒーをシノのそれの隣に置いた。



上を見上げると木々が微量に吹く風によりざわざわと揺れている。
この情景を見るのは、嫌いではない。


「…俺が木でシノが風かな。アイツいつも俺を振り回すし」
ぽつり、独り言をこぼすと、それに反応するかのように再び木々がざわめいた。
「……いや、逆か。シノが木で俺がその周りにまとわりついてる風、かも」
呟いて、何言ってるんだろうと馬鹿らしくなる。
そろそろシノを見付けに行くか、そう思いまずは残っている缶コーヒーの中身を飲み干そうと手を伸ばす。


一口飲んで、ハッとした。

明らかに中身の量がさっき飲んだ時よりも多い。

(…マジかよ)


シカマルは恥ずかしさに僅かに頬を染めた。
(シノのと間違うとか、マジ有り得ねえって…)
シノとキスもまだした事のないシカマルにとって、間接キスなんてとてもじゃないが恥ずかし過ぎて。
はぁ、と溜息を吐きつつ缶コーヒーを元の場所に置いた。

(シノには、黙っとこう…)





しかし、暫くして戻って来たシノに先程と微妙に缶の位置が違う為に飲んだ事とがバレてしまい、
恥ずかしさのあまり寄懐蟲の術を食らわされたのは言うまでもない。







                                                                            end



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『細かいことは気にしない』の紫ぴちゅ様より、相互記念にいただきました!
私の、シカシノで間接キス…初々しいシカシノが読みたい!
などという図々しいリクエストに、こんな可愛らしい小説を書いてくださいました。。
初々しすぎて……もう…もう…堪りませんっ!!!
素敵な小説を、ありがとうございました!