8班の秋
「こないだ、久しぶりに家族で山にハイキング行ったんだ」
集合場所で紅を待つ間、話題の一つとして、キバが何気なく切り出した。
そうなんだ、と相槌を打ったのはヒナタで、シノは黙ったままキバに視線を向ける。
「黒丸達もみんな連れて、栗拾いしたり、キノコ採ったり」
とても楽しかったらしいキバの語り口調と表情に、ヒナタの顔にも自然笑顔が浮かんだ。
だが。
「んで、野生のイノシシ狩ったりしてよぉ。いや~、あのイノシシ鍋は美味かった!
本当はクマ捕まえてクマ鍋にしようって母ちゃんは言ってたんだけど、生憎近くに居なかったんだよなぁ…」
と続いたキバの言葉に、ヒナタの笑顔に不自然さが現れた。
「わ…ワイルドなハイキングだね……」
それでも相手に調子を合わせるヒナタは、すごい。
対してシノは、
「………………それは、ハイキングと言うのか?」
という疑問を遠慮無く呟く。
しかし、ぼそりと呟かれた彼の疑問は、本当に聞こえなかったのか、あるいは意図的に聞き流されたのか、キバは何事もなかったようにヒナタへと話を振った。
「ヒナタは、この秋なにかしたか? どっか行ったとか」
「わ…わたし?」
突然振られた話題に慌てながらも、ヒナタは記憶を辿ってみたのだが、これといって何かあったという記憶は浮かばない。
「わたしは……特に、何も…。紅葉とか拾ったりしただけで……」
「紅葉狩りだな。……あれ? そういや、この前もらった団子は…?」
「え…あ、あれはお月見した時の……」
そこまで答えて、ヒナタははたと気付き、少しはにかみながらキバに言った。
「うん…。そういえば、お月見もしたんだった…」
そのヒナタの回答に、キバは満足したように笑うと、今度はいまだハイキング疑惑にこだわっているらしいシノに話を向ける。
「おい、お前は…?」
キバの声にはっとしたように顔を上げたシノは、それでも会話は耳に入っていたらしく、少しの間を置いてから静かに答えた。
「……俺も、特別何処へ行ったということは無い。ただ、親父とウチの森林の遊山はした」
「あ、ずり~!」
シノの淡々とした回答に、一瞬キバが声を上げる。しかしすぐに肩を落として、
「……でもそーだよなー。お前ん家、山ン中だもんなぁ」
と言った。
わざわざ山に出かげずとも、油女家においては敷地内で栗もキノコも拾えれば山菜も採れるのである。
ただし、イノシシやクマは、いない。
「紅葉とか、やっぱ綺麗だったか?」
羨ましい気持ち半分に何気なくキバが問う。
しかし、その如何にも簡単な問いに、シノは押し黙り首を傾げた。
「………そのあたりの事は、あまりよく見ていなかったので……わからん」
「あ…? じゃ、何見てきたんだよ」
意外なシノの返答に、呆気に取られながらキバが再び問うと、こんな返事が返ってきた。
「落ち葉の下や土の中、木の中に隠れた虫を……」
「…………」
「…………」
流石のヒナタも、これにはどう協調していいのかわからなかったのか、キバと共に言葉を失っていた。
「……………結局、お前の行き着く先はソコなのな…」
漸く反応を返したキバが、呆れと得心を混ぜたような視線をシノに送る。
その隣で、こちらも漸く調子を得たヒナタがシノに向かって言った。
「………い、いいよね…っ! お父さんと同じ趣味があるって…!」
キバはそこまで考えが回らなかったが、恐らく父親の方も似たり寄ったりであろう事は明白である。
そう考えると、脱力感が倍になったような気がして、キバは小さく溜め息を吐いた。
そんな折り、到着した紅が3人の様子を見てその微妙な空気を敏感に察知し、
「………? なに、どうしたの?」
と怪訝な顔を作った。
「あ、紅先生……。今、この秋に行った所とか、した事とかを、話してたんです…」
脱力気味のキバと、元より反応が淡白なシノに代わって、ヒナタが紅に説明をする。
そして、この場の空気を変えようと、珍しくヒナタから紅に話題を振った。
「せ…先生は、何処か、行ったりしましたか……?」
その質問に、紅は「そうねぇ…」と艶めかしく首を傾いでから、
「一泊二日で、アンコ達くの一連中と温泉に行ったわ」
と答えた。
「温泉…? い…いいですね…!」
「ええ、良かったわよ~? 紅葉を眺めながらあったか~い温泉に浸かって、熱燗をぐいっと…!」
その至福の時を思い出したのか、「く~っ、たまんないっ!」と拳を握り締める紅。
その様子を見ていたキバが、思わずぽろりと本音を零した。
「……オヤジ臭ぇ……」
「キバ」
キバの呟きを、淡白だが鋭敏な反応でシノが少し語調を強めて制する。
しかし至福の思いに浸っていた紅には、幸運なことに聞こえていなかったらしく、特にお咎めは無かった。
そんな中、こちらもキバの呟きを幸運にも聞き逃していたヒナタが、紅のなんとも幸せそうな様子に同調して、幸せそうな笑みを浮かべている。
「秋の楽しみ方も、人それぞれ……なんだね…」
「ワンッ!」
誰にともなく呟かれたヒナタの言葉に、足下に居た赤丸が力強く同意して、この8班の秋談議は締め括られたのであった。
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あとがき
の秋企画第7弾。
テーマは『行楽の秋』。
カップリングなしの8班話は、何気にこれが初めてでしょうか…。
書きたかったのは、「ワイルドなハイキング」の犬塚一家と、
「行き着く先は結局虫」の油女親子(笑)
紅先生の剛胆な秋の趣向も面白かったですが。
ヒナタは終始協調同調して、良い子だなぁと改めて感心し。
そして最後に、矢っ張り締めは赤丸です!
※性急ながら、の秋企画はこれにて終了です。もう12月ですしね…;
短期間で申し訳ありませんでしたが、お付き合い頂き、誠に有り難うございました!!
(07/12/11)