ひとりぼっちの海辺
ざあざあと寄せては返す波の音。
キラキラと光る青い海。
風の匂い。
赤丸は、そんな状景を真っ新な砂浜で見つめていた。
とてもとても綺麗な景色。
けれど。
―――――――誰もいない。
赤丸は、ひとりだった。
ザブンザブンと岩礁にぶつかって散る水しぶき。
吸い込まれるような青い空。
白い雲。
さらさらな星の砂が足下に広がっている。
とてもとても心浮き立つ。
けれど。
ツメも、ハナもいない。
黒丸も灰丸三兄弟の姿もない。
優しく撫でてくれるヒナタも。
褒めてくれる紅せんせいも。
なにより、キバが、いない…。
ひとりぼっち。
この、綺麗で心浮き立つ風景を、一緒に見て、笑ってくれるひとが
いない。
なんて寂しいんだろう…。
クゥゥン、と、赤丸はキバを呼んだ。
ざあざあという波打つ音が、強くなる。
それと共に、寂しさも増す。
キバに見せたい。
キバに笑ってもらいたい。
キバに会いたい。
キバ。
キバ。
キバ。
キバ。
「おい、赤丸」
匂いも音も何もなかったはずなのに、不意に後ろから掛けられた声に、思わず耳が立つ。
振り向くと、キバがいた。
でも、何故かちょっと、困ったような顔。
「ほら赤丸、ダメだろ」
ダメ…?
何か、いけないことをしたのかな…。
不安になった赤丸の眼前が、伸ばされたキバの手によって遮られて、真っ暗になる。
声が聞こえ難くなり、「
……ろ」と途切れた声が反芻する。
なに……?
キバの声をよく聞こうと耳をそばだてた、次の瞬間。
「起きろ、赤丸。シノが動けねぇだろ。お~き~ろ~!」
声がはっきりと聞こえ、ぱっと開けた視界に、逆光のキバが現れた。
しばしぼうっとしてからきょろきょろと見回すと、くすくすと微笑っているヒナタ、少し離れたところにちょっと呆れ顔の紅せんせい。
そして、顔を上げると黒い眼鏡が覗き込んでいる。
「起きたか、赤丸」
低く静かな声が、からだに直に響く。
赤丸は、木にもたれて座るシノの腹で眠っていたのだ。
ざあざあと、シノの中から波の音がする。
………否。これは、蟲の音だ。
赤丸はそうとわかった途端にぱっとシノの腹を蹴って飛び上がり、キバの懐に飛び込んだ。
――――――ビックリした。
キバのところ以外で目が覚めたことなど、ほとんどなかったから。
けれど安住の地…キバの服の中に潜り込むと、そんな驚きも薄れて、キバの匂いに安堵する。
「なんだよ赤丸。嫌な夢でも見たか?」
そんな赤丸の様子に、からかい調子でキバが言う。
言いながら、もう大丈夫というように赤丸の頭を撫でた。
「………………俺のせいか…?」
赤丸が退いて漸く身動きの取れるようになったシノが、少し痛かったのか腹を押さえながら起き上がり、眉を寄せる。
心外なという響きが籠もった口調だが、もしかしてと思っているのか、僅か心配も混じっているようだ。
「…………もしそうなら、悪かったな」
そう言って、キバのジャケットから顔を覗かせる赤丸の頭を、やんわりと撫でた。
しかしすぐに手を離してポケットに収めると、紅を見て言う。
「お待たせしました」
「よし! じゃあ、演習を再開する。整列!」
紅の掛け声に、3人が紅の方へと移動を始める。
皆を待たせてしまっていたのだと気付いた赤丸だったが、悔やむ前に、前を歩くシノの後ろ姿を見て思った。
波の音は、蟲の音だった。
風の匂いは、蟲の匂い。
では、あの寂しい景色はなんだったのだろう。
誰もいない、寂しい寂しい、ひとりぼっちの海辺。
「!??」
「あ、あかまる!?」
赤丸は、本能的に、その寂しそうな背中へ飛び移っていた。
目をまん丸く見開くキバを尻目に。
ビクッとして動きを止めたシノの襟の中にもぞもぞと潜り込んで、正面に這い出る。
「アンッ!」
そして元気に一声。
目の前に現れた赤丸に、一体何だと珍しく動揺したのか、驚いたような困ったような顔をしているシノ。
もう大丈夫。
さっきキバにされたように頭を撫でる事はできないから、代わりに鼻筋をその顔に擦りつける。
もう大丈夫。
ひとりじゃないよ。
赤丸の奇怪な行動に首を傾げる8班の面々。
けれど。
ざあざあと波打つ音がふと止んだことに、赤丸だけは気付いていた。
その夜。赤丸は、海で皆と遊ぶ夢を見た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
長文が続いていたので、久々にSSチックなものを。
シノの襟に潜り込む赤丸の図が堪らなく好きです。
赤丸が主役になると、メルヘンチックというか、のほほんとしたものになります…。
こんなんでいいのか、忍犬!
と思いますが、可愛いので(笑)
シノというより、寄壊虫と赤丸のアイコンタクトならぬ、イアーコンタクト?
きっと、人にはわからぬ意思疎通ができるのです。
蟲と犬。
お互い、主大好き。
でも蟲たちはシノの命令無しに勝手なことできないので。
たまに赤丸の力を借りてたりしてw
(07/9/16)