醤油の風味ある香りが漂ってくる。
透き通った赤褐色の汁と灰色の麺が、赤と黒に塗り分けられた器に盛られていて、その脇では黄緑色の山葵が彩りを添えている。
黒眼鏡越しでは、実際の色彩などわかりはしないが…。
シノがふと自分のざる蕎麦から視線を上げると、シカマルの蕎麦に乗った黄色い生卵が目に付いた。月見蕎麦だ。
蕎麦より更に視線を上げれば、シカマルがちょうど割り箸を割っているところだった。
眠り猫の見る夢
シカマルが、昼飯でもどうかと誘ってきたのは、ほんの半時前のこと。
当然、任務が無いと知って誘ってきたのだ。
なので特別断る理由もなく、シノはシカマルの誘いに乗って、蕎麦屋へとやって来たわけである。
格子の向こうには白梅が咲いている。
陽もすっかり長くなり、もう春へまっしぐらといった感じの今日この頃。
そして今日は、バレンタインの対である、ホワイトデーだ。
白梅のそのまた向こうに見える店の前に、ホワイトデー用ののぼりが設置されているのを、シノは見つけた。
とはいえ、何か思ったかといえば、そんなこともなく。
格子の手前にある割り箸に視線を引き戻して、その内の一膳を手に取った。
割れば、ぱきっと小気味いい音が鳴る。
新たな客が店の暖簾をくぐったらしく、店員たちが元気よく「いらっしゃいませ」を連呼した。
蕎麦を食べた後、二人は少々遠回りをしてシカマルの家へ向かった。
シカマルの部屋に上がると、猫の鳴き声が聞こえてきて、見れば窓の外でぶち猫がひなたぼっこをしていた。
「おまえ、また来てんのかよ。今日は刺身やらねーぞ」
ぶっきらぼうにそう言いながら、シカマルが窓の外に出て猫を持ち上げる。
ぶらりと胴体を揺らした猫は、ひなたぼっこを邪魔されたにも関わらず、大きな欠伸をひとつしただけだった。
なんとも懐の広い猫である。
「……シカマル。野良の餌付けは良くない」
そんな猫への声掛けをしっかり聞いていたらしい。
シカマルの後から窓の外へ出てきたシノが、細かいことを生真面目に注意してきた。
「あ~……。わかったよ…」
シカマルは、多分キバからの入れ知恵だろうなと思いながら、テキトウな返事を返した。
テキトウでも、返事を聞いたシノはそれ以上は何も言わず、昼寝のためにこしらえられた木の台に腰掛ける。
猫を横に置くと、シカマルもシノの隣に腰を下ろした。
「そいつは、よく来るのか」
春まっしぐらの陽気に、木の台は程良く温まっている。
再びひなたぼっこを始め、うとうとしだした猫をシカマル越しに覗き込みながら、シノが訊いた。
「たまにな。こいつ猫のくせに鼠とらねーで、一緒に寝てやがんだぜ?」
「………ねむり猫だな…。鼠と共存共栄する……平和なことだ」
「ねむり猫って、雀じゃなかったか?」
「どちらでも、大差は無い」
「……そりゃそーだ」
シカマルは皮肉っぽい笑みを浮かべ、頭の下に手を組んでごろんと寝そべった。
その際頭の横に、太陽の光をめいっぱい浴びた枕を見つけて、シノに寄越す。
無言の内に手渡しが成されて、二人と一匹は平和な時に身を投じた。
「…………」
「…………」
水色の空を、ぼんやりとした薄雲がゆっくりと流れていく。
「……おまえさぁ…」
ぽつりと、シカマルが声を出した。
「グラサンかけたまんま空眺めて、楽しいか?」
「………今更何を言う」
「この前、親父のグラサンかけて見てみたんだけどよ」
「………」
「モノクロで、なんか陰気くさかった」
「………」
「無理して付き合わなくてもイイんだぜ? なんなら、将棋でもいいんだし」
よっ、と上体を起こし、シカマルが寝そべるシノを見下ろす。
シノは白い枕に頭を沈め、律儀に胸の上に手を組んで真っ直ぐ空を見つめていた。
「…………めんどくせーけど」
ねむり猫の元へ、鼠が壁伝いの管の中を上ってやってきた。
ねむり猫は、静かな呼吸を繰り返すだけで一向に動かない。
「俺ぁ、本命には返す主義だからよ」
ねむり猫のと鼠の元へ、今度は雀が舞い降りた。
ねむり猫は眠り、鼠は寝転がり、雀は首を傾げている。
「…………今日は…デートのつもりなんだ……。だから…」
シノが空からシカマルに視線を移すと、シカマルがその視線から逃げる様に顔を背けた。
その耳が赤く染まっているということは、シノには見えなかったが。
見えずとも、わかるのだ。
シノは、ふとサングラスの奥の瞳を細め、ゆっくりと起き上がった。
「……………問題無い」
黒眼鏡越しでは、実際の色彩などわかりはしないが…。
「お前が好きな物を眺め、楽しいなら、俺も楽しい。お前の見る色がきれいなら、その色は俺にとってもきれいな色だ」
シカマルが、窺うようにシノの方を向く。
「俺は、お前さえいれば、空を眺めて楽しむ事が出来る」
ねむり猫は夢を見た。
鮮やかさに溢れる世界の中で、色混じり合う、二つの影を。
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あとがき
もう、ホワイトデーほとんど関係ないですが(汗)
油女一族がサングラスつけてる理由って、謎ですよね。
そしてその謎はきっと明かされないんだろうなぁ…と。
ただの嗜好なのか、必要不可欠の必需品なのか……。
とりあえず、サングラスつけてると色ってわかり辛そうですよね。
シカシノでは、シカマルとシノが一緒に空眺めてるイメージが浮かぶのですが、
そうなるとちょっとつまらないんじゃないかなぁ…と。
そこから妄想は発展し、よくある「君がいれば」に到達したわけであります。。
好きですね~、そういう感じ方!
君がいれば。
そんなソウルメイトを見つけられたら、良いですよね。
(08/3/14)