「ええ……確かにありました」

シノは、思い出して、頷いた。
するとカカシが、
「その報告の時、お前、言ったろう」
と、人差し指を立てる。

「ナルトには期待する価値がある――って」

「…………」
シノはカカシを見上げ、そんなことを言っただろうかと、眉を顰めた。
「ま、それで、シノは良い奴だなぁ…って思ったってわけ。他人を擁護できるのは、良いことだ」
「………俺は他人の擁護などしない。俺は、俺が思ったことを言うだけです」
覚えてはいないが、自分は常にそうしてきたのだから、その時もそうだったはずだ。
そう思って、シノは言った。
するとカカシは、そうか、と立てた指を下ろし、
「じゃ、今はどう思う?」
と尋ねた。
「ナルトは、期待できると思うか……?」
「………」
シノは口を噤んだ。
「俺は、今でも十分期待以上だ。あいつはもう、とっくに俺を越えていた。これからどうなるか、楽しみで仕方ないよ」
「………何年寄りみたいな事を言ってるんです」
カカシのしみじみとした自問自答に、シノが無感動に言う。
「世代交代はまだ早い。ナルトは確かに強くなったが、忍としてはまだまだだ。教えなければならないことは、山積みでしょう」
「はは……ま、そうだな。言われてみればその通りだ」
カカシは頭を掻いて、照れたように笑った。
そんな様子を黒眼鏡越しに見つめたシノは、少し黙ってから、口を開いた。
「里のルールを守れない奴はクズだ。しかし、仲間を大切にしないのは、それ以上のクズだ」
「ん?」
「………そう、あなたに教わったと、ナルトが言っていた」
「ああ……ま、受け売りだけどな」
その受け売りの教えを真正面から受け取り、信じて、ナルトは守り切ったのだ。
「……本当に、そうだろうか」
しかしこちらは、それに疑問を抱いたらしい。
「掟やルールは、仲間を大切にするためにあるべきものだ。だからこそ、掟は守らなければいけない。掟を守ることと仲間を守ることは、同義でなければならない。……違いますか」
シノの言葉を聞いたカカシは、少し驚いたように目を瞠った。
ナルトもかなりの理想家だが、今の発言を聞く限り、シノも存外理想家だ。
ただ、信じているものがまるで違う。
ナルトは師の教えと己を信じ、シノは火影と掟を信じている。
「ああ…確かに、お前の言う通りだ」
カカシは目を閉じて言った。
里や仲間を守るためにある掟……それは理想的だ。
「……だが、掟は人が作るものだ。そして人は、完璧なものなど作れない。仲間のために作られた掟が、本末転倒、掟ために仲間を殺してしまうこともある」
「しかし掟のためなら…仲間のためだ。仕方ない」
「『仕方ない』ってのは、諦めの言葉だよ。だからナルトは、絶対にそうは思わない。アイツは、諦めないド根性だけは、誰にも負けないからな」
そう言って笑うカカシに、シノが口を噤む。

諦めは、時として必要だ。
安全や調和のためには妥協もしなければならない。
仕方ないと無理にでも開き直り、受け入れなければ、やってられないこともある。
そしてそれが、利口な、大人の考えと言えるだろう。
そういう意味では、ナルトは子どもなのだ。
シノとナルトの食い違いは、そこにあった。

「………子どもはよくわからない…」

シノは、ボソリと呟いた。
気持ちがわからないわけではないが、転ぶ危険をかえりみず全力疾走するように、どうしてそこまで盲目的になれるのか、シノには理解できたためしがない。
「ん…?」
シノの呟きに、カカシが何か言ったかと小首を傾げる。
「いえ…」
何でもありませんと応えると、シノは一度黙してから、徐に言った。

「………須弥山(しゅみせん)へ行って来ました」

急に変わった話題に少し驚いたようだったが、カカシは何も言わなかった。

「卑留呼の遺体は回収済みでしたが、念のため、金輪(こんりん)山脈一帯の調査をするために。
その結果、鬼芽羅(キメラ)の術によって生み出された獣の肉片以外、特別コレと言った残留物は見つかりませんでした。
……各里から失踪した忍たちの残骸もです」
「つまり、その忍達は卑留呼に完全に取り込まれてしまった…ということか」
「はい。各里は、その遺体が木ノ葉にあるという事に、懸念を抱いています」
「取り込まれたのは、血継限界の忍だからな…」
「とは言え、完全に一体化しているため、切り取って返還するわけにもいかない。この件については既に話し合いが成され、
数日後に、各里の使者立ち会いの下、木ノ葉にて火葬するという事で合意している。しかし、やはり遺体を回収し、安置しているのが
木ノ葉であると言う事実は、不安材料のようだ。木ノ葉の犠牲者がゼロと言うのも、他の里からすると面白くないらしい」
シノは、チラリとカカシを見た。
「せめて、一人でも犠牲者が出ていれば、こちらも被害者だと主張する事ができたかもしれませんが…」
「助かっちゃったからな」
シノの視線に気付いたカカシが、困ったように笑った。


「………俺は…」

シノは、言葉を選び取るようにして、言った。

「火影の命に従い、掟に従ったことを悔いてはいない。忍として、後悔すべきは、あなたを助けに行ったナルト達を連れ戻すという、任務に失敗したことだ」

シカマルのように。
そう簡単に、過ちとは認めない。

「しかし個人的な意見を言うならば」

ポケットに突っ込んだままの手が、ライターと煙草に触れている。
忍として、何があろうと、個人的な恨み辛みを持つべきではない。
任務が失敗して良かったとも、思わない。
けれど。
やはり――。

「無事で良かった……」

そう思ってしまうのは、仕方ない。


何か諦めたようにそう言ったシノを、カカシは見つめて、フッと微笑を浮かべた。
シノが、『ナルトには期待する価値がある』と言った時のことを思い出す。
シノの報告は散々なもので、淡々と告げられたのは、ナルトの悲しいくらいの現状だった。
本人にそんなつもりは無かっただろうが、何か怨みでもあるんじゃないかと思える程、ナルトに対するシノの評価は厳しかった。
だが、その報告の最後の最後。
「しかし」と言ったシノは、何かを諦めたように、「ナルトには期待する価値がある」と言ったのだ。

アイツには、俺とは違う覚悟があるようだ。
現実的に足りないものは多いが、可能性はあるだろう。
期待するだけなら、してもいいのではないかと……俺は思います。

シノはしっかりナルトを擁護して、そしてその可能性を認めた。
今だってそうだ。
何だかんだ言って、結局はナルトの行為も、一部分では認めているのだろう。


「やっぱりお前……良い奴だよ」

素直じゃないと言ってしまえば、それまでかもしれないが…。
と、カカシは思いながら、微笑んで言った。











「……そういう顔をするから、誤解を生む」
「え…?」
途端、ちょっと身を離し、訝し気な視線を向けてきたシノに、カカシは瞬きをした。
そしてはたとして、慌てて弁解する。
「いや、ちょっと、だから、違うって!…っていうか、そういう顔ってどうゆう顔?!」
焦るカカシを、じっと見つめるシノ。
だが不意に視線を逸らすと、
「それはさておき」
と言った。
「いや、さておくなっ――!」
「ナルトだ」
「――って…」
シノの言葉に、カカシも言葉を切ってシノの見ている方を向いた。

「カッカシせんせ~っ!!!」

遠くの方から、ナルトが左手を大きく振ってやって来る。
「何やってんだってばよ。シノなんかと一緒に」
「………なんか…」
シノ『なんか』という言葉にシノが眉を顰め、ボソリと呟いたが、ナルトには聞こえなかったらしい。
「あ? 今何か言ったか?」
と、能天気な声と顔で言うナルトに、シノの眉間の皺がますます深められた。
「ははは、いや、なに、ちょっと立ち話をな」
カカシが、シノを宥めるように、態と明るく振る舞って答える。
ナルトはその態とらしさにも、シノの不機嫌なオーラにも気付かずに、ふ~ん、と間の抜けた相槌を打った。
「ところでナルト、お前まだ入院中のはずだろ。ま~た病院抜け出してきたのか」
カカシが言えば、ナルトがヘヘヘと笑う。
ナルトは入院着のまま、全身包帯だらけで右腕まで吊っていて、見るからに大怪我人だ。
にも関わらず、その笑顔には一点の曇りも無い。
タフと言うか、たくましいと言うか、無頓着と言うか、バカと言うか……。
「こんなの、大したことねぇってばよ! 病院に籠もってなんかいたら、体鈍っちまうしさ!」
「またサクラに怒られるぞ?」
「ヘーキだって! そんなことよりカカシ先生、ラーメン食いに行こうってばよ! もちろん、先生の奢りで!!」
「……懲りないなぁ、お前も」
「………学習力が無い…」
呆れたようなカカシの言葉に、シノがボソリと続く。
しかしナルトにはやっぱり聞こえないらしく、
「ああ、そうだ! 快気祝い! カカシ先生に奢ってもうってばよ!」
と、一人盛り上がり、勝手に決めてしまった。
「そうと決まればみんな集めて…」
「ちょ…ちょっと待て! 勝手に決めるな!」
「そうだナルト。快気祝いは快気してからするべきだ」
「否シノ。それじゃ後回しにするだけだから。どうせ止めるなら、俺に奢らせようってところを止めてくれよ」
カカシのツッコミに、シノはそうかと言うようにカカシを見て、ナルトに向いた。

「ナルト、カカシ先生に奢らせるのは止めておけ。何故なら、そういうことをすれば、また『やっぱりそういう関係だったのか』と疑われかねないからだ」

疑われるのが嫌なら止めておけ……と大真面目に言うシノに、ナルトが唖然とし、カカシが愕然とする。
「そ…そそそそそれは嫌だってばよ!!」
「シノおおおぉぉ!!!」
勢い良く飛び退くナルトと、思わず叫んだカカシ。
「なんて止め方するんだお前は!」
悲痛な声を上げるカカシに、シノが不思議そうな顔をして、何かいけなかっただろうかと首を傾げた。
「お…俺、やっぱいい! ラーメンも一人で食いに行くってばよ!」
そんな二人を残して、飛び退いたナルトがじりじりと後退していく。
「ちょ…ちょっと待て、ナルト!」
逃げ出そうとしたナルトを引き止めようとするカカシ。だがナルトを止めたのは、カカシの横を通り抜けていった黒い霧のようなものだった。
「ダー!! おい、何すんだってばよ、シノ!!」
黒い霧に捕まり、連れ戻されたナルトが叫ぶ。
ナルトを捕らえた黒い霧の正体は、シノの寄壊蟲だった。
「お前に訊きたいことがあったのを思い出した」
捕縛したナルトに向かって、シノが言う。
「ぁあ?」
「お前は、『里のルールを守れない奴はクズだ。しかし、仲間を大切にしないのは、それ以上のクズだ』と言ったな。そして、その教えを守ると言った」
「言ったけど…それがなんだよ!」
蟲に捕まったナルトは、シノとカカシの前で胡座を掻き、憮然とした。
そんなナルトに、シノが片膝を立てて屈み込み、目線を合わせる。
ネジの論理では、屈んで目線を合わせるのは相手を安心させる効果的な方法だったが、やはりシノでは逆効果らしい。
負けん気の強いナルトが僅かに身を引き、ごくりと唾を飲み込む。
シノは、ナルトが気圧されるほどの緊張感を醸し出したまま、極めて真剣な面持ちで言った。

「……それはつまり、お前がクズだということを、お前自身が認めたのだと解釈して良いんだな」

「…………は?」

シノの発言に、ナルトはポカンとした。
「お前は、確かに仲間は大切にするが、里のルールや掟は絶望的に守らない。お前は、確かに、『里のルールを守れない奴はクズだ』と自分で言った…」
「ちょ…ちょ、ちょっと待て! 待てよ! そりゃ確かに言ったけど!」
「ならお前はクズだろう」
「いや! だから! そこは引っ掛かるトコじゃねぇだろ!! 大事なのはその後の部分で…!」
「教えは教えだ。前半だろうと後半だろうと、守ると言った以上は責任を持て」
「せ…責任って…」
「自分はクズだと認めろ」
「――――っ、」
シノの執拗な追求に、ナルトは叫んだ。


「ぜっっったい、ヤダああああ!!!!」




「……………」
シノに迫られ、窮地に立たされた教え子を、カカシは憐れむような眼差しでもって見つめていた。
けれど、助け船は出してやらない。
カカシもできるだけ、シノには逆らいたくなかったのだ。
すまんナルト…と、侘びと成仏への祈りを込めて、手を合わせる。
と。
ふと、こちらへ近付いてくる者の気配に気が付いた。
屈んだシノの背と、その陰に隠れたナルトの、更に向こうに目を遣る。
その気配にシノも気付いたようで、シノの頭が持ち上がった。
「…………足止めはしておいた」
シノが出し抜けに言う。
するとナルトの背後に立った気配の主が、恐いぐらいの微笑みを湛えて言った。
「ありがとう、シノ…」
その声に、ナルトがビクリとして恐る恐る振り返る。
ナルトが見上げた先には、腕を組みナルトを見下ろしている、春野サクラが立っていた。
角を生やしたサクラが、にこりとナルトに微笑みかける。
「サ…サクラ、ちゃん……」
ナルトは、涙目になりながら、ハハハ…と引き吊った笑みを浮かべた。
その刹那。
サクラの強烈な平手打ちが、ナルトの顔に炸裂する。
「………」
シノの眼前にあったはずのナルトの姿は一瞬の内に弾き飛ばされ、物凄い音を奏でて林に突っ込んでいた。
シノはゆらりと立ち上がり、ノックアウトされたナルトの方を向くと、追悼の意を込めて黙ったまま眼鏡を押し上げた。
フンっとサクラが鼻を鳴らし、ナルトを叩き起こしに行く。
「……サクラ呼んだの、お前か」
後ろから掛けられた声に、シノは平然と答えた。
「仲間として、当然です」
「何が仲間だ! シノ、てめぇ!! ズリィぞ!!」
しかしシノの言葉に、サクラに引きずられ、連行されようとしているナルトが抗議の声を上げた。

「くっそー! お前! 二つ目の門で、キバが通してくれんの黙って見過ごしてくれたから、少しは見直してたのに!! やっぱ、お前嫌いだあああ!!!」

「………」
ナルトの抗議に、シノが眉を顰める。
やっぱりと言いながら評価が『苦手』から『嫌い』にグレードアップしていることも気になるが、それ以上に、キバを見過ごした件を言われて、シノは押し黙った。
あの時……シノは確かにキバを止めなかった。
それどころか、連れ戻さなければならないナルト達に、『ここは引き受けよう』とまで言った。
もちろん、それが『先へ行け』と言うことと同義であると、解っていてしたことだ。
あの時、敵を前にして、シノは任務より敵を倒すことを優先させた。
そのことが、今となってはシノの中で、忍としての一番の後悔となっている。
任務の失敗は、シカマルのせいだけではない。
結局、シノもナルトを行かせてしまったのだ。

ナルト達が間違っているかどうかは分からないが、気持ちはよく分かると言ったキバ。
そして、ナルトもサクラも間違っていないと思う、と述べたヒナタ。

賛同したわけではない。
そんなつもりは、無かった。


「………カカシ先生」

「ん…?」

「俺は……今も、ナルトには期待する価値があると、思っている」

シノは、真っ直ぐにナルト達を見据えたまま、言った。


ここは大人しく認めよう。
期待していないと言えば、嘘になる。

「しかし…」

自分の忍道を諦め、譲るつもりは――無い。

「だからと言って、アイツに未来を委ねるつもりは無い」

ナルトに任せたりはしない。
里の未来は、自分が。そして一人一人が、それぞれの役目を果たし、できる事をして、皆で築いていくものだ。
たとえその中で擦れ違いが生まれ、衝突したとしても。

「俺は、アイツに負ける気は無い」

自分の信じる火の意志を、間違いだとは言わせない。



「…………そうか…」
カカシはそう言って、シノから、サクラによってズルズルと引きづられていくナルトに目を移した。
そして、左目を覆う、木ノ葉の額当てに手を当てる。

「……俺も、負けてられないな…」

まだ、弱音を吐くには早過ぎる。
自分の役目は、まだ終わっていないはずだ。



「ナルト…!」

唐突に、シノがナルトを呼び止めた。
サクラの足が止まり、ナルトもフラフラになりながら、何だと言うようにシノを見る。
シノは、少し離れた二人に聞こえるよう、少しだけ声を張り上げて言った。

「本当に完治したら、俺がシカマルに奢らせてやる―――」

ナルトは、今度はちゃんと聞こえたらしい。
吊っていない方の腕を上げ、親指を立てた手を突き出して、笑顔で応えてきた。
その頭をサクラが小突き、叱咤して、頭を抱えたナルトを再びズルズルと引きづっていく。




「…………」


風が吹いた。
見上げれば、昔から変わらぬ空と雲がそこにはあって、
その中を、鳥が飛び去っていく。
チリリと聞こえる鈴の音。
振り向けば、カカシも同じように空を仰いでいた。
シノの視線に気付いたカカシが、ふと頭を戻して、おかしそうに笑う。

「―――さて、ラーメンでも食いに行きますか」

流れ的に誘われているのだろうと空気を読み、無表情ながら、シノも冗談めかして応えた。


「………奢りなら、暇潰しに付き合います」



                                         fin...





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

[あとがき]
長々とお付き合いいただき、ありがとうございました!
今回の映画は、みんなが活躍していて、とてもとても幸せでした!
でも。
私は、ナルトは好きだし、私も、彼が間違っているとは思わないけれど、でも、『正しい』とはどうしても思えなくて。
シカマルや、我愛羅や、他のみんなが、ナルトに同調する必要はないんじゃないかと思ってしまうのです……。
それぞれの考えや意志はそれぞれに正義で、信念で。
正誤の判断は己次第――。
とか。
この勝手に考えた後日談では、そんな私的な思いや考えを、シノに代弁してもらってしまいました…。
なので、シノの考え→私の考え、と受け取っていただけるとありがたいです。
実際にシノ達がどんな立場で、どんな思考をもって行動したのか。
それはもう、原作者様や関係者各位のものであって、私などが口を出せる問題ではありません。
しかし、私の拙い考察が、少しでもシノ達に近いものであれば…と、願っております。

まあ何はともあれ、取り敢えず、言いたいことは全て詰め込めたので。


スッキリしました(笑)