お囃子や太鼓の音がどこからともなく響いてくる。
煌々と電気の付いた裸電球にぶつかっていく小さな虫。
剥き出しの黒いコードの先では、発電機が唸り声を上げている。
赤や黄色や橙色にぼんやりと染まった屋台が道の両脇に連なり、大人から子供まであらゆる人が雑多するお祭りの風景。
掛け声呼び声囁き声。
はしゃぐ子供に泣く子供。
酔っ払いが騒いでいるのか、豪快な笑い声がどっと沸いた。
浴衣姿のカップルが悉く手を絡め合っているのを見て、アスマは思わず苦笑を漏らす。
いつの時代も変わらない、相変わらずな光景だ。
そんな、誰しもがお祭り気分で浮かれる中。ふと見上げた視線の先に、アスマは見知った影を見つけた。
華やかな路の陰で、いつも以上に闇の深い屋根の上。
あんなところで彼奴は何をしているのかと、呆れた眼差しを向けた。
祭の音
「おい」
他人様の家の屋根に佇み、どこぞを見つめている少年にぶっきらぼうに声を掛ける。
「何やってんだ、お前」
少年が振り向くと、月の光か、白銀の光が黒眼鏡に不気味に反射した。
「………アスマ先生こそ、こんなところで、何を?」
「こっちが訊いてんだよ…。こんなところって思ってんなら、何で居んだ」
屋根の上を音もなく黒眼鏡の少年…油女シノに歩み寄り、その隣に屈んでひょいと下を覗くと、祭りの灯りが眩しく輝く賑わう通りがよく見えた。
「…………眺めていました」
「祭を?」
「はい」
「楽しいかぁ…?」
「楽しいです」
信じられんといった表情でシノを見たアスマを、シノは真っ直ぐ見つめ返しながら淡々と応える。
その様子は、到底楽しんでいるようには見えない。
「………」
矢張り此奴はよく判らん。
疑念を含んだ眼で暫しシノを見据えた後、アスマはゆっくりと再び視線を足下に落とした。
「……………ま、楽しいんなら、いいけどよ…」
暫くそのまま黙って祭を眺める。
上から客観的に観る祭の様子は、中で観るより視界が広範囲に広がったためか流動的なのが見て取れて川のようだなと思う。
出店に立ち止まる人間は、差詰め岸に引っ掛かった石だろうか。
あちらで女の子がヨーヨーを釣り上げれば、こちらで男の子が綿飴を強請り、
あっちにくじでぬいぐるみを当てた老夫婦がいれば、こっちにはかき氷の屋台の前に並ぶカップルがいる。
見事にばらばらで統率性がまるで無いにも関わらず、なぜだか全体がよく馴染んでいる、不思議な光景。
楽しいというより微笑ましいな…と思いながら、射的に興じていた若者達が他の場所へ移動し始めて漸く、
アスマはよっこいせという掛け声が似合う動作で立ち上がると、同じように祭に視線を戻していたシノを見下ろした。
「……お前、下りた事は」
祭に参加した事はあるのかと問えば、否と返る。
「人混みは嫌いです」
「嫌いな人混みを観るのは好きなのか」
「はい」
なんとも複雑な好色だなと、息を吐く。
この複雑怪奇な少年に、普通の楽しみ方を教えるのは、大人の役目だろう。
「なあ、シノ。何事も、経験だと思わないか?」
「………それは……思いますが」
一体何を言い出すのかと訝し気に見上げてくるシノに、アスマはにぃっと片頬を吊り上げた。
「じゃあ、俺が、祭の世間一般の楽しみ方を教えてやる」
そう言うや否やぐいとシノの襟首を摘み上げて、ふっと闇に溶けた屋根の上から姿を消したかと思うと、
次の瞬間には眼下に見下ろしていたはずの光景の中に佇んでいた。
猫を扱うようにシノを下ろし、ぽんとシノの頭に掌を置く。
「まずは手始めに何か食うか」
「……………アスマ先生……」
「………あ? 何事も経験だっつったろ。今更嫌だとか言うなよ?」
「いえ。世間一般の祭の楽しみ方というのを教えて下さるなら、享受します。ただ…」
「ただ……?」
「無駄遣いは、良くないと思います」
「…………」
初っ端からこれでは先が思いやられるなと、アスマは閉口した。
「……あのな、シノ。まず第一にこれを覚えとけ」
「?」
祭の楽しみ方心得1。
「祭は、無駄遣いするためにあるんだよ」
黒い眼鏡の奥の瞳が、驚いたように見開かれたのがうっすらと見て取れた。
腹はあまり空いていないと言うシノにより、祭の遊びを網羅することになった。
くじ引き、数当て、紐釣り、輪投げ、射的。
途中ガラス細工や雑貨、お面の店で油を売りながら出店を梯子する。
ヨーヨー釣りや型抜きなどの細かな作業が必要なものはアスマより手先の器用なシノの方が断然上手く、
型抜きでは難易度の高い馬型を初めてにして見事に抜ききった。
「お、あったあった。おいシノ…」
その勢いで、では次は金魚すくいだと勇み店を探し出した時、アスマははたと気付く。
さっきまで少し後ろをぴったりくっついて来ていたシノの姿が無い。
きょろきょろと見回すが、喧騒の中往来する人の流れが無情に過ぎていくだけで、影も形も見当たらない。
祭名物、迷子。
こんなとき利く鼻があればさぞかし便利だろうが、カカシやキバと違って生憎そんな持ち合わせはない。
「まいったな…」
顔を歪ませて、頭を掻く。
さてどうしたものかと思っていると、不意にぽんぽんと背中を叩かれた。
「あ…?」
振り返ると、くじで引き当ててしまった猿のビニール人形を腕に巻き付けた探し人の姿。
「おお、良かった。何処行ったかと思ったぞ」
「少し行き過ぎました」
「でも、よくここがわかったな」
アスマがほっとして言うと、シノは「こんなこともあろうかと」と言ってすっとアスマの襟を指し示す。
その先には、雄の蟲が嗅ぎ付けるという、雌の蟲だと思われる小さな小さな蟲が1匹。
「…………油断も隙もねぇな…。」
これではどちらが迷子かわかりゃしない。
アスマはぎこちない苦笑いを浮かべたが、シノの興味は既に金魚にあるらしく、
説明を終えるとさっさと金魚すくいの屋台の中に入って行ってしゃがみ込んだ。
体を小さく丸めてプールの中を覗き込む後ろ姿は、どうみても子供そのもの。
引き当ててから暫くは笑いのネタになった猿との腕組みも、見慣れた所為か随分馴染んだ。
「アスマ先生」
「ん…?」
しみじみとシノの後ろ姿を見ていたアスマは、振り返ったシノの呼びかけにはっとして、慌ててしかしゆったりとした足取りで歩み寄る。
「どうすれば」
そう言うシノに、ああ金魚すくいのやり方かと、口角を上げた。
見た目判り難いが、どうやら祭の楽しみがわかってきたようだ。
わくわくと表現するにはまだ無理があるが、その方向性の心持ちが僅かに窺える。
「ま、まずは一度やってみな」
屋台のオヤジに金を渡して受け取ったポイと水の入ったお椀をシノに渡しながら、アスマは意味ありげな笑みを浮かべて言った。
シノは少し眉を寄せたが、言われた通りに初めて手にした丸い面に紙の張った用具を大中小の金魚が泳ぐ水に入れ、ついと水面に浮上した小赤の方へ動かす。
と、紙はあっけなく破けてしまった。
「まあ、そんなもんだろうな」
あはははと遠慮無く笑うアスマに、シノは眉間に皺を刻み込む。
「そんな顔すんなって。最初から教えちまったら、身に付かねーだろ? これにはな、コツが要るんだ」
楽しそうな顔でバンッと景気付けにシノの背を叩き、今度は2つポイをもらって1つをシノに渡しもう1つを自身で持つ。
「まず、紙はそっと、全部水に浸す。濡れた面と濡れていない面の境が一番破けやすくなるからな。いっそ全面入れちまった方が破けにくくなるんだ」
そう言いながら、手慣れた感じですいとポイを水に浸した。
シノは、身動ぎ一つせずにその所作をじっと見、指南を聞いている。
「んで、獲物を追うんじゃなくて、待つ」
侵入物にぱっと散り散りになっていた金魚たちが、暫くするとそろそろと戻ってくる。
その内の一匹がすうっとアスマのかまえた紙の上に差し掛かった瞬間、ひょいと水を切るように掬い上げると、
水から出たポイの上で小さな赤い魚がピチピチと跳ねていた。
「ほら、お椀」
ビックリしたようにまじまじと薄い紙の上の金魚を見つめているシノに、苦笑しながらアスマが言えば、
シノははっとしていそいそとお椀を差し出した。
ポチャンとお椀の水に滑り込んだ金魚は、元気にあっちこっちへ動き出す。
その様子を暫し覗き込んでいたシノだったが、負けず嫌いな質が疼いたのか、ふいと顔を上げで再度挑戦を試みる。
だが、こればかりは手先の器用さと集中力があっても、コツを掴む必要がある。
型抜きの時は運も多分に手伝ったが、金魚相手ではビギナーズラックも通用しない。テクニックの問題だ。
だから今回は取れないだろう、とアスマは践んでいた。
―――――――しかし。
繊細な蟲を扱う者の神経の細かさを甘く見ていたと思い知る事になる。
一度二度失敗した後、早くもコツが掴めてきたのか、三度目にして小赤を一匹ゲットすることに成功した。
そしてそれから、怒濤の快進撃が始まる。
5本目は、小と言わず中と言わず大と言わず、小赤、姉、大姉、出目金を次々と掬い上げ、一度に2,3匹掬う事もままあった。
3杯のお椀はあっという間に満杯になり、20匹は悠に超えるその量に、野次馬が集まってくる程だ。
青ざめた顔の屋台のオヤジを尻目に、「頑張れ」や「凄い」という声が飛んでくる。
「お、おい…おま………取り過ぎだぞ…!」
しかしいい加減止めなければ本当に破産させてしまうと、アスマははたと気付いて慌ててシノに囁く。
だがしかし、取っている張本人も困ったような声を返してきた。
「それが、なかなか破けなくて……」
「ぁあ?」
その返事に、まさかと思いながらも、シノに言う。
「……………あのな。紙が破けなくても、終わらしていいんだぞ?」
「………………………そうなんですか…………?」
再び一匹追加しながら、シノがピタと手を止める。
やっぱり……とアスマは盛大に溜め息を漏らした。
この初心者は、紙が破れるまで終われないのだと思っていたのだ。
結局総数37匹という不敗神話だけ残して、真っ赤なのと黒の斑点のある小赤、それから出目金を一匹ずつ、計3匹だけをもらう事になった。
他は全てプール内に戻し、野次馬にぱらぱらと拍手を受けながらそそくさとその場から退場してきた二人は、暫く早足で歩いた後、漸くゆったりとした足取りを取り戻していた。
「………ったく。焦ったぜ、マジで」
「………すみません……」
ふうと息をつくアスマに、シノが頭を下げる。
左手には3匹の金魚が泳ぐ透明なひも付き袋を引っ提げ、右手はアスマの左手に握られている。
金魚すくいの屋台から逃げるように出てくる際、シノが店のオヤジに楽しかったと礼を述べてぐずぐずしていたため、ひっつかまえて来たのだ。
それにしても…と思い出したのは、金魚を戻すと言った時のオヤジのほっとしたような顔。
あんな顔になるのも当然だなと、アスマは乾いた笑いを漏らした。
「まあ、いいさ。楽しかったんだろ?」
「はい」
世間一般的な祭の楽しみとは言えないが、まあこういうのもありかと楽観的に解釈してアスマが尋ねれば、シノが即答する。
表情は相変わらずだが、どうやらよっぽど楽しかったらしい。
だが不意にその表情を曇らせて、「ただ…」と呟いた。
「ん…? 何だ?」
「ウチには、金魚鉢が無いんです…」
「………水槽は…?」
「あります」
「なら、それでいいんじゃね?」
「……………そうですね…」
そう言うものの、矢張り金魚鉢に固執しているようで、表情を曇らせたままだ。買うかどうか、熟考しているのかもしれない。
金魚は金魚鉢に……複雑なのか単純なのか。
矢っ張り此奴は良く判らない。
と、アスマは左隣を歩くシノを見下ろしながらしみじみと思った。
「……ちっと陽に焼けてるが、俺のやろうか?」
金魚鉢…と言ってみれば、ぱっと顔を上げる。
シノが初めて見せた明らさまな反応に、アスマはおっ?と、ちょっと驚いた。
「いいんですか?」
「お……おう…。ガキの頃のだが、ひび割れも無いはずだし…」
「是非」
積極的なのは良いが、突然なられるとたじろぐものだ。
アスマも例外ではなく、たじたじになりながら今度渡す約束をした。
したというより、こじつけられた。
確固たる口約束を結ばせると、シノは満足したのか再び大人しくなる。
それでも内心は嬉しくて仕方ないのか、繋いだ手がきゅうっと強く握られたのを感じて、アスマは狼狽えた。
大人びたところはシカマル以上だと思っていたが、一方で随分と子供っぽい所作をする。
言う代わりに、じっと見つめたり頷いたり眉を寄せたり瞬きをしたり。些細な動作に意味があるため、目が離せない。
表情が無いため、わずかに漏れ出す雰囲気を感じ取らなければならず、気が抜けない。
シカマルが生意気な小僧なら、此奴は利口なガキかと、アスマは唐突に思った。
じろじろと見られているのに気付いたのか、シノが不意に顔を上げてアスマを見る。
視線が合うと、何か、というようにちょこんと小首を傾げた。
「い、いや……。何でもねぇ」
狼狽えた様子のアスマにシノは一瞬眉を寄せたが、ふと自分がアスマと手を繋いでいる事に今更気付いたらしい。
「すみません。気付きませんでした。手、放します…」
掴んでいたのはアスマの方だが、ほとんど力の入っていなかったその手からスルリと白い手が抜かれる。
その途端、アスマは不安感に駆られた。
また見失うのではないかという不安か、それに似た喪失感。
「シノ」
兎に角安心するために何か繋がりを持ちたくて名を呼べば、不思議そうに、シノが再びアスマを見上げる。
「…………………お前、花火も屋根の上で見てんのか?」
自分でも思いがけない呼びかけだったため、アスマは慌てて頭をフル回転させて、ぱっと閃いたのがこれだった。
冷や汗が、頬伝う。
「……いえ。花火になると屋根の上にも人が来るので。その頃には家に帰ります」
「花火、見ないのか?」
「見ても変わり映えしませんから」
そう言いながらくいと黒眼鏡を指先で押し上げる。
「それに、見るのであれば静かに見たい。人の歓声や拍手が起こると、興が冷めます」
眼前に広がる大輪の花と、それに続く轟音の余韻に浸るのが好きだと、大人びた利口なガキは言う。
その気持ちはわからないでもないなと、アスマは思った。
しかし。
祭を楽しむには、客観的に眺めていても、一人で夜空に魅入られても、ダメだ。それでは、真の意味で楽しむ事にはならない。
「………なあ」
「はい…?」
祭の楽しみ方を教えると豪語した以上、その責務は果たさなければならんだろう。
と、どこか言い訳じみた事を思いながら、アスマは今もきちんとここに居るシノの頭に無造作に手を置いた。
「今日は、俺に付き合え」
上から圧迫され眉間に皺を寄せたシノの様子に、思わずにやりと笑みが漏れた。
それからアスマは何故かたこ焼きや焼きとうもろこしや焼きそば等の食べ物、飲み物を買い漁りながら進み、
やがて出店の並ぶ路を外れて小高い丘の上へとシノを連れて行った。
花火開始時間が近いため、見晴らしの良い丘の上には敷物を敷き場所取り済みの人々が集まっている。
既に満席状態。今から取れる席など無いはず…。
と思っていると、その視界に見知った人物達を捉えて、シノは得心した。
「おう。待たせたな」
「アスマ先生、おっそ~い!!」
ズカズカとレジャーシートの合間を突き進みながらアスマが声を掛けると、その内の一人がポニーテールを揺らして振り返り、開口一番声を張り上げた。
そしてアスマの巨体の後ろから付いてくるシノの姿を見つけて、目を丸くする。
「って、あれ…シノ…!?」
「ぁあ…?」
「……?」
その名前に、寝そべって視線だけ向けていたシカマルが起き上がり、僅かに顔を向けながらも手元のポテチに熱中していたチョウジも首を回した。
「ちょっと、なんであんたがアスマ先生と一緒に来んのよ??」
代表者が当然の驚きの声を上げれば、アスマはどさどさと買い求めてきた食料と飲み物の袋を敷物の上に無造作に置いて
「ほらチョウジ。食い物買って来たぞ」と言ってから笑って答える。
「下で見つけたんで、拾ってきた」
「拾いもん扱いかよ……」
アスマの声掛けにぱっと顔を輝かせて、早速食べ物の袋を漁りだしたチョウジの向こうで、シカマルが上体を捻って呆れた声で言う。
「しかも、な~に? その猿! カッワイ~」
そしていのが、アスマの横に並んだシノの腕にしがみついている可愛らしい猿の人形を見つけてからかうと、シノははたと左腕に取り付いた猿を見て、ぐっと眉間の皺を深める。
アスマの視点からはふて腐れたように僅かに尖った唇が見えて、小さく苦笑した。
「それに、それ、金魚か?」
次の指摘はシカマルで、猿が巻き付いた腕の先の手に吊り下がった袋を見て、言った。
すると、アスマが可笑しそうに笑って、ぽんと親しげにシノの肩に手を置き応えた。
「ああ、そうそう。此奴初めてのくせに37匹掬いやがってな」
「さ…37匹!?」
「……マジかよ…?」
いのが驚き、シカマルが疑わしそうにシノに確認する。数に関して間違いはないため、シノは「まあ…」とだけ声を絞り出した。
「ってゆーかアスマ先生。買い出し遅くなったの、シノと遊んでたからでしょう!!
も~。こっちはチョウジが『お腹空いた』って五月蠅かったんだからねっ!?」
シノの意外な特技に暫し驚いていたいのだったが、はっと思考を切り替えてアスマにむかって言う。
「いやぁ、悪い悪い」と後頭部に手を当てて少しも反省の色が見えない態度で謝罪するアスマに、腰に手を当てた恰好でやれやれと溜め息を吐くいの。
シカマルは金魚にも猿にも興味を失ったのか、たこ焼きを頬張るチョウジの横に置かれた袋から麦茶のペットボトルを取り出している。
そんな光景を眺めながらどこをどう見たのか、相変わらずこの班は仲が良いなと、シノは心の中で淡々と思った。
それにしても…と小首を傾げる。
「アスマ先生」
「ん…?」
いのの説教をやり過ごして、今度はシカマルにビールを取ってくれと頼んでいるアスマに声を掛ければ、きょとんとした顔で振り返る。
「お前も飲むか?」
「……いえ。結構」
アスマの申し出を丁重に断ってから、シノは訊いた。
「先生が出店の会場にいたのは、もともと食糧調達のためだったんですか?」
「まあな」
「………」
不意に沈黙したシノに、アスマが訝し気な顔をする。
「何だよ」
「………世間一般的に、そういうのを『パシリ』と言うのでは」
「………………人聞きの悪い。ジャンケンで負けただけだ」
シカマルからビール缶を受け取って体勢を戻したアスマに応えれば、心外だなと返る。
その返事に、成る程ジャンケンで負けてパシらされたのだな、とシノが納得した時。
パン、パンッと花火大会の開始を告げる音だけの空砲が空に響き、丘を照らしていた照明がアナウンスの後ふっと消えた。
「あっ! 始まるみたいよ!」
ざわつく中いのの声が聞こえた、次の瞬間。
ひゅうぅぅぅぅぅ。
立ち上る音に、静まり返る。そして音が消えた沈黙の後。
ぱ。
大輪の花が、夜空に花咲く。
ドオオォォォォン!!
少し遅れて轟いた音に息を呑む。
キラキラと星粒のような光を残して散り逝く火の花。
その名残も闇に消えると、一時の沈黙を経て再びざわめきが戻る。
感嘆の溜め息と、感激の言葉と、賞賛の拍手。
シノは、後ろを振り返り、そんな人々に目を懲らした。
「夏の風物詩が花火ならな」
不意に隣から掛けられた声にそちらを向けば、薄暗い中に夜空を見上げるアスマの姿が浮かんでいる。
「祭の醍醐味は、人だ」
ひゅうぅぅという音が再び空に登り、ぱ、と花が咲く。
今度は黄金の枝垂れ柳のような光が現れ、立て続けに赤や緑や橙の小花がぱっ、ぱっ、ぱっ、と広がる。
光が少し煙った夜に消えると、たま溜め息と歓声と拍手が生まれた。
「祭ってのは、皆と一緒に楽しむもんだ」
花火の光と音に身を包まれながら、それでもアスマの声は、シノにははっきりと聞こえた。
「世間一般的に、な」
湧き起こる人の音に、祭は熱を、帯びていく。
シノは、外から眺める祭と、無駄の一切無い花火が好きだと、矢張り思う。
けれど。
「たまには、悪くないですね」
微笑ったようなアスマの手が、ぽん、とシノの頭を叩いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
カカシノに比べて……長い!(笑)
アスマ先生は、シカマルにも似ていますが、キバのキャラクターに近いような気がします。
だからか、けっこう書きやすいです。
アスシノというか、良いお父さんとお子様って感じですねぇ。
子供心を忘れないお父さんは、素敵だと思います。
途中金魚すくいの辺りノリノリで。終わりがちょっと微妙…?
でもまぁ…大目に見て下さい……。
ちなみに金魚すくいを、私は金魚救いだと思っていました(ぇ)
狭いプールの中から金魚を救おう!…みたいな(本当です)
でもあまり参加しない、不心得者でした。
だって掬えないから。
アスマ先生が言っていた金魚の掬い方は一応調べたものなので有効なのではないかと。
しかし37匹という数が多いのかはちょっとよく判りません。ただ、途中で止めたしこの程度かな?と。
手を繋ぐアスマ先生とシノとか、金魚救いまくるシノとか、パシリに使われるアスマ先生とか。
いろいろ書きたかったものを折り詰めましたが。
ビニール人形を腕に巻き付けたシノは、一度見てみたいものです。
おまけの絵↓
(07/9/15)