※下ネタ傾向です。
返礼は100倍返しで
「…………真っ昼間から、何のつもりですか」
シノは、のし掛かってくるアスマと額を突き合わせながら、低い声を更に押し殺して言った。
「てめぇが言ったんだろうが。ホワイトデーは、100倍返しってよ」
密かに腕に力を込め、抵抗してくるシノに、だがアスマは余裕の笑みを浮かべて答える。
シノはその答えに、頭を反らせてソファー越しにカレンダーを見上げた。
そう言えば、今日は3月14日…ホワイトデーだ。
すっかり忘れていた、とアスマの下敷きに成っているこの状況下で、シノは呑気にもそう思った。
だがそれも束の間、服の下に潜り込んできた手にはっとして、その腕を掴みそれ以上の侵入を阻止した。
「……確かに、言いました。しかし、これがバレンタインチョコの100倍のお返しに相当するとは、思えません」
再びアスマの顔を真下から見据えて、抗議する。
するとアスマは不服そうな表情を浮かべ、
「じゃあお前は、何が相当するってんだ?」
と問うた。
答えはすぐ頭に浮かんだものの、シノは言うことに躊躇い口を噤んだ。
沈黙の中、だがどちらも手を緩めることなく、静かに一進一退の攻防が続く。
「………、…5万両……」
漸く、シノが折れて声を絞り出した。
「ぁあ?」
「……チョコレートにかかった費用は、およそ500両。その100倍に相当する金額は、5万両です」
「………」
シノの返答に、アスマが暫し絶句する。
そしてふっと力を抜くと、脱力したようにシノの肩口に突っ伏した。
「………金換算かい……」
溜め息交じり呟かれた言葉に、シノは気まずげに視線を逸らした。
「……で? 5万両って、金でいいのか?」
もともと本気ではなかったらしく、シノの返答を聞いたアスマはシノの上から退いて一服を始めた。
シノは佇まいを整えると、気まずそうにしながらも、この際だからと開き直って答えた。
「正確には、4万8千両の本が欲しいんです」
「そりゃまた、バカ高い本だな」
「昆虫研究の粋を集めた、最新の論文集ですから」
「………成る程」
アスマは、心底納得したように深々と白い煙を吐き出した。
概して、そういった専門書というのは高い物だ。
「家には二冊、既にあるのですが、一族共有の物なので色々と不便なんです」
シノが、少し言い難そうに理由を述べる。
アスマが視線を向けると、シノはその視線を返しながら
「……なので、別に無くてもいいんですが…」
と言って眉を寄せた。
バレンタインの時の条件は、そのことを念頭に置いてはいたものの、半分は冗談のつもりだったのだ。
アスマが真に受けるとも考えなかったし、何より「100倍返し」を先述のような行為に結びつけるなど、思いも寄らなかった。
「無くて良くても、あった方が良いんだろ?」
アスマが銜えていた煙草を灰皿に押し付ける。
「しかし……いいんですか? 5万というと、けっこうな額ですよ」
「なぁに…。チョウジの飯代に比べりゃあ、大したことねーよ……」
「………」
矢張り言わなければよかったかなと、シノは少し後悔し、そしてアスマの苦労にしみじみと同情を感じたのだった。
本屋へ行き、目当ての物を買ってきた後。
「なあ……」
アスマは、床に座りソファーに肘をついて、本に没頭しているシノを見上げた。
しかし、返事はない。
シノの欲した本は、確かに5万両に相当する代物であった。
アスマでさえ片手で持つには難儀するほど分厚く、中は中で、写真や表もあるにはあるが、殆どが米粒ほどの文字でびっしり埋まっているのである。
アスマとて勉強せずに上忍になったわけではない。
小難しい忍術書や研究書も読んだし、今でも怠ってはいない。
だが、矢張り好きではなかった。
こんなモンを好きで書く奴がいて、読む奴がいるなんて信じられない。
とずっと思ってきたのだが、現に目の前の少年は好きでこんなモンを読んでいるのである。
それはもう、「かじりついて」という表現がピッタリな程に、集中して。
「なあ」
二度目の呼びかけにも応答は無し。
アスマは顔を顰めて、買ってやらなければ良かったと後悔した。
やっぱ、本は好きじゃねぇ…。
口の中でそう呟くと、アスマは体を起こしてシノの意識を支配している物を掴み取った。
「何するんですか」
読書を邪魔されたシノがアスマに非難の眼差しを向ける。
だがアスマは薄笑いを浮かべ、本を床に置くと、シノを閉じ込めるようにソファーの背もたれに両手を付いた。
「この本、4万8千両だったよな。ってこたぁ、100倍まで、あと2千両分あるわけだ」
「………」
シノが、サングラスの奥で目を丸くするのが判った。
「金換算すんなら、きっちりやらねぇとなぁ……?」
ビターでブラックなハートに対する100倍のお返しは、予想以上にハードな返礼となった。
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あとがき
予想外に下ネタ傾向になってしまいました……。
ただ、バレンタインのお返しを金換算するシノが書きたかっただけなのですが。
あれ…?
でも、まあ……こんなアスシノも好きなので。
お許し下さいませ!
ちなみに。
2千両以上の分は、アスマ先生のサービスってことで(ぇ)
(08/3/14)