昔話

「なあなあ、シノの素顔ってどんなん?」
7班と8班の合同任務の昼食時、シノが水を汲みに行っている隙にナルトが8班の面子に尋ねた。
脈絡無く、唐突に。
7班のサクラ、サスケ、カカシは驚いた様だが、しかしやはり興味があるらしく8班に目を向ける。
8班のキバ、ヒナタ、はその視線を受けて、互いに顔を見合わせた。
「どんなって言われてもな…俺も見たことねーし」
「わ…わたしも……」
キバが少しつまらなそうに言うと、ヒナタも小さく続いた。
少しくらい、目が見えたことはある。だが、サングラスを外したところは二人とも見たことがなかった。
キバがせがんで強請って強引に奪い取ろうとしたこともあったが、結局阻止されてしまった。
しかし、紅がぽつり、と言った。
「一瞬だけ、見たわ」
その言葉に、全員の視線が紅に集中する。
「い、いつ、どこで!?」
キバが、心底驚いた様な、素っ頓狂な声を上げた。それにつられて、隣で食事をしていた赤丸もアンッと一声鳴いた。
「あれは…任務中。キバとヒナタ、私とシノで別れていた時、森の中で」
一息付いていた時、シノが何の気無しにサングラスを取った。
それはもうあまりに自然な動作で、初め違和感すら感じなかった。
が、すでにシノが掛け直した時点でやっと何事が起きたのか気が付いた。
「シノ…今、あんた眼鏡はずした?」
「……はい。それが、何か?」
「…………いや…」
結局、何故はずしたのかとか何故いつも掛けているのか等と会話が発展することもなく、任務に戻ってしまった。
「………今思えば、惜しいことをしたわ。もうちょっとちゃんと見ておけば良かった」
残念そうに言う紅に、キバとナルトが詰め寄る。
「で、どんな顔だったんだ!?」
「どんな顔だったんだってばよ!!」
詰め寄りはしないものの、他の面々も身を乗り出した。
そんな中で、紅はそうねぇと少し思い出すように天を仰いでから、徐に言った。
「………けっこう、良い顔立ちだったわ。はずしてたら、モテるんじゃないかしら」
注意して見ていたわけではなかったので、細かい部分は覚えていない。
だが、印象が良かったということは確信を持って言えると断言した。
「なにそれっ! すっごい気になる!」
サクラが、思わず拳を握った。
ナルト、キバはもちろん。ヒナタ、カカシ、それにサスケでさえ余計に気になってしまった。
「じゃあさ、じゃあさ! あいつの笑ったとこは!?」
湧いてくる興味を抑えられず、ナルトが重ねて聞いた。しかし、それは紅も見たことが無いと言う。
代わりに、おずおずとヒナタが手を挙げた。
「…あ、あの……わ、わたし、一度だけ……」
「マジかよ!ヒナタ!」
「う…うん…」
ナルトの驚いた目が向けられて更に声を小さくし、ヒナタは頷いた。
「わたしがお花畑にお花を摘みに行った時…そこにシノくんがいて…」
「花畑って…あいつがぁ!?」
「あ…! ほら、蝶々とか虫がいっぱいいたから…!」
キバの声に、ヒナタは慌ててフォローを入れた。
そこは成る程と皆納得して、ヒナタの話の続きを待つ。
視線が集中したことでヒナタは恐縮したが、それでも頑張って微かな声で話し出した。
「そ、それで…わたし、声を掛けようかどうしようか迷って……見てたら、蝶が一匹シノくんに寄っていって…その……」
「笑ったんだな?」
どんどん小さくなっていくヒナタの声に、キバが言った。
ヒナタはこくこくと俯きながら頷き、「小さく、だけど…」と呟いた。
なんとか、想像はできた。
蝶を指先に留めるシノの絵は容易い。後は微笑む姿を想像出来れば、不可能ではない。
だが、ヒナタの話はそれで終わりではなかった。
「そ、それから…」
「まだ何かあったの?」 顔を真っ赤にして呟いたヒナタを、紅が覗き込む。
ヒナタは「あの…キ…」と意味不明な言葉を繰り返し、何事かを伝えようとしてはいるのだが、わからない。
「ヒナタ、はっきり言うってばよ!」
と、ナルトに促され、ヒナタは勇気を振り絞って、小さいながらもやっと言った。
「あ…の……キ…キ、キス……したの……蝶の、羽に………」
「…………………キス…?」
カカシの声が、沈黙の中妙な響きを持って聞こえた。
「………似合わねぇ…」
ぼそりと、サスケの声が静かになった空気を震わせる。
似合わないかどうかは別として、想像し難かった。
あのシノが、花畑で、微笑んで、指先に留まった蝶に、キスをする……。
ロマンチックにも程がある。
笑いたいような、笑えないような、笑ってはいけないような、微妙な空気。
それを壊したのは、誰あろうシノ本人以外にない。
戻ってくると、シノはその異様な雰囲気に足を止め、何事かと眉を寄せた。
それに気付いた紅が、誤魔化すように「さあ、任務よ!」と立ち上がったのを切っ掛けに、皆奇妙な苦笑いと共に任務に戻っていった。
「………何かあったのか」
唯一その場に残ったキバにシノが問うと、キバは「な、なんでもねぇ…」とやはり苦笑いを返した。
赤丸を見ると、彼も気まずそうに小さく鳴くだけ。
シノが小さく首を傾げると、ふいに雰囲気をぶち壊す明るい声に呼ばれた。
「シノシノ!!」
見ると、ナルトがにやにやと不敵な笑みを零し近寄ってくる。どうやら、本人を前にして不屈の悪戯魂に火がついたようだ。
「何だ」
静かな返事にますます面白くなり、更に笑みを深めてぽんとシノの両肩に手を置いた。
「………お前ってさぁ! 案外すっげー乙女チッ…」
シノが最後まで聞く前に、キバの拳がナルトを吹っ飛ばしていた。
「「ナルト!!」」
「この、ドベが!」
「アンッ! アンッ!」
キバとサクラの怒声が重なり、それにサスケも続き、最後に赤丸がトドメを刺す。
三人と一匹にぼこぼこに袋叩きに合うナルトの姿を無表情ながら唖然として見ていたシノが、ナルトを心配そうに見やるヒナタを見つけて、問うた。
「……何があった?」
「………あ…えと…ちょ、ちょっとした…昔話を……」












(07/1/23-4/27)