…………。
どうかしている……。
シノは、バレンタインを余すところ無く着飾ったチョコレートを手にした自分に、そう思った。
愛に溢れたそれを元の位置に戻すと、一転して飾り気のない、普通のお菓子売り場へと向かう。
そして常設されたチョコのコーナーの前に暫く佇んだ後、一袋に雑多詰め込まれたバラエティパックを選び取った。



NOT SAME DAY



「あ~、くそ! チョコ食いてぇ~!!」
「………今、手にして食っている物は何だ」
チョコチップのついた菓子パンを頬張るキバに、シノが淡々と指摘する。
そのシノの指摘にキバは唇を尖らせると、
「俺が言ってんのは、そーゆーんじゃなくてだなぁ…。お前も男だったら、わかんだろ?」
そう言って、あ~あと大袈裟に溜め息を付き鉄柱の欄干に寄り掛かった。
男でなくともわかる。
今日この日にチョコの話をすれば、その意味するところは一つだ。
眼下に見える街頭では、聖バレンタインの色と香りに人々がそわそわと気色張っている。
「何が悲しくて、こんな日にお前と部屋に籠もって本の整理なんてしなくちゃいけねーんだよ」
キバが恨めしげな視線をシノに向けるのには、きちんとした理由があった。
「………お前が暇だ暇だと煩いから、志願してやったんだ」
と言うように、そもそもこの任務を請け負ってきたのは、誰あろうシノなのである。
「俺はこんなクソつまんねー任務持ってこいなんて、頼んでねー」
「…………」
「そりゃあ、おめーはいいだろうぜ? だぁ~い好きな本に囲まれてよぉ」
「…………」
「あ~。せめてヒナタがいりゃあなぁ……。義理でもくれたかもしれねーのに…」
「…………バレンタインに女性を駆り出すのは野暮というものだろう」
「チョコ渡される男駆り出すのも、立派な野暮だろ」
「そういう約束が、あったのか?」
「……………………ねぇけど……」
「…………」
キバが沈黙するとシノも沈黙し、押し黙ったままキバが再び菓子パンにかぶりつく。



もくもくと口を動かすキバの横で、シノはポケットの中にある一個のチョコレートを転がした。
キバの様子を窺えば、あと二口三口はあるはずのパンを最後の一口と一気に突っ込み、無理矢理咀嚼している。
その様子は、不機嫌そうなのにどこか可笑しくて、シノは思わず襟の中で密かに口元を綻ばせた。
「……………そんなにチョコが欲しいなら……」
キバがパンを呑み込むのを見計らい、玩んでいたチョコを指先に乗せてポケットから掬い出す。
そしてそれを、ん?とこちらを向いたキバの前に差し出した。
「これをやる。今のところは、これで我慢しておけ」
「ぁあ? 何でお前に…」
「いらいないなら、いい。バレンタインデーに食ったチョコが自分で買った菓子パンのチョコレートだけという、悲惨なことになったとしても、俺には関係の無いことだ」
「いや、まあ、てめーがそこまでいうなら、仕方ねぇ。………貰ってやろうじゃねーか」
しれっとして言うシノに、キバはぱっと掌を返し、だが売られた喧嘩を買うが如く極めて素直じゃない態度でシノの申し出を受けて立つ。
シノの指先から一粒のチョコをかっさらったキバは、必死に何食わぬ顔を作っている様だが、残念ながらその顔には恥をも凌ぐ安堵の表情がありありと浮かんでいた。
よっぽど自分で買ったチョコだけ、というのが効いた様だ。
男でも他者から貰った方がマシらしく、早速チョコレートの包み紙を剥がし始める。
「にしてもお前こそ、これどーしたんだよ。お前も、自分用に買ってたんじゃねーの?」
銀紙の中から現れた、小さいながらも豪華で洗練された柄のチョコを前にして、キバはふと気が付いた。だが、
「家にあった物だ。お前と一緒にするな」
というシノの返答に、ああそうですか、と興味を無くす。





………一緒ではない。





興味を無くしたキバが、チョコを無造作に口に運ぶ。
その様子から、そっぽを向いた様にしながらも、シノは目が離せなかった。
僅かに開いた口の端に覗く、鋭い犬歯。
ドーム状に丸まったチョコの天辺が上唇に触れ、平らな底面が歯に当たる。
そして口の中へ収まり、溶ける間もなく噛み砕かれて、消えていく。
その一瞬の、一挙一動が、映した目の端に焼き付けられた。


一緒では、ない。
それは、お前に食べてもらうために、用意した物なのだから。

まさかこれ程うまくいくとは、思っていなかったがな…。
と心の中で思いながら、シノは牛乳パックを一気飲みしてへこませているキバに告げた。
「休憩は終わりだ。書庫へ戻り、任務を再開する」
「!」
それを聞き、ズズズズッと丁度牛乳を飲み干したキバが、慌ててパンの袋と牛乳パックとチョコの包みを一緒くたにしてコンビニの袋に突っ込む。
そして既に踵を返していたシノを追いかけ、「おい!」とその肩と背を強引に片腕の内に捕まえて、妙に高いテンションで言い放った。
「こうなりゃあ、男同士! 一緒に寂しいバレンタインといこうぜ! なあシノ!」
自棄になったらしい。
シノは一瞬呆気に取られたが、すぐ我に返って、眉を顰めサングラスを押し上げながら、応えた。


「………お前と一緒にするな」




一緒ではない。
シノにとっては、この上なく幸せな、バレンタインデーなのだから…。








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あとがき
こういうのは、シノキバシノと言うのでしょうか。
よくわかりませんが、キバシノでは珍しい(と思う)完全なシノ→キバの片想いです。
とはいえ、今回シノに課したミッションは
『如何にしてキバに自然にチョコを食わすか』
なので、気持ちを伝える気は毛頭無いという筋書き。
それでも、キバにチョコを食べさせる事に成功し、尚かつ本に囲まれた空間でキバと二人きりという最高のシチュエーションに
シノは満足なのです。
当然、シノは策略家ですから、全ては彼の計画通り!(笑)












(08/2/14)