「シノ! チョコレートって、作れんのか!?」
突然家に押し掛けてきて、何事かと思えばこの第一声。
しかも「チョコレートを作れるのか」とは、一体どんな状況になったらそんな疑問が浮かぶのか、こっちが訊きたい。
突然の訪問者に色々文句も考えながら、それでも純粋に知りたがっている風な相手にシノは仕方なく応えた。
「作れなければ、この世に存在しないだろう」
この明快な珍回答に、ナルトはへ? と目を丸くした。
手作りチョコ大作戦
「…………加工の仕方を問いたいのなら、初めからそう言えばよかったのだ……」
シノは、ボールやらゴムべらなどを用意しながら、不意にぼそりと呟いた。
「まだ言ってんのかよ…。バレンタインにチョコ作るって言ったら、フツーはそーゆーことだろ。誰がマメから作る話なんてするんだってばよ」
「…………」
押し黙ったシノの顔色を、ナルトが横目で窺う。
シノの格好は、ナルトの突撃訪問により白い割烹着へと変わっていて、見慣れないがなんとなく懐かしい感じもする格好だ。
神聖な台所に入るに伴い、ナルトもまたエプロンを借りて着込んでおり、シノのなので若干大きいのは気に入らないが、それでもわくわくとしていた。
初めて目の当たりにする、チョコの手作り。
ナルトがシノに問いたかったのは、つまり「チョコというのは、溶かして固めるだけじゃないのか」という事だった。
『「チョコを手作りした」と言うサクラの話を聞いて、思わず「溶かして固めるだけじゃん」と言ったらマジで怒られた』
という話を珍回答の後に聞き、ナルトの真に訊きたい事を理解したシノはチョコレートのレシピ本をナルトに見せたのだが、
ナルトがよく解らないと駄々を捏ねるので、実際に作ってみることになり、現在の状況に至る。
「んで? 何作るんだ?」
三角巾を引き締めてナルトが問えば、「ガナッシュ」という簡潔な答えが返ってきた。
「作り方を覚える必要はないだろうが、まあこれも良い機会だ。女性の手間を経験すれば、少しは乙女心というものが解るだろう」
「な…っ! お…俺は、もう、じゅ~ぶん乙女心の解る男だってばよ!?」
そう反論するナルトに、シノは閉口して思った。
自分の無理解に気付いていない奴ほど厄介だな…と。
「…………では、更なる理解に役立てろ……」
シノは、今のところはこれで済ませておくことにした。
チョコレート等は、幸い昨日家人の使った余り物があったため、それらを使用。
油女家の、時代を感じさせる作りの台所に居並んだ二人は、いよいよチョコレート製作に取りかかった。
そうして、数時間。
溶かしたり混ぜたり冷やしたり形作ったり、やっと固める段階になった頃には、ナルトはもうヘトヘトになっていた。
とは言え実際に作ったのはほとんどシノであり、ナルトはその微々たる手伝いをしたに過ぎない。
それでも、兎に角時間の掛かる作業であるし、任務とは違った神経の使い方をするため、慣れていなければ疲れるものだ。
ナルトは居間でエプロンを取っ払うと、畳に大の字に寝転がってああぁぁぁぁと盛大な溜め息を吐いた。
「どうだ。これで少しはサクラたちの気持ちが……」
解ったか、と言おうとしたシノが、畳に転がったナルトを見て口を閉ざす。
そして、代わりに小さな溜め息を吐いた。
ナルトが目を覚ましガバッと起き上がると、タオルケットが掛けられいて、きょろきょろと見回せば部屋の隅でシノが壁に背をもたれていた。
ぼんやりとした眼を擦り、頭をガシガシと掻いてから、よっと立ち上がって身体を伸ばす。
もう一度シノを振り向けば、全く身動ぎしていない。
「………」
抜き足差し足でシノに近付いていき、俯いた顔を覗き込んで、漸くうたた寝している事が判った。
ここまで来ないと判らないほど静かに静かに眠っているシノを、無遠慮に眺めるナルト。
暫くそうしていたが、不意にはっとしてそそくさと引き返すと、放っていたタオルケットを持ってシノに掛けてやろうと行動を起こす。
だが、その気配を察したのか、ナルトがタオルケットを掛けようとしたちょうどその時、シノがぱちっと目を覚まして視線を上げた。
座っているシノの上目遣いが、中腰で制止状態だったナルトの目とばっちり合う。
「~~~~~~っつ…!」
顔を真っ赤にして絶句するナルトに対し、寝起きのシノはどこ吹く風、さっさと視線を時計へと流して「ああ、もうこんな時間か」と呟いた。
そして固まっているナルトをそのままに、立ち上がって「もう固まっているはずだ」と冷蔵庫へ向かう。
「…………は…」
あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……。びっくりしたぁぁぁ………。
と、シノがいなくなった後で、ナルトは畳に手を付いて脱力した。
シノが冷蔵庫から取りだしてきたガナッシュは、一つ二つ歪な物も混ざっているが殆どは完璧な造形で出来上がっていた。
当然、歪な物というのはナルトが手掛けた物である。
「ん! うめえ!!」
自分の物ではなくシノの作ったやつを頬張って、ナルトはほっぺが落ちそうな表情をしてそう言った。
「………自分で苦労して作った物は、概して美味い」
シノもそう言いながら、ぱくりと頬張る。だが、こちらは美味そうな表情をすることはない。
「でもよ、これ、ほとんどシノが作ったもんだってばよ」
も一つ手を伸ばし頬張りながら、ナルトがどこか嬉しそうに言うと、シノは眉を顰めて
「………そんなことはないだろう…」と異を唱えた。
だが、ナルトは
「否、ある!」
と何故か喜々として断言し、もう一つぱくりとする。
「だから、これはつまり、シノの手作りチョコってことになるわけだ!」
「…………?」
「やっぱり、バレンタインのチョコは、手作りが一番だな!」
「…………??」
チョコを作れるのか訊きにきた奴が何を言い出すのか、とシノの頭は混乱したが、すぐにぱっと、閃いた。
「まさか、お前最初からコレが目当て……」
「いやあ~!! マジで美味ぇってばよ~!!」
シノの言葉を遮って、ナルトがぱくぱくとシノの手作りチョコを頬張っていく。
そんなナルトに、呆気に取られるシノ。
乙女心はともかく。
手間暇掛けた手作りチョコレートを望む『男心』を十分理解していたナルトは、存外、策士であったらしい……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ナルシノですよ、ナルシノ!
今回のは、なぜかスラスラっと書けました。
が、解って頂けたか些か不安です…。
そこで補足説明。
要するに、ナルトはシノにチョコを手作りさせてそれを食べたかったわけです。
「チョコが作れるのか」「サクラに怒られ」云々は嘘八百。
兎に角「解らない」と言えばシノは実践してでも教えてくれるので、その実践をさせたのです。
ナルトは、考え無しのようでいて、意外と策士だと思います。それに演技派。
でも、まんまとナルトの策にはまってしまった事でシノが不機嫌になり、
その後暫く御機嫌取りをする羽目になって、結局は考え足らずだったりして(笑)
(08/2/14)