落花生の実り


昨日の夕方から今日の明け方にかけて降り続いたため、木ノ葉の里には珍しく雪化粧が施されている。
独特の清々しい空気に、目にも眩しい白、白、白…。
犬だけでなく、この景観には大人達も思わず顔を綻ばせてしまう。
しかしそんな大人達以上に大はしゃぎなのは子供達だ。
「こらっ!! 雪遊びのために出てきたわけじゃないぞ!!」
アカデミーの正門前。
外に出た途端わあわあきゃっきゃと雪を触り遊び始めた子供達に、うみのイルカが声を張り上げる。
フン…。
そんな喧騒の中、サスケは馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らした。
先生に怒鳴られしぶしぶ集まってくるクラスメート達。
最後に一番騒がしいナルトが連れ戻され、一体何が始まるのかとざわめく子供達の前で、イルカが宣言したのは『豆撒き』だった。
「ただの豆撒きじゃないぞ。もちろん授業だ」
そう言ってイルカがニッと口角を上げる。
と当時に屋根の上に現れたのは6人の教師達。
「オレも含めて、7人が鬼の役をする」
それぞれが赤や青の鬼の面を取り出し、生徒達に見せた。
「お前達はここにある豆の袋を一つずつ取って、先生達を追い掛けろ。どんな方法を取っても良い。
個人技で攻めても良いし、チームを組んで連携するも良し、とにかく一粒でも鬼に当てることができたら合格だ」
イルカが生徒を見渡しながら説明する。
好戦的な笑みを浮かべるキバに、やる気なさ気なシカマルやその隣のチョウジ…。
一人一人、どんな戦法でくるタイプかは教師達には大体把握されているのだ。
そしてこれは、一粒でも当てられるものなら当ててみろ――という、ある種教師達から生徒達への挑戦状に近い。
挑発的に浮かべられた教師達の余裕な笑みに、生徒達の方も自然とその意を理解して、ザワザワとしていた気配がいつの間にか緊張し静まり返っていた。
「ただし、場所はアカデミーのみ。何か壊したら弁償だからな!」
そう言ったイルカの合図で、6人の教師が鬼の面を着けて一斉に散る。
そしてイルカも面を着けると屋根の上に一瞬で移り、生徒達に開始を告げた。
血気盛んな者たちは我先にと豆という武器を掴み取り駆け出していく。
それから仕方ねぇなぁと言う者達がのろのろと動き出し、周囲の様子を窺っていた者、作戦を練っていた者、友人と示し合わせていた者達など、それぞれが動き出す。
結局最後までその場に残ったのは、サスケともう一人。
残された袋を手に取りチラと眇めて見れば、ポケットに手を突っ込んだ姿勢で突っ立っている油女シノが、眉間に皺を寄せてサングラスに隠れた視線を――多分――サスケに向けていた。
誰かが二つ持って行ったのか、それとも始めから一つ足りなかったのか。
豆の袋はもう残っていない。
「………」
シノは暫し黙ってサスケを見ていたが、不意に視線を逸らすと去っていこうとする。
「おい」
それを見てサスケが声を掛けると、シノはゆっくりと振り返った。
「要らないのか」
問い掛けてもシノの表情は微塵も変化しない。
シノは、サスケから見ても大半のクラスメートが抱いているような印象しか受けない存在だ。
不気味で、何を考えているのか分からない。
だがサスケにとっては、ギャアギャア叫く煩い連中などよりは余程マシな存在だった。
「……持って行きたければそうしろ。………豆なら、どうせそのうちその辺で拾える」
子どもにしては静かで、深い声をしたシノが言う。
それにそう言われればその通りで、拾った豆を使ってはいけない…とは言われなかったなとサスケは気付かされた。
答えるだけ答えて再び去って行こうとするシノに、サスケは一度豆の袋を見ると少し顔を顰め、再度シノを「おい」と呼び止める。
そして、豆の袋をシノへと投げ渡した。
「………?」
振り向き様、ポケットから出した手でキャッチしたシノがサスケを見る。
表情の変化はさほど見られないが、不思議そうと言えば不思議そうな顔だ。
そんなシノに、サスケはぶっきらぼうに言った。
「オレはいい。豆撒きは嫌いだ」
「………」
「……良い思い出が無いんだよ」
シノが訝しげに眉を寄せたので、サスケは適当にそう付け足す。
豆撒きが不愉快なのは、嘘ではない。
ただ正確に言えば、『良い思い出が無い』のではなく、『良い思い出がある』からサスケは豆撒きが嫌いだった。
思い出すのは、家族で行った豆撒き。
広い敷地に豆を撒くのが大変だと言って笑う無邪気で愚かな自分。
「じゃあ頑張らないと」と笑顔を向けてくれる母に、仕事でいない父。
そしてその代わりに鬼の面を被って現れる――。

「―――っ!!」

そこまで思い出を抉(えぐ)り出した時、額に痛烈な痛みが走り、サスケは思わず額を押さえた。
内からの痛みではない。何かがぶつかったような衝撃だ。
そして足下を見れば配られた豆――というか実際には落花生――が落ちている。多分それが当たったのだ。
否、当てられたのである。
「おい!」
サスケは犯人と思(おぼ)しきシノを睨み付けようと顔を上げたが、そのシノが予想外に接近していて、驚き目を瞠った。
いつの間にか目の前にやって来ていたシノがじっと見据えてくる。
一瞬気圧され怯んだサスケだったが、すぐにキッと睨み付けた。
「お前、何のつもり――!」
トン、と。
落花生をぶつけられた額の中心が、シノの指に軽く突かれる。
それは、一本の指ではあるが、アイツの所作をサスケに思い起こさせ―――。
パンッ! と、サスケは考えるより先に振り払っていた。
そして目一杯の憤怒(ふんぬ)と嫌悪(けんお)をシノに叩き付ける。
それでもシノの表情はほとんど変わらない。
その涼しげな顔が気に食わなくて、サスケはシノの胸倉を掴んだ。
だが、パキパキッ、と一歩踏み出した足が落ちていた落花生を踏み砕き、その音がサスケを我に帰した。

「…………鬼は外だ…」

はっとしたサスケに、シノが静かに言う。
「……な…に…」
「鬼のような形相をしていた…」
「!」
シノの言葉に目を見開くサスケ。
シノは胸倉を掴むサスケの手をそっと引き剥がすと、その手に一掴みの落花生を乗せ、じっとサスケを見据えて言った。
「そして、福は内だ……」

鬼は外、福は内。

内に巣喰う鬼を追い払い福を呼び込む、呪文。

喉を鳴らしてシノを見る。
シノもサスケを見ていたが、不意に顔を背けるとゆっくりと歩き出し、無言のままに離れて行く。
黙って、何のフォローも入れず、言うことだけを言って。


踏み潰された、鬼を払った落花生。
手の内には溢れんばかりの福が残される。

チッ、とサスケは舌打ちをした。
福なんかより。
自分には鬼が必要だ。
巣喰った鬼なら逆に喰い、自分の物にしてやろう――。


拳を握れば落花生が零れだし、雪の上にポトポトと落ちて行く。
手の中に握り込められたものは、パキパキと乾いた音を立てて砕かれる。


「………」
サスケが無感動に開いて見れば、粉々に砕かれた残骸の内に
ひび割れた落花生が、一粒だけ残っていた。





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あとがき
というわけで、サスケとシノの節分企画でした!
全体的にはシリアス調ですが、「鬼は外…」ってサスケに豆投げ付けるシノはギャグだと思う管理人です…!(笑)
サスケが求める強さは、鬼をも従わせる強さ。
シノが求める強さは、沢山の福を受け入れる強さ。
私は、できれば鬼さんを閉め出すのではなく、福さんとの共存を望みたい派ですが(だって良いことばかりじゃ危機感とか薄くなりそうですし)、
でもやっぱりできるだけ災厄や災難は降りかからない方が良いよなぁ……と思う優柔不断な欲張り屋です。。
豆撒き、今年もやる予定はありませんが、どうか今年も無病息災・家内安全でありますように…!!

ちなみに落花生の花言葉は『仲良し』だそうで、
題名は一応それも念頭に置いて付けましたが……はい、全然仲良し実ってないですっ!












(10/2/3)