Trick or Treat ?


夜の帷も降り、月光の淡い照明に白く陰る天守閣。
けれどその城下からは祭りの如き焔が煌びやかに輝き、賑やかな喧騒が白々とした月夜へ届いている。
十の月最後の日。
火の国にとっては祭日でも祝日でもないが、半年程前に海の国そして西洋の邦と締結した三国同盟により、今日その西洋の邦の祭りを試行することになったのだ。
そのため、いつもの祭りと些か雰囲気が違っている。
提灯の灯りに埋め尽くされるところを、蝋燭の灯り、しかも奇妙な顔にくり抜いたカボチャの中から漏れる灯が取って代わって。
屋台もなく、山車も御神輿も無いのに、人の往来は激しい。
しかも皆が皆、奇妙奇天烈な恰好に変装変化しているのである。
それはまさに、百鬼夜行の様。
ごわごわした緑の髪と白いドレスを纏った女性と擦れ違い、あれは洋書にあったメドゥーサとかいう奴の真似かと、シノは立ち止まって僅かに首を回した。
その視線の先を、黒猫が横切る。
「おい、何やってんだよ!」
大声で呼ばれて捻った頭を戻すと、少し行った先にキバとヒナタが立ち止まりシノを振り返っている。
「ああ…すまん」
そう言いながらも急く事無く、シノは二人のもとへ歩を進めた。
「なんだかんだで、一番興味津々なのお前なんじゃねーの?」
シノが追い付くと、キバがからかう調子で笑って言いながら、強引にシノの肩を組んだ。
ヒナタは思わずくすりと笑みを零したが、すぐにはっとしてあたふたとする。
「……で、でも…凄いもんね! なんだか、違う国に来たみたい」
「当たり前だろ。異国の祭りだから、先生達に経験してこいって言われたんじゃねーか」
ヒナタの弁解に、キバが言う。
だが、顔は意気揚々にやけたままで、キバ自身もそう思っているのだろう。
「でも確かに、なんか、すっげーよな」
と、結局は同じ感想を漏らした。
三人はついさっき会場に到着したばかりで、任務終了時にごたごたがあったため集合時刻に少々遅れて、向かっているのは貸衣装屋。
貸衣装屋というのは、今回の祭りのために設けられたテント仕立ての施設で、無償で仮装道具一式を借りられる場所だ。
今この会場にいる人々は、そこで借りた衣装を身に纏っているのがほとんどであろう。
これは到着してみて解ったことだが、この貸衣装屋の中は各服屋の区画に別れていて、タダの代わりに大いに腕の見せ所となっている。
宣伝効果は抜群というわけだ。
そしてその貸衣装屋に三名が到着すると、定刻通りに来ていた他の面子は、それぞれ既に衣装を選び着替えも終えていたらしい。
「おっそーい!」
早速声を掛けてきたのはいので、サクラと共にとんがり帽子に細々アクセサリーのついた黒マントという魔女の出で立ちで遅れてきた8班を迎えた。
「悪ぃ悪ぃ」
「はい、これアンタの。ぴったりの選んどいてあげたから」
「へっ?」
「シノ! アンタはこれね。男子の更衣室はあっち」
「………」
「ヒナタちゃんはこっち! ほら早く!」
「え…えっ!?」
一番にテントの入口を潜ったキバが軽く謝ると、そのキバとシノに忙しなくいのが衣装を押し付けて言えば、サクラがおろおろするヒナタを連れ去っていく。
あれよあれよと言う間に、キバとシノの二人は、いのによって決定された衣装を手に更衣室へと押し遣られていた。
「よお、来たな。お二人さん」
人でごった返す中、急展開に呆気に取られて呆然と更衣室の入口に立ち竦む二人に、目深にフードを被り全身を黒いローブで覆っている如何にも怪しい人物が話しかけてきた。
一瞬誰だと訝しんだキバとシノだったが、その声に正体を知った。
「シカマル…なんだよ、それ。ただ上着羽織ってるだけじゃねーか」
「いいだろ、別に。これが一番めんどくさくなかったんだよ…」
ひょいとフードを取り払うと、怠そうな顔が現れた。
微妙に雰囲気が違うのは、髪を下で束ねているからだ。
それが、せめてもの変装なのか、いのに命じられたのかは定かではないが。
「ナルトとサスケはあっちに居る。こんなとこ突っ立ってたら、通行人の邪魔だぞ」
そこに丁度入ってくる人がいて、確かにそうだと、キバとシノはシカマルに続いてその場を離れた。
部屋にはロッカーが設置されていて、ナルトとサスケは奥の方のロッカーの前に居た。
ナルトの方は後ろから見ると上下ともただの黒い服に見えたが、正面から見るとその服には白い骨の絵が描かれていて、どうやら蛍光らしく、外に出るとスケルトンに見えるらしい。
サスケは黒い山高帽に黒い燕尾服で、一見するとただの西洋の邦のバロン(男爵)の様だが、向こうではそれも悪魔の姿だと言われているらしいので、まあ適当だろうと思われた。
自分とサスケの恰好の差に不服を申し立てて止まないナルトの様子から、その衣装の選別がサクラによるものだと、聞かずとも解る。
「シカマル。チョウジは」
「ん?…ああ、彼奴は場所取りに行ってる」
「場所取り?」
早速キバがナルトをからかいに向かう横で、シノがシカマルに問うと、シカマルはこともなげに答えた。
「パレードが直に始まるらしい。それに有名な男優が参加してるとか何とかで、いのが行かせたんだ」
「ああ……だからあんなに急いていたのか」
「ったく。つくづくメンドクセェ…」
心の底から面倒臭そうに呟くシカマルに無言で視線を送ったシノだったが、どっと湧いたうひゃひゃひゃという妙な笑い声にそちらを向いた。
見れば、ナルトが爆笑してキバを指差している。
キバはと言えば、押し付けられた衣装を広げ、耳まで真っ赤にしてわなわなと震えていた。
周囲の人々は、一瞬笑い声に顔を向けたが、無礼講の場である。
そこはさらりと流して、すぐに意識の先は元に戻っていた。
「どうした」
シノがキバの背に声を掛けると、代わりに向かいのナルトがげらげら笑いながら答える。
「シノ! お前も見ろよ、これ! マジでこれ、キバにピッタリだってばよ!!」
ナルトの後ろに控えたサスケまで口に手を当てて笑いを堪えている様子だ。
一体何だと、シノとシカマルは顔を見合わせてからキバの持つ衣装を覗き見た。
「………」
「………」
「………ウルフマンか」
「………狼男だな」
「なっ! これ以上ねぇほど、ピッタリだろ!?」
キバの震える手に握られていたのは、尻尾付きで白毛の七分ズボンと、白いファー付きの黒い革ジャン。ついでに犬耳。
革ジャンのサイズはおそらくかなりギリギリで、腕は通るが前は届かないだろうと思える。
狼男ならワイルドに素肌に羽織れということだろう。
前にも述べたが、今夜は十の月最後の日である。
当然、寒い。
「………ま、確かにキバだし。狼男ならピッタリだ」
「なっ…」
状況を知った上で、無責任な事を言うシカマルに、キバが絶句する。
そして追い打ちをかけるように、だがこちらは飽くまでも良心的なつもりで言った。
「お前ならきっと似合うぞ。キバ」
シノの言葉に、他意はない。
何か言おうと口を数度開閉したキバだったが、ついに何も言い返すことなく、畜生と呟いて、項垂れた。
「で、お前は何だったんだ?」
漸く笑いが収まったのか、サスケがやっと声を出した。
その問いはシノに向けられたもので、そう言えばと、シノは自分に渡された衣装を広げてみる。
それは、タキシードと、裏地が真っ赤な黒のコート。
はじめ何だかわからなかったが、ハンガーに付着した小さく透明な袋の中身を見て、はっきりした。
「……どうやら吸血鬼‥ヴァンパイアらしい…」
袋の中で、鋭く尖った歯が鈍い光を放っていた。



着替えを終えて外に出てみると、パレードの区画整備が整っており、人の混み様も更に激しくなっている。
暫く女子の支度を待っている間、赤丸を貸してくれと言うシノに首を傾げながらも預けたキバが、 暇潰しに辺りを見回していると、一軒の家の前に子供が溜まっているのが目に付いた。
あれが噂に聞く『トリックオアトリート』とか言う奴かと、思わず心が躍る。
この祭り、『ハロウィン』とかいうらしいが、その概要はシノから聞いた。
何故西洋の邦の祭りについて知っているのか訊いてみると、洋書が翻訳されてどうのこうのと答えられたので、まあ本からの知識なのだろう。
その説明では、このハロウィンでは怪物に仮装した子供たちが、各家々を回って、『トリックオアトリート』と言ってお菓子をもらい歩くとの事。
言葉の意味は『悪戯か、お菓子か』。
つまり、『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』ということらしい。
ここで開催されている『ハロウィン祭』では、お化けの顔に象られたカボチャに蝋燭を灯して玄関先に置いている家ならば、どこにでも押し掛けて良い事になっていると聞いた。
あそこの家にも怪しく光るカボチャが置いてあるので、それに当てはまる家なのだろう。
自分ももっと小さければ菓子をもらいに走ったであろうが、流石にもうそんな年ではない。
しかし、一度でいいから『トリックオアトリート!』と魔法の呪文を唱えてみたいとウズウズするのもまた、この年だからだろうか。
キバがそんな葛藤をしていると、漸く女子が支度を終えてテントから出てきた。
ヒナタもサクラやいのと同型の魔女に扮しており、可愛らしい魔女のトリオとなっている。
時間が掛かっていたのは、細々としたアクセサリーや小物のためだろう。
行き交う人の中には、化粧というか、顔体髪を色々いじくったり染めたりしているのもいるが、そういった事はしていなかった。
「じゃ、行きましょ! チョウジが待ってるわ!」
早速のいのの掛け声と共にぞろぞろと移動を開始する。
その時、シノから返された赤丸を見て、キバは目を丸くした。
赤丸の背中からは黒いハネが生え、尻尾には先が矢じりのようになった黒く細長い尾が伸びている。
頭上には触角らしき物が二本、びよんびよんと揺れていて、さながら小悪魔の様だ。
「……なんだよ、これ…」
「暇潰しに仮装させてみた」
やっぱ、一番ノリノリなの、お前だろ。
シノの言葉に、思わず心の中で確信するキバ。
「ワンッ!」
赤丸自身からもまんざらではなさそうな声が返ってきた。
どお?似合う?似合う?と赤丸がキバにじゃれて尻尾を振ると、その度に小悪魔な尾も振れて、ある意味本物の小悪魔である。
「に…似合ってる似合ってる……」
キバがそう応えれば、嬉しそうに一声吼える小悪魔犬。
そんな赤丸をはだけた胸に抱えれば、温もりが伝わってきて、これなら寒くないかもと、ふと、思った。



そしてチョウジは、すぐに見つかった。
「………カボチャだな」
「………ああ…」
「………」
チョウジの恰好を知らなかったキバ、シノ、ヒナタはその姿に呆れ、頷き、驚いた。
橙色でカボチャの顔がプリントされた服…だけならまだしも、場所取りのために倍化していて、それはまさしくはち切れんばかりのお化けカボチャである。
流石にその光景は人目を惹くのか、人集りができ、カメラのフラッシュまで焚かれている。
「チョウジ! おつかれ~!」
その人集りに臆することもなくいのが割入って、シカマルが後に続くのは、肝が据わっているのか慣れなのか。
10班のそんな姿に、7班の8班の面々は、ただただ呆気に取られるしかなかった。
暫く人集りの輪の外で立ち竦んでいた彼等だったが、ほら何やってるの!といのに急かされ招かれ、漸くチョウジの取った場所に集まる。
術を解き元のサイズに戻ったチョウジは、それでもポッチャリ系に合わせて膨らんだ服はカボチャの様だった。
パレードが始まると、人々の視線と意識はそちらへ吸い込まれる。
チョウジの周りに集まっていた人々も、神聖な儀式のように静粛に始まった異国の慣行に固唾を呑んだ。
示し合わせていたらしく、明かりが一斉に消されたと思えば、揺らめく蝋燭の灯が一つ二つと現れる。
西洋の邦風の演出なのか、お囃子の代わりに流れ出した音楽は低くおどろおどろしい音。
「こ…これ、ほんとにパレードかよ…」
そう呟き顕著に震えたのはナルトで、始めは堪えていたのだが、突然ジャンッと大きく鳴った管楽器の音に、思わずぎゃっと飛び上がって隣に居たヒナタに抱き付いた。
「……な…ナ、ナナナルトくん…?!?」
「あ…ぅ、わ、わり…ってぇぇ、ヒ、ヒナタぁ!?」
はっとしてナルトは体を離したものの時既に遅し。
顔を真っ赤に染め上げて沈没するヒナタに、怖さも忘れて慌てふためく。
「ヒナタ!?」
「あ~らら…」
「何やってんのよ、ナルト!」
始めの厳かさから一変してぱっと照明が華開き、賑やかでテンポの良い明るい音楽が演奏されだしたパレードもそっちのけで、
ヒナタの周りに居た、キバ、いの、サクラがナルトとヒナタを覗き込む。
途端騒然としたが、それも一瞬で、気を取り戻したヒナタが恥ずかしそうにしながら「ご、ごめんなさい…」と立ち上がればほっと安堵の溜め息が漏れた。
そんなこんなで出端が挫かれたものの、陽気なパレードの幕は開き、異形なる者たちの奇妙で奇怪な行列がそぞろ行く。
漸く落ち着いて観られるようになった頃には、家々のカボチャも再び怪しい光を灯していたが、パレードの方に熱中しているのだろう、子供の姿は無かった。
そんな中、キバはふと隣のシノに目を遣った。
立てられた黒いコートの襟の先には、華麗なパレードの光色を浴びて染まる白い頬が垣間見える。
律儀に付けた人工的な犬歯を覗かせ、夜でも付けたサングラスが、まるで本物の吸血鬼の様だ。
そう思うと、シノの仮装を見たヒナタの第一声もそれだったなと思い出す。
テントから出てきたヒナタの魔女姿は、毒々しさには欠けるがとても似合っていて、新米の魔女といった風貌だった。
キバが「似合ってる」と褒めると、ヒナタは「キバくんも。恰好良いよ」と拳を握り締めてキバを褒めてくれたが、キバはなんとなく慰められている気がしてならなかった。
そしてその後、赤丸のコスプレを終えて現れたシノを見るや、ヒナタは「本物みたい」と目をぱちくりさせていた。
また間違いなく一番良く褒められていたのは赤丸で、「可愛い可愛い」とヒナタだけでなくいのやサクラにも愛でられて、
プロデゥースしたシノは満足気だったが、キバは除け者にされたみたいに微妙な心持ちだった。
その赤丸は、キバの腕に抱かれてパレードに魅入っている。
本物の吸血鬼みたいなシノもまた、じっとパレードを見据えたまま身動ぎしない。
コートの裏地の深紅がまるで血の様に新鮮で、キバは思わずどきりとした。
赤と、黒と、白のコントラストが、闇と光の狭間で酷く綺麗に見える。
「なあ、シノ」
そんな時掛けられた声に、無言でシノが顔を背けた。
黒い眼鏡の表面を、濡れたような灯りが滴る。
それを正面からとらえたのは、シカマルだった。
「そのグラサン、取った方がいいんじゃね?」
「………何故だ」
「いや、取った方がもっと吸血鬼っぽいんじゃねーかと思ってよ。まあ、ちょっとした好奇心」
「吸血鬼のサングラスは、変か?」
「違和感はねーけど。無くても様になると思うぜ?」
結局シノはサングラスを外す事はなく、シカマルの用もそれだけで、二人の会話はすぐに終了した。
話が終わるとローブの男はパンプキン男の元へと帰っていったが、気に入らないのは狼男である。
「シノ」
ぶすっと口を尖らせてキバが呼ぶと、シノは今度はキバの方へ顔を向けた。
話題の中心だった黒眼鏡は、相変わらずその表面に灯水を潤ませている。
そのグラスとその奥にある瞳を睨み付けながら、キバが不機嫌そうに言ったのは、
「トリックオアトリート!」
と言う、呪文。
「…………」
「…………」
「…………何を怒っている」
「怒ってなんかねーよ。菓子寄越せっつってんの」
「持っているわけないだろう」
「んじゃ、イタズラすんぞ」
ずいと差し出された掌と、睨んでくる眼に小首を傾げたシノだったが、キバの態度の悪さに眉を寄せる。
「……勝手にしろ」
不愉快になったらしく、そう呟いてパレードへと視線を戻してしまったシノに、キバは更に口を尖らせた。
そして、抱いた赤丸に何か耳打ちをすると、よし!という合図と共に赤丸がシノの頭に飛び乗った。
「なっ……?!」
シノが怯んだ隙にキバはシノの襟を鷲掴みにしてぐいと引き寄せ、薄い膜の張った首筋に噛み付く。
一瞬びくっとしたシノに、にやりと笑みを零した。
「これで勘弁してやるよ」
本物の犬歯を覗かせながら言えば、シノが息を呑んだのがわかり、より楽しくなる。
キバが襟を離して解放すると、シノは赤丸を頭に乗せたまま姿勢を戻し、ごそごそ襟を正し始めた。
その襟の向こうで、先程まで白かった頬が、パレードの照明に関係なく紅く染まっているのをキバは見逃さなかった。
そんなシノの反応に満足して、再び赤丸を腕の中に取り戻す。
「………キバ」
「んん?」
一変して上機嫌になった狼男に、頬を染めた吸血鬼が鋭い視線を向けながら問う。
「今のは、トリックとトリート、どっちのつもりだ」
その問いにきょとんとしたものの、すぐに不敵な笑みを零す狼男。
腕の中で小悪魔が、ゆらりと尾を揺らした。





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あとがき
ま…間に合わなかった……。
日付が変わってしまいましたが、ハロウィン企画です。
ハロウィンは、実際に体験した事がないのでいまいち解らず想像に妄想を重ねてこうなりました…。
時間的には下忍の始め頃。
ワイルドな衣装の所為か、関白気味で、嫉妬しても余裕を見せる超珍しいキバです。
矢っ張り、キバは狼男しか思いつきませんでしたね。そして、シノは吸血鬼。
どっちもかなり似合うだろうなと。
そして洋書で予習したシノは、狼男をウルフマン、吸血鬼をヴァンパイアと言い直します(笑)
ハロウィンの雰囲気を出すため、表ですが黒面橙字にさせていただきました。












(07/11/1)