等価交換

走ってきた赤丸が、シノの懐に元気よく飛び込む。
その忙しない存在にシノは瞳を細めて、柔らかな耳や頭や胴体を手で包んでいく。
気持ちよさそうに頭を擦り寄せる赤丸。
「おい、シノ」
背後から聞こえてきた声に振り返れば、キバが不満そうな表情でこちらも振り返っていた。
背中合わせに座るのが二人のスタイル。
というか、シノが座っているところに、何故かキバが背をもたれてくるのだ。
キバ曰く、「ちょうどいいから」らしいが…。
「……何だ」
そんなキバは、静かな時は静かだが、唐突に話しを振ってくる事があり、そのタイミングはいつもシノの虚を突いてくる。
シノはいつも不意を突かれて、あまりいい気はしていなかった。
今回もそうだ。
折角赤丸と良い雰囲気だったのに、水を差されてしまった。
故に、この時シノは極めて不機嫌だったのだが、悲しいかな普段とあまり変わらない声のためキバには伝わらなかった。
キバの方も不機嫌で、それどころではなかったというのもある。
キバは口を尖らせ、シノに言った。
「お前、俺の相棒とじゃれるんだったら、お前の蟲こっちに寄越せよ」
「…………は…?」
タイミングのみならず要求もまた、不意打ちであった。
唖然とするシノに、キバは自信満々言い放つ。
「当然だろ。それが等価交換ってもんだろうが。俺の赤丸とじゃれるなら、お前はお前の蟲を寄越すべきだろ」
「……お前の言い分は、まあ、解った。だが等価交換と言うならば、俺が赤丸と触れ合う事で得る『価値』に相当するものでなければならない。
俺の蟲をお前に寄越す。それがその『価値』に相当するか? 蝶ならともかく、寄壊虫の羽音はハチやハエに近い。煩がられることはあっても、喜ばれる事は無い」
シノの返答に、キバはますます不機嫌な顔になって、
「『価値』なんてもんは千差万別だろ。うだうだ言ってねーで、俺が寄越せっつってんだから、寄越しゃーいいんだよ」
と横暴甚だしく再度要求した。
「………」
シノが仕方ないと溜め息を吐く。
それから程なくして、振り返っていた方とは反対の耳に、ブ~ンという羽音が聞こえてきて、キバはそちらを振り向いた。
寄壊虫が1匹、円を描いてぐるぐると宙を飛んでいる。
キバはにんまりと満足げな笑みを零し、シノの背中にもたれ直した。
手を伸ばせば、その指先に寄壊虫がとまり、カサカサと這い回る。
「…………お前の主の考えている事は、俺には解らん」
後ろから、相棒に語りかけているのであろうそんな呟きが聞こえてきた。
「お前には、解るのか?」
その問い掛けに、相棒は元気よく「わんっ」と答える。

もちろんっ。
その答えに、キバは一人苦笑を漏らした。

わかってるよ。
キバは、シノが好きだから。
シノの蟲も、好きなんだよ。

ここに、等価交換は成立した。
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(08/4/1-09/1/23)