草枕

雲雀が鳴いた。
シカマルは将棋盤から顔を上げると、白い雲が流れ行く空を見上げた。
そして縁側に腰掛け、本を読んでいるシノに目を落とす。
シカマルはよいしょと立ち上がり、その横に行くと了解も得ぬままシノの膝を枕にしてごろんと寝転んだ。
もぞもぞと動き、体勢を整えると、一つ息を吐いて大人しくなる。
雲雀も大人しくなり、ただただ静かな風に雲が流れていく。
ふと頭を反らしてみれば、シカマルの唐突な行動にも全く動じず涼しい顔をして本を読んでいるシノが居る。
その白く涼しげな頬に、シカマルはそっと手を伸ばした。
「何だ」
漸く、シノが眉を寄せて反応した。
確かにそこに居て、感触もあるのに存在感の無かったシノが、その一声でこの世界に甦ってきたようだ。
シノをこちら側へ引き戻すことに成功したシカマルは、にやりと僅かな微笑を浮かべて、
「いや。タダで膝借りんのも悪いと思って」
と答えた。
見下ろしてくるシノの頬を掌で包み、指先で撫でる。
耳にも触れたかったが、届かなかった。
「…そうか」
シノは、そう応えただけだった。
拒むわけでもなく、喜ぶわけでもない。
シカマルはそんなシノに苦笑を浮かべて、すとんと手を下ろした。
反対の左手を自分の頭とシノの膝の間に挟み、微笑んだまま目を閉じる。
雲雀が、また鳴いた。



それから暫く、シカマルはうとうとしていたのだが、何かがぶつかった衝撃ではっと目を覚ました。
ぼうっとした頭を反らせれば、本が落ちている。
落ちた時に、シカマルの結わえた髪にぶつかったのだろう。
本より視線を上げれば、身動ぎしないシノの姿が見える。
「……シノ…?」
呼びかけるが、返事がない。
分かり難いが、どうやら眠っているらしい。
シカマルは、その微動だにしないシノの頬へ、手を伸ばし掛けた。
しかし、触れる間際にぴたりと止める。
シカマルは、じっとシノの顔を見つめながら、不思議に思った。
本を読んでいる時にはあれほど存在感が無かったのに、今、眠っているシノはとてもその存在がはっきりしているように思えたからだ。
よくよく見れば、呼吸に合わせて動く胸や肩。
揺れいるわけではないのに、いつ倒れてもおかしくない危うさ。
時折吹く風に、微かに髪の毛がなびいている。
意識のある時、それは主体であるシノと客体であるシカマルのものだ。
しかし、意識のない今。
それは全て、見ているシカマルだけのものだ。

きっと。
こいつの事だから、触れた瞬間に起きてしまうだろう。
俺が身動ぎしただけでも目を覚まして、何事もなかったかのように本を取り戻し、その世界に帰ってしまう。
シカマルは、触れたいと焦がれる手を無理矢理引っ込めて、息を殺した。
じっとシノを見つめる内、『絵の中に閉じ込めてしまいたい』などという表現が浮かんだが、馬鹿げた事だと一蹴する。
気持ちは解るが、シノにはこちら側に居てもらわなければ困るのだ。
絵の中なんてとんでもない世界に閉じ込めるわけにはいかない。
自分の行動に眉を寄せ、言葉に「そうか」と応えてもらわなければ。
―――けれど。


こっちの世界に閉じ込めちまいてぇよ。

雲雀の声は、もう聞こえてこなかった。




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(08/4/1-09/1/23)