バレンタイン・ホラー
チョコが欲しい! とバレンタインデーの前日に勢いに任せて言ってしまった。
シノは、その意図を理解しているのかいないのか、わかった、と了解した。
したよなぁ……「わかった」って言ったよなあ? 明日はここでって約束したよなぁ!?
「シノの奴、まさか忘れたんじゃねぇだろうな」
約束の10時はとうに過ぎている。それなのに、シノは一向に現れない。
公園や林は男女のカップルが沢山いることを想定して、人気のない、森の奥の寂れた境内で待ち合わせをしていた。
デートスポットと言うよりは幽霊スポットで知られるそこは、実はやわらかな陽射しが枝葉を縫ってきらきらと光り、なかなか乙な景観なのだ。
シカマルに教えてもらった場所なのだが、これで季節が春であれば、絶好の昼寝スポットとなるだろう。
今日も、ぶるりと震える冷たい風が吹いてはいるが、良い日和でぽかぽかとしていて眠たくなってくる。
キバも、そんな陽射しの中で石段に座り、うとうとしだしていた。
「キバ」
呼ばれてはっと顔をあげると、いつの間に来たのか、シノがキバを覗き込んでいる。
「…おせーぞ、シノ」
一瞬惚けたが、すぐに覚醒してキバは文句を言った。
「すまん」
「チョコは?」
シノの謝罪も満足に聞かず、単刀直入に問う。
すると、シノは困ったような顔をして、「本当に、申し訳ない」と頭を下げた。
「忘れたのか!?」
キバが石段から身を乗り出し、シノに噛みつくように言った。
シノがキバより数段下の段に立っているので、今は座っていてもキバの頭の方がシノより少し高い位置にある。
「いや、忘れたわけではない……来る途中までは持っていた」
「なんだよ、途中まではって…」
キバが不満を露わにして言うと、シノはしばし黙ってから淡々と語り始めた。
「言い訳になるのだが…」
と、シノが言うには、約束の時間に間に合うように9時半には家を出たという。
もちろん、しっかり包装されたチョコレートを持って。
待ち合わせ場所は歩いて20分なので、十分間に合うはずだった。
………の、だが。
来る途中で、明らかに挙動不審なヒナタを見つけ、声を掛けた。
視線の先には、バレンタインデーなのに相変わらず一楽でラーメンを貪るナルトがいる。
一目で状況を把握したシノは、このままではヒナタは絶対にチョコを渡せないだろうと結論付け、協力することに。
ちょうどラーメンを食べ終えたナルトが出てきたので、少々強引だったが、とにかくヒナタにチョコを渡せる状況をつくってやった。
しかし、その時点になって、驚くべき大問題が発生している事に気が付いた。
なんと、ヒナタの用意したチョコが、溶け出していたのだ。
一体何時間握り締めていたのか。
しかも今日はぽかぽか陽気で気温も高い。
チョコが溶け出すのも、無理はなかった。
狼狽え、頬は赤いのに顔が青ざめたヒナタを見て、シノは咄嗟に自分の持っていたチョコをナルトとヒナタの前に差し出した。
「ヒナタ、それは違う。こっちだろう」
と、いう訳で……。
「遅刻して、しかもチョコはヒナタにやっちまった、と」
シノは、黙ってこくりと頷いた。
言い訳にしか聞こえないが、嘘ではないだろう。
シノがそういう性格でないことはよくわかっている。
「…………わかった」
キバが口を尖らせながらもそう言うと、シノが微かにほっとしたような顔をする。
「……でも、何か気にいらねぇ。それじゃあ、シノのチョコ、ナルトがもらったことになるじゃん」
「ヒナタのチョコとしてだ」
「でも、もとはシノのだ」
わかったと言ったのに尚もごねるキバに、シノはまた困ったように眉を寄せた。
「……では、俺はどうしたらいい」
キバの顔を真っ直ぐ見上げて、シノが問う。
「ん~……じゃ、俺の言うこと、何でも聞いて」
拗ねた口調のまま、キバもシノの顔を真っ直ぐ見下ろして言った。
「…………………わかった」
何でも、というところにしばし引っ掛かっていたシノだったが、仕方なく了解する。
だが、了解した途端尖らせていた口の端を上げ、にやりと笑ったキバの笑みを見て、シノは嫌な予感を覚えた。
「待て、キバ。一体何を…んっ……」
慌てて聞こうとするシノの口を、キバが更に身を乗り出して自身の口で塞ぐ。
舌を差し込み、直前に自分の口に放り込んだ物をシノの口に押し込んだ。
「………………………甘い…?」
シノの口の中に押し込められたのは、甘い一個のチョコレート。
「俺が持ってたチョコ。やっぱお前のチョコが欲しかったけど、これで我慢してやる」
「これ………?」
シノが、自分の口を指す。
しかし、これでは俺がキバにもらったことになるのでは?と、首を傾げた。
キバは首を傾げているシノの手をつかむと、石段を上がり、廃屋となった社に連れ込む。
「キバ?」
「ここでヤらせろ」
「え…ヤ……ここで……え?」
「んじゃ、いただきます」
シノの解読を待たず、キバは再びシノの唇を奪った。
溶け残ったチョコレートは僅かだが、甘いチョコの味はしっかり口に広がっている。
「ん…んん…っ…まっ、まて、キバ…!」
突然のことに慌ててシノはキバを押し返し、離す。
「何だよ。何でも言うこと聞いてくれるんだろ?」
「確かに。だが…」
「なら、大人しく横になれ。押し倒したら痛いだろ。板だし」
キバの中では、すでに決まっていることらしい。
シノは黙って、埃っぽい、廃れた板張りの床を見た。
「男に二言はないよな?」
キバが、痛いところをついてくる。
シノは眉を寄せたが、やはり一度了解したことを断るのは性に合わない。
それに、もとはと言えば自分がチョコレートを持ってこなかったことに責任がある。
責任は、取らねばならない。
「………わかった。…ただし」
シノは、境内の中を見遣ってから、ぼそりと条件を申し出た。
「掃除を…してからだ……」
暫く経ってから木ノ葉の里では、キレイになった境内を巡る憶測と、怪談話が横行したという……。
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あとがき
キバシノのバレンタイン②。
こちらの方がキバシノ色は強いですね。
一応15禁にしましたが、しかし、これは多分、最後までいかなかったと思います(苦笑)
掃除しだしたら本来の目的を忘れ、掃除すること自体が目的になってしまったという、陥りやすいパターンとか…。
だからこそ、噂になるほど境内がキレイになったんですよ。きっと。
掃除に飽きたらず、大工仕事まで発展したり。
……いや。
あま~いチョコを堪能したパターンでも、もちろんかまわないんですよ、ええ!
(08/2/14)