[ナルト映画2008疾風伝―絆― 補間]




キズナ


「そろそろ、か」
カカシが敵の様子を眺めながら言った。
そろそろ…だろう。
サイもそう感じ、
「敵の補給も完了する頃ですから、ボクたちも総攻撃を受けることになりますが」
そう言って隣に目を向ければ、シカマルは眉根を寄せ、少し困惑した面持ちで艦隊をじっと凝視していた。
シカマルの作戦は今のところ完璧だが、今回の作戦はその要となる部分をたった一人に託している。その一人が失敗すれば、全ては水の泡だ。
サイは特に何も感じないが、通常は不安になる局面であろうことは判る。
―――――と、その時。
「そんな心配はするべきではない」
揺れる波間から一人の男が現れ、言った。フォーマンセル、四人目の男。
「なぜなら……オレが失敗することは、考えられないからだ」
途端、大きな爆発音と共に空母艦隊が崩壊を始め、幾本もの水柱が立ち昇った。
波打ち際に寄せる波が荒くなり、ザブザブと激しく揺れる。
船艦の厳めしい外観はボロボロと脆く崩れ、海の藻屑と化していく。
空を支配するための海上艦艇が今や、空に手を伸ばして藻掻く沈没船だ。
異常な非常事態に慌てふためく空忍達の無様な姿が、容易に想像出来る。
難攻不落―――そんな言葉を信じていたのなら、目の当たりにする真実に絶望するだろう。

蟲にそんな建前、通用しないからね……。

サイは、盛大に分解・破壊されていく空母艦隊を無感動に眺め遣りながら思った。
そしてフォーマンセルの四人目……油女シノへと視線を流す。
誘爆でも引き起こしたのか、一際大きな爆発音が聞こえてきた。
その音が静まると、シノは、仕事は終えたとばかりに鼻を鳴らして黒眼鏡を押し上げた。
そんなシノに、サイは小さく息を吐いた。
取り敢えず、作戦は成功。
一件落着とはいかないが、一段落はついたわけだ。
「やれやれだぜ…」
隣に立つシカマルも、気の抜けた様子で頭を掻いた。
作戦成功の安堵だろう……が、しかしそれだけでもないのだろう。
岸に上がって来たシノが合流する。
「お疲れさ…」
「ごくろーさん」
カカシの手前で立ち止まったシノに、シカマルが声を掛けたが、シノは応える間も惜しいと言うように濡れた髪を払い、早速フードを被り直した。
「あの…」
「お前、それ被んのかよ。水吸って重いんじゃねーの?」
無視された事に気分を害した様子も無く、シカマルがシノの行動に呆れた声を出す。
シノはフードや頭を弄り整えていたが、暫くして落ち着いたのか、漸く返事を返した。
「…うむ、問題ない」
「あの~」
「問題ない、って問題でもねー気がすっけど」
シノの返事に、シカマルは困ったようにちょいちょいと指先でこめかみを掻いた。
「風邪ひくぜ?」
「着替えられないのだから同じことだ。今は風邪の心配より―――」
「もしも~し」
シノは、壊滅状態の敵艦隊を素通りし、シカマルを襲撃した敵が背にした、輝く太陽を見上げて言った。
「直射日光の方が大敵だ」
この非常事態の最中に、なんて呑気な心配事だろう。
と、サイは至極尤もな感想を抱いた。
まあ、呑気というなら風邪の心配も同じくらい呑気な事だけど。とも思う。
だがふと自身の腕を見シノを見て、どっちの方が白いかなと、結局サイ自身も呑気者の仲間入りを果たす事となる。
サイは、以前は殆ど陽を浴びる事などなかったが、最近ではそうでもない。
寧ろ露出は多いから、陽に焼けた可能性は大きいだろう。
などと考えていると、
「だが―――」
と言うシノの声が聞こえてきた。
顔を上げ、自分の白い腹部から視線を上げれば、シノはまだ太陽を視続けていた。
「少し…寒い」
「「寒い?」」
含みのある口調に、サイには聞こえた。呑気な話の割に表情が険しい。
だが、小首を傾げたシカマルには判らない様だ。
シカマルが気付かないということは、気のせいなのかもしれない。
表情は、いつも険しいのかもしれない。
しかし―――。
緊張感が―――。
「寒いなら、俺が暖めてあげよう!」
「!!」
シノの様子に緊張を取り戻しかけたサイだったが、不意に発せられた巫山戯た調子に狂わされてしまった。
それまで散々無視し続けられていたカカシが、シノに抱き付いたのだ。背後から抱き竦められ、カカシに捕らわれるシノ。
だが、その光景を見るシカマルには驚いた様子もなければ焦る様子も無い。
強いて言えば、若干呆れた感じがあるだけだ。
それもそのはず。
「あらら…」
瞬く間にカカシの中のシノは霧散し、カカシの腕をすり抜けて逃げて行ってしまった。
とは言え、カカシの方にも驚いた様子は無い。
強いて言うなら、残念そうだ。

「………そういう問題ではない…」

シカマルの背後にふっと現れたシノの本体が、ぼそりと呟く。
その口調、表情は、矢張り真剣味を帯びてサイには届いた。シカマルにどう届いたかは判らない。
驚いた風もなく、自身の背中に避難してきたシノを振り返ったシカマルは、
「お前、取り敢えず拭いとけよ」
と言い、確かタオルがあったはず…と、ごそごそポーチを探り出した。
「………」
その様子を窺い、大人しくタオルが差し出されるのを待っているシノを見て、サイは不思議な衝動に駆られた。

「はい」
差し出したタオルを経て、サングラス越しの視線が向けられる。
正面から見ても表情の読めないシノに、サイはにっこりと微笑って見せた。
「どうぞ」
作り笑いなのかそうでないのか、最近では自分でも判らなくなってきたその笑顔を、この人はどう思うのだろうと、思う。
しかしシノは「ああ」と言っただけで、反応からは何も推察出来なかった。
サイの手からシノがタオルを受け取る。
ポーチに手を突っ込んだまま、その様子を眺めているシカマルの顔は訝しげだ。
フードを取って頭やら顔やらを拭くシノ越しの、そんな視線に、サイはにこりと笑顔を返した。
そして悪びれた様子もなく言った。
「なんだか、凄く、邪魔したくなったんだ」
と。

「良かったな、サイ。それも立派な感情だぞ」
という、カカシの声が聞こえてきた。


            *


寒い―――というのは、体感温度のことではなかった。
寒気は寒気だが、冷えた凍えたという感覚ではなく、異様なものを感知した時の危険信号に近い。
空気が僅かに張り詰め、刹那的に震えたのだ。
他の者は気付かなかったようだが、間違いない。蟲達はしっかりと異様なチャクラを感知した。
だが、程なくして消えてしまった。
シノは蟲が感知した異様なチャクラに、嫌な予感がして、心配になった。
心配の矛先は、ヒナタだ。
慌ただしい中で耳にした彼女の任務は、火の国の外れにある村での救護任務だったはずだ。
それ程危険な任務ではないと思うが、心配なのはそのスリーマンセルにナルトがいることだった。
なんと言っても、ランク外の任務へ進展する事件に幾度もなく巻き込まれ、その度に大暴れしてきた奴だ。
確率からみると、今回だってその可能性は十分にある。
巻き添えを食わなければいいが……。
と、サイから借りたタオルを被ったまま思う。
勿論、ナルトを前にして頑張りすぎてしまわないか、という懸念もある。
ヒナタの場合、空回りはしないが矢っ張り頑張りすぎてしまうのだ。
頑張るのは悪い事ではないが、無理をするのは決して良い事ではない。
「どうしたの。何か気になる事でも…?」
呆と海の向こうを注視めるシノに、サイが声を掛けてきた。
知らせるべきか否か、シノは一瞬躊躇した。報告するには微細すぎる。余計な情報かもしれない。
だが。
「今は既に消えたが、先程、僅かだが異様なチャクラを感じた」
シノは過不足無く言った。
蟲の知らせに間違いは無いと信じているからだ。
「異様なチャクラ…?」
サイは海の向こうに目を向けたが、船艦の残骸が浮いている以外何もわからなかった。
振り返れば、シノの言葉を聞いていたのだろう、カカシもシカマルも真剣な表情に戻っている。
「ん~…。この近辺っていうと、確かナルトたちが来てるはずだが……」
「空忍の一件と、なんか関係ありますかね」
「……まあ、様子を探ってみるしかないだろうな。シノ」
カカシに呼ばれたシノは無言のまま頷くと、皆から少し離れた場所に立ち蟲を放った。
黒い霧が海上に広がり、霧散する。
まだまだ不穏は続き気は抜けない。だが、サイは小さく息を吐いて思った。
取り敢えず、蟲が戻ってくるまでは休めそうだ…と。


       *


しかしそんなサイの期待も虚しく。
閃光が海上を駆け抜け、艦隊の残骸を消し飛ばし岩山を貫くのを目の当たりにして、
サイ達は、どうやら敵の本体が別の場所で動きを見せているらしいことを知った。
シノの蟲はまだ戻ってきていない。
そこでカカシは、体力の消耗が少ないシカマルを里に向かわせ、自分は閃光の発射地点へと赴く事を決めた。
サイとシノには、その場に残り、消し飛ばされた艦隊の瓦礫や、また生存者から、情報を採取するよう指示が出された。
「どうだい?」
岩に腰掛けたサイが尋ねる。
シノは、海上から戻ってきた蟲達を懐中に収めると、再び被ったフードの中の首を振った。
収穫は無かったらしい。つまり、生存者もいなかったのだろう。
「そっちは」
砂浜をゆっくりと歩きながら戻ってくるシノに、サイは首を捻って後ろを見た。
岩陰に転がっているのは、シカマルの影縛りで墜落した空忍だ。
「こっちもダメだね」
「………そうか」
それ以上何も言わず、二人は海の方へ目を向けた。
戦闘があったとは思えないほど、今の海は穏やかだ。
潮騒が、単調なリズムを繰り返す。
太陽が眩しい。
その眩しさの中に、ふと、ナルトとサクラの顔が浮かんだ。
「…………大丈夫かな」
ぽつり、とそんな言葉が口から滑り出た。
「大丈夫だ」
サイの呟きに、思い掛けず力強い答えが返ってきた。
見れば、シノが海を見つめている。
そして、ゆっくりと此方を向いて、
「大丈夫だ。信じろ」
と静かに繰り返す。
「今の俺達にできるのは、仲間を、信じることだけだ」
「…………」
サイは、再び海の方へ目を向けた。
太陽の眩しさに目を細める。

そして―――見つけた。

「何だ…あれは…」
崖の向こう側からこちらへ向かって来る、空飛ぶ遺跡を。


               *


シノの蟲、そしてカカシとシカマルが戻ってくると、大体の状況は把握出来た。
シカマルの報告で、サクラが里から救護班と応援を呼んでくる、と聞いたサイは、思わず溜め息を吐いたものだ。
問題はナルト。
海上に姿を現した遺跡は、まだここまで至ってはいないが、確実に迫ってきている。
「ナルトはどうするかな…」
サイは、岩に寄り掛かり正面を向いたまま、岩の上に胡座を組むシカマルに問うた。
「さあな…。ただ、サクラによればあの中に居るってのは確かだろうから、まあ、彼奴なら………ぶっ壊すんじゃねーか?」
「………そうだね」
そうだろうな…とサイもシカマルの意見に同意した。彼ならそうするだろう。
空の遺跡から視線を左方に流せば、話しているカカシとシノが見える。
何を話しているのかは聞こえない。
サイは、ほんの少し、嫌だなと思った。




「……………サスケが?」
カカシは、耳打ちするように言われた言葉に、思わず聞き返した。
驚いて見れば、自分よりまだ若干背の低いシノが自分を見上げている。
その顔は険しい。
「………残念ながら、確実とは言えない。サスケらしき人物が近辺に居た……としか」
「……そうか…」
ふむ、とカカシは顎に手を当てた。サスケが居たとすると、この件に大蛇丸が絡んでいる可能性もあるということだ。
確認する必要があるが、しかし今の状況ではその余裕は無い。
「ま、今はサクラ達が来るのを待とう。話はそれからだ。な」
そう言うと、シノも頷く。だがすぐに、僅か眉の形を変えて「ところで」と少し言いにくそうに切り出した。
「ん…?」
「先程の話に出てこなかったのですが……ヒナタは…」
シノの言葉に、カカシは「ああ…」と言った。
里に戻りサクラに会ったシカマルの報告では、ヒナタは行方不明ということだった。
しかし、カカシはヒナタについては触れなかったのだ。
勿論情報が手に入っていれば言う。つまりヒナタの行方はわからないということだが、シノとしては念のため確認しておきたいのだろう。
「悪いが、ヒナタの情報は入ってない」
応えると、シノはそうですかと言って眉間の皺を深めた。
そんなシノにカカシが声を掛けようとした―――その時。
ドォッ!という爆発音が上空に響いた。
ばっ、と、皆の視線が空に集中する。
「あれは……」
サイが皆を代表して声を上げた。
空飛ぶ遺跡からもうもうと煙が上がり、パラパラと岩やら何やらが落下している。

ナルトだ…。

と、皆は一様にして思った。
遺跡は移動しながらもどんどん破壊されて、ぼろぼろと崩れていく。
「止まらないね…」
「バカですから」
カカシが、サイが、呆れたような嬉しそうな調子で言う。
「………こっちに来る…」
ぼそりとシノが言うと、
「逃げた方がいいな……」
シカマルが提案した。



     *



事態は結局、ナルトのど根性と自来屋の登場により、幕を下ろした。
サクラやヤマト、チョウジにネジが駆け付けた時にはほぼ終焉に向かっていて、彼等は一様に呆れていたけど、
矢張りどこかでナルトなら…という風でもあった。
ナルトは矢っ張り不思議な存在だ―――。
サイは、日記を書く手を止めた。
そして、『仲間』と題した絵の方を見る。ふと、口元が綻んだ。
だがその下の棚に置かれたタオルを見て、表情が戻る。
サイは筆を置いてそのタオルの下に立った。
綺麗に折り畳まれたそれを手にする。
空忍の襲撃、そして要塞の撃破から数日。
里が漸く落ち着いてきた今日、律儀に洗われて返ってきたタオルだ。
これを貸した相手も、不思議と言えば不思議だなと、サイは真っ白なタオルを見つめながら思った。


『良かったな、サイ。それも立派な感情だぞ』という、カカシの声が頭に甦る。
――――感情?
では、この気持ちも『仲間』に対するものなのだろうか。
『今の俺達にできるのは、仲間を、信じることだけだ』という、タオルを貸した相手の言葉を思い出す。
――――きっと、そうなんだろう。
――――大事な、仲間なんだ。
ぎゅ、とタオルを握り締める。


………でも…それなら。



微笑えないのは、何でだろう―――?





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[あとがき]
映画ナルト疾風伝-絆-!
9月7日最終日で、最後に目に焼き付けておこうと再度観てきてしまいました!
というか、実際には再々度。計3回も観てしまいました……。
だって、1回目は興奮しすぎてちゃんと観られなかったし…。
2回目で漸く落ち着いて観れて、3回目は締め括りってことで…。
とまあ、この夏は未だ嘗て無いほど映画館に行ってきました(笑)
しかし3回とも、もらったネックレスがサスケだったのは可笑しかったですね。
一個くらいナルトが当たってもよさそうなもんだけど…。
ええ…まあ、それはともかく。
そんな感じで映画を観て、それでもシノが足りなくって、妄想に突っ走ったわけでございます。
シカシノっぽく、カカシノっぽく、実はサイシノ!
以前、の秋企画でサイとシノを書かせていただきましたが、あれは仲間未満で。
今回は、仲間以上友達以上?
サイは感情が無かった分、そういう気持ちの区別はつかないと思います。
なので取り敢えず、サイには無自覚に嫉妬してもらいました。
でも、多分サイシノは発展しません(汗)
思い付いたら書かせていただこうと思います。











(08/9/19)