『ひとつ このはのおつるまに  ふたつ かぜふきすなまきて  みっつ くもそらかみなりないた
よっつ みずのきりかすみ  いつつ つちみちいわいずる  むっつ ひようのもゆるとき
ななつ かげかげてらしだす  やっつ めぶきてそだつるを  まもりてここのつ このはうた
とうついどうせいめぐりてめぐる  とおとおさめてひとめぐり』

それは、ヒナタ様が7歳、ハナビ様が3歳の時。神社の参拝にご同行した、七五三の日だった。



鈴音の七五三(すずねのなごみ)



「―――ぶっちゃけた話、女子の中で誰が良い?」
7、8、10班それにガイ班を加えた計四班は、3泊4日の強化合宿を行っていた。
強化というだけにそれなりに疲労困憊する内容ではあったが、若い盛りの少年達にとっては、初日はまだ若干の余裕があった。
よってその夜、寝支度を整えた後に当然の如く持ち上がった、男子の年相応な話題。
始めたのは、キバだった。
「そんなの、サクラちゃんに決まってるってばよ!」
「サクラさんです!」
キバの問いにいち早く答えたのはナルトとリーだ。見事に重なり、お互い真剣な眼差しをぶつけて火花を散らす。
「ま、お前らはそーだろーよ。で? シカマルとチョウジは?」
睨み合うナルトとリーをほっぽって、キバは話の輪の中にいる残りのメンバーに振った。
チョウジは夜だというのにおかまいなく菓子を頬張り、シカマルはだるそうに寝転がって頭だけ輪の中に入れている。
「……いきなりだな。つーかめんどくせぇ…良いも何もねぇだろ」
「ん~。ぼくはいのかな。票入れとかないと恐いし」
「ああ…それもそうだな。じゃ、俺もいので」
「いい加減だな、おい」
「いいじゃねーか。別に。お前はどーなんだよ」
「俺…?」
話を振っておいて自分は考えていなかったのか、キバはう~んと天上を仰いだ。
「……やっぱヒナタかなぁ。一番女らしいし…」
「お前ごときがヒナタ様を評するなど、身の程をわきまえろ」
キバが少し照れたように言うと、それまで全く話に加わってこなかった3人の内一人が、唐突に割って入った。言わずもがな、ネジだ。
キバがその見下した口調に、ぁあ? とネジを睨む。
ネジは、自分の布団の上に胡座を掻き、腕を組んで真っ直ぐキバを見据えていた。
ちなみにサスケは壁に背を預け、目を閉じてはいるが話は耳に入っている様だ。
そしてシノは、縁側の椅子に座り、寝入った赤丸を膝に乗せて静かに成り行きを見守っている。
「ヒナタ様が日向だということを忘れるな。どんなに親しくなろうとも、日向と貴様とでは格が違う」
「はぁ? なにが日向だ! それがなんだっつの!!」
「そうだ! ヒナタはヒナタだ!! 家の名前なんて、関係ねぇってばよ!!」
ネジの言葉に、キバとナルトが猛然と立ち上がったが、それぞれシカマルとリーに押さえられた。
シノも、
「怒鳴るな。赤丸が起きる」
と2人を制す。そんな時。
「ふん。そんなこと言って、だだの嫉妬なんじゃないのか?」
一触即発の中、不意にあざける様な声が響いた。皆が向けた視線の先で、サスケが口角を挙げてネジを見据えている。
「………し…嫉妬だと……!?」
「ヒナタが他の男に良いって言われるのが気にくわないんだろ」
正体見たりといったサスケの不敵な笑みに、ネジの顔がどんどんと紅潮していく。
その様子に、キバもナルトも怒りを鎮め、代わりに顔をにやつかせた。
「なんだ、そういうことか……」
「そういうことだってばよ……」
にやにやとして、わざと小声で囁き合うキバとナルト。だがしっかり聞こえている。
「ち…ちが…っ」
「それは違います」
ネジが真っ赤な顔で否定しようとした、その時、横からあっさりと否定する声が上がった。
「ネジの想い人は、昔出会った手毬唄の子ですから」
「り…リ~~~~っ!!!」
さらりと言うリーに、ネジは思わず立ち上がり、更に顔を赤くして怒鳴る。
しかしそんなネジにかまわず、皆の興味はリーのセリフに一直線に向かっていた。
「ネジ。怒鳴るな。赤丸が起きる」
ただ一人、シノだけはネジに注意したが。
その間にもリーへの追求は容赦無く進み、皆「どういうことだってばよ」「詳しく聞かせろ」「なんだか面白そうだね」等々、話せ話せと執拗に促す。
焦ったネジがリーの口を塞ごうとした時は、既に遅し。
身体が動かせない。それどころか意志とは反対に座り直してしまった。
「シカマル…!」
「まあ…なんだ。めんどくせーけど、面白そうだし。……リー。チャクラもったいねーからさっさと話してくれ」
「あ、はい!」
「はいじゃない!! リー! やめ…」
「ネジ」
リーに懇願するも、その大声にシノの鋭い制止がかかる。
それと同時に何かざわざわしたものに口を塞がれ、ネジもさすがに戦いた。その正体は、シノの蟲だったのだ。
シノにとってはネジの恋バナなどどうでもよく、そんなことより、気持ち良く眠っている赤丸を起こさないことが最優先事項だっただけだが、
しかし目的は違うにせよ、シカマルに身動きを、シノに声を封じられたことに相違なく。
「それは、ヒナタさんが7歳の時。ネジが神社の参拝に同行した、七五三の日だったそうです…」
リーによって遠慮無く語り出された初恋話に、ネジはリーにその話をしてしまったことを、深く深く後悔した。


                         *


それは、ヒナタ様が7歳、ハナビ様が3歳の時。神社の参拝にご同行した、七五三の日だった。
ネジは一人、神社の中に入って行った本家・分家の人々を、境内で待っていた。
一人残されたのは、10歳未満の男子が立ち入り禁止だったからだ。
そんな時。
不意に、唄声が聞こえてきた。

ひとつ 木の葉の落つる間に  ふたつ 風吹き砂巻きて  みっつ 雲空雷鳴いた
よっつ 水の霧霞み  いつつ 土道岩出  むっつ 火陽のもゆる時
ななつ 影陰照らし出す  やっつ 芽吹きて育つるを  守りてここのつ 木の葉唄  等対動静巡りてめぐる  とおと収めて一巡り

見ると、シダレヤナギの陰に、赤い振り袖を着た女の子がいた。
暇だったのもあり、ネジはふらりとその子に歩み寄っていった。
「それは、なんの唄だ?」
声を掛けると、女の子は唄うのを止め、ゆっくりと振り向いた。
黒く真っ直ぐなおかっぱ頭に、瑠璃色の蝶のかんざしが揺れ、それに付随する小さな鈴がチリンと鳴る。
透き通る様な白い肌に、蜂蜜色の瞳。振り袖も、赤地に紺と金の蝶模様が描かれ、紺と銀を基調とした鞠を手にしていた。
その瞬間の、一目惚れ。
「……古くから家に伝わる、手毬唄」
一目惚れされているとは露にも思わず、女の子は簡潔に答えた。
不審がっているのか、眉を寄せて、少し低い声で。
「…………そ…そうなんだ……」
しかし、この間の抜けたネジの返事に、少し警戒心を解いたらしい。寄せた眉を戻し、体もネジの方へと向ける。
その拍子に、また、かんざしの鈴が小さく鳴った。


                          *


「…その後、ネジとその子はしばらく一緒に遊んだそうですが、それ以来は会っていないそうです」
意外にも語り上手なリーの話に、皆聞き入っていた。
だが一段落したところで、チョウジが素朴な疑問を呟く。
「その子の名前とか、聞かなかったの?」
「あっ、そうでした。その子と別れる間際に聞いたそうです。ええっと…たしか……」
リーが少女の名前を思い出そうと首をひねる。
そしてネジは、思い出すなと願いを込めてひたすらリーに視線を送った。
が、いかに白眼の使い手でも、そんな眼力は無く。無情にもリーは思い出した、とぽんと手を打った。
「―――そうです! ああ、そう言えばそうですよ! なんで今まで気付かなかったんでしょう…!」
「ああ…? 何がだよ」
名前を思い出しただけにしては興奮し過ぎなリーに、キバが言った。
そして、リーが爆弾を投下する。
「名前です、名前! 『シノ』って言ったそうです。シノ君と同じ」
……………………。
リーの爆弾発言に、一瞬、しんと静まりかえった。
沈黙を破ったのは、キバ。
ぷっ、と吹き出した途端、皆一斉に笑い転げた。
ナルトとキバはひゃはははと大爆笑し、チョウジとシカマルとサスケは、腹を抱えて声も出せず肩を震わせている。
そのためシカマルの術は解け、ネジは自由の身になっていたが、身動き一つ無い。
そして、そんな皆の様子に、言った本人のリーがきょとんとする。何が可笑しいのか分からないようだ。
「…………っし…しんじらんねぇ!! あははは!!! おい! シノ!! ネジの初恋の相手、お前と同じ名前だってよ!!」
なんとか痙攣する腹と溢れる涙を諌めつつ、キバは縁側にいるシノに言った。否、笑いの延長であったため、叫んだに近い。
一方、突如として笑いのネタに巻き込まれたシノは、笑うどころか眉間に皺を寄せていた。
しかしそれは笑われたからではなく、盛大な笑い声に赤丸が起きてしまったからだ。
欠伸をする赤丸を抱き上げ、腕に抱え直す。寝起きの赤丸はキバや他の皆が笑っていることが不思議で、シノの腕の中で小さく首を傾げた。
「………………いい加減に、静かにしろ」
不機嫌そうなシノの声。
しかし、そんなことで収まるものでもない。
「だってよ、シノだぜシノ! 女みてーな名前だと思ってたけどよ。ほんとにシノちゃんがいんだぜ!? しかもネジの初恋の相手!! 堪んねえってばよ!!」
未だひぃひぃと腹を押さえて転がるナルトに、シノは不機嫌そうな表情を困ったような表情に変えた。
僅かな変化だったが、四六時中行動を共にしてきたキバは、それを見逃さなかった。
「どうしたよ。なに困ってんだ?」
「なんでもない」
そう言って少し俯き、赤丸にかまい始めるシノ。
そんな態度に何か隠していると直感したキバは、立ち上がって赤丸を取り戻した。
「なに隠してんだよ」
「何でもないと言っているだろう」
ずいと詰め寄られ、シノは再び眉間に皺を刻んだ。
「いんや。絶対何か隠してる。俺は誤魔化されねーぞ」
だが、確信したようなキバの目に、シノはすっと視線を逸らした。
逸らした先は、シカマルの術や蟲から解放されたにも関わらず、硬直したまま動かないネジ。
だが、サングラス越しではっきりとしないが、どうやら向けられているらしい視線に気が付くと、はっとしてたじろいだ。
シノの視線はすぐにキバに戻されたが、それでも感じた、自分に向けられた視線に、ネジは嫌な予感に襲われた。
そしてその予感は、的中する。
「………………それは、俺だ」
観念した様な、それでいて普段通りの感情を含まない淡々とした声。
ぴたっ、と、時が止まった。
赤丸のクゥ~ンという鳴き声が、小さく響く。
「……………は?」
代表して、キバが口を開いた。
今、なんと?
「だから、その子どもは俺だと言った」
再び、沈黙する。キバもナルトもシカマルもチョウジもサスケもリーも、そして当然ネジも。固まった。
「……………………だっ…て、お…女…」
やはり、シノの相手は一番慣れているからか、キバが最初に回復して声を絞り出した。
言葉としては足りないが、それだけでキバが何を言いたいのか察したシノは、説明する。
「古くから女性は魔除け・災厄除けの象徴とされる。故に、男子が女子の格好をして祓うことは珍しくなかったらしい。
今ではウチだけだろうが、油女一族の男子は七歳の時、女子として祝詞を受けるしきたりになっている」
誰も、何も言わない。言えない。
まだ不服かと、シノは続けた。
「ウチには、代々伝わる手毬唄がある」
そこまで言って、シノは口を噤んだ。
皆の視線も、一点に集中する。
ネジが、立ち上がったのだ。
「ネジ……」
リーが恐る恐る声を掛けた。その瞬間、ネジの姿は掻き消える。
リーが慌てて追いかけようとしたのを、シカマルが止めた。
「今はそっとしとけ…」
「………ここまでくると、可哀想な奴だな…」
サスケも、同情の意を手向けた。




そして半時ほどが経った後。
一人木の上に佇むネジの後ろに、ふと気配が現れた。
「先程は………すまないことをした」
シノだ。
振り返ってみると、夜の闇に月明かりを受けて、シノは余計に色白く見える。
ネジは一目惚れしたあの瞬間のように、ドキリとした。
だがすぐにそんなバカなと頭を振り、しかしそれでもやはりドギマギするのを何とか押さえ付けて言った。
「………否。俺の勘違いだ。…気にするな」
その返事にシノはそうか、と小さく言ってから、不意に話題を変えた。
「あの時のことは、覚えてはいたが、さっきの話を聞くまで全く気付かなかった。なぜなら、お前は名乗らなかったからだ」
「…………そうだったか?」
「ああ」
しばらくの沈黙を挟み、再びシノが口を開く。こいつはこんなに話す奴だったのか、とネジは意外に思いながら聞いた。
「しかし、仲良くなれた」
「?」
「親しくなる、好きになるということに、名は関係ないということだ。名を誇るのは良いが、それを壁にするな。ヒナタにも、お前自身にも」
その台詞に、ネジは驚いて目を見開いた。
そういえば…と、先程そのようないざこざがあったのを思い出す。
「分家であろうと、ヒナタを好いても問題無い。ただ、ヒナタはナルトが……」
「否、だから、それは違う!!」
つい力んで否定してしまった自分に、赤面する。ネジは暗闇の中で、見られていないことを切に願った。
「……………っ、…も、戻るぞ。そろそろ寝ないと、明日からもたなくなる」
「…うむ。賛成だ」
絞り出したため少しくぐもった声に、生真面目に返ってくる、低く落ち着いた声。
踵を返す姿に、昔見た少女の姿が重なる。
幻聴だろうか。
ネジはどこからか、チリン、と鈴の音が小さく鳴るのを聞いた気がした。












(09/11/18)