※学パラです。
Take me home, country roads…
放課後の屋上。
陽射しもさほど強くなく、穏やかな風が吹く中にその姿を見つけた。
柵の方を向いて座り、音楽を聴いているらしい。
「……」
驚かしてやろうと忍び足で近づいたキバだったが、どうにもコイツにはいつも気付かれてしまってつまらない。
「…なんだ、キバ」
「……シノ。お前、音楽聴いてんじゃねぇのかよ。よく分かるな」
「周囲の音が聞こえなくなる程の音量ではないからな」
「…だからって普通聞こえねーだろ、足音なんて」
振り向きもしないで淡々と受け応えるシノは、確かにイヤホンを耳に付けたままだ。
ただ、そんなシノの横にキバが腰を下ろすと、ほんの僅かに首を向けた。
「人の知覚は聴覚に限らない。五感を研ぎ澄ませていれば気配で分かる。その中で聴覚が、背後から来る者を察知するには最も機能的というだけだ」
「……難しすぎて何言ってんのかわかんねーよ…。要するに~あれだろ? お前は『変』ってことで」
「…俺はいたって正常だ。お前がバカなだけだろう」
イヤホンを付けた耳でしっかりとキバの言葉を聞き取ったシノが、不機嫌そうに眉間を寄せて唸る。
そして対するキバも『バカ』という言葉に唇を尖らせた。
「バカって言う奴がバカなんだぞ…!」
しかしシノは、そんなバカげた言葉には耳を貸さずに沈黙する。
そんなシノの態度にますます顔をしかめてキバが睨みつけるも、真正面を向いたシノは何食わぬ顔で涼しげだ。
陽射しが強くないと言っても、もうすぐ夏休みに入るというこの時期。
太陽の光は眩しく照らし、たまに吹く爽やかな風が救いというような、夏の気候である。
その下に居て汗一つかかないどころか暑さを感じさせないシノの様子は、やはりどこか、非人間的なものを感じさせた。
睨みながらもその白い肌に目を留めたキバは、日焼け止めでも大量に塗ってんのかと思う。
そしてそのまま視線は上がり、今度は耳に付けられた黒いイヤホンに目が留った。
「………なあ、お前、何聴いてんの?」
『バカ』と言われたことなど、好奇心の前に消え失せる。
嫌なこともすぐに忘れられるのだな――と以前、バカにされながらも羨ましがられた事があったのだが、その事さえ記憶の彼方だ。
バカの利点だな――とも言われた事は、もうこの際思い出さない方が良いだろう。
「……『変』な奴の聴いている曲が気になるのか」
一つの事をいちいち根に持つシノは、そう言いながらも「TAKE ME HOME, COUNTRY ROADS」と答えた。
「あ…?」
「カントリーロードだ」
「それって、アニメの…」
「原曲の方だ。英語のな」
「へぇ~、英語…」
僅か言葉尻をさまよわせたキバに、シノが目を眇(すが)める。
その視線を感じたキバは、居心地の悪さをごまかすように、何も言っていないシノに言い返した。
「な…何だよ! 言っとくが、今回のテストは赤点じゃなかったんだからなっ!」
「ああ…平均点以下だったがな」
「ぐっ、」
まったく、俺が教えてやってもお前はすぐに…とシノのくどくどとした説教が始まりそうになったため、
キバは慌てて話題を変えるべくシノのイヤホンを片方引っこ抜く。
「お、俺にも聴かせろよ!」
「…俺はかまわないが」
お前が聴くのか? 洋楽を? と無言の内にも訴えてくるシノに、キバは半ば意地になってその片方のイヤホンを耳に付けた。
すると、テンポの良い、けれども穏やかな、まるで今日の陽射しのような曲が流れてくる。
Country roads, take me home To the place I belon
West Virginia, mountain momma Take me home, country roads…
イヤホンを借りるために寄せた肩が、シノの肩に微かに触れる。
シノは、キバが引っこ抜いて空けてしまった方の耳に、反対側のイヤホンを取って付け替えていた。
「………」
キバは、僅かに口を開いて――閉じた。
すぐ傍にあるその存在に、何か言いたくて、でも、何も、言えなくて…。
プレイヤーから流れ出て、左右に分かれた音色が二人を繋ぐ。
キバは、柔らかな風に吹かれ。
その音に身を浸すように、
目を 閉じた――。
「まったく…」
ふ、とシノは息を吐いた。
「英語を聞けば、すぐ眠くなるくせに…」
故郷を想う唄を聴きながら、それでも少し、帰るのが惜しいと思う、夏の午後だった。