青々と茂った田んぼを横目に、サンサンと降り注ぐ太陽と蝉の声を浴び、短く濃くくっきりと自身の影を地面に刻みながら、テクテクと歩く。
手には産地直売の野菜が詰め込まれた、買い物籠。
販売場は少し遠いが、やはりスーパーで買うより安いうえに、新鮮だ。
暑さで萎びてしまう前にと急いでいたのだが、田んぼの真ん中に人の形をした人ならざりし物を見つけて、シノはふと足を止めた。
それは、白い布の顔にボロ切れでできた服をまとった片足立ちの人形。
傾いた麦わら帽子が、顔の左面に被さってしまっている。
まるでどこかの誰かみたいだなと無表情に考えて、再び正面を向いて歩き出した。
籠の中のとうもろこしのヒゲがなびく。
のっぺらぼうの案山子が、笑みを浮かべたような気がした。


かき氷


「シ~ノ~くん!」
家に帰り野菜を野菜室にしまって、漸く一息ついたところへ、まるで友達の家に遊びの誘いに来た少年のような声が聞こえてきた。
「………」
シノは出迎えるか追い返すか少し迷った後、しぶしぶ玄関へ向かう。
相手はあの上忍だ。
駄々をこねられては、ますます厄介なことになる。
門戸を開けると、にこにこと満面の笑みを浮かべたカカシがいた。
「なんでしょうか」
「かき氷、食べたくな~い?」
「かき氷…?」
突然何を言い出すのかと思えば、かき氷って…。
「ほら、早くしないと、氷溶けちゃうよっ」
「え…?」
見ると、カカシの手には買ってきたであろう氷が入ったビニール袋。
まだ溶け始めて間もないようだが、確かに早くしないと水になってしまいそうだ。
「さあさあ! はやくはやく!」
「…え……??」
あまりの展開に呆然とするシノの手を取り、カカシが了解もなしに油女邸の敷居を跨いでずかずかと上がり込む。
「あの……え…?!」
やはり追い返した方が良かったかとシノが思う頃には、カカシは既にシノの部屋の窓辺を陣取っていた。
「ほら、シノ。かき氷機」
「は……?」
「かき氷機だよ。氷をかき氷にするためには欠かせない、あれ」
ビニール袋から氷の袋やシロップを取り出しながら、当然の如く言うカカシ。
「それを…用意しろと?」
「そっ。俺、持ってないから」
唄うように超御機嫌で言う上忍に、最早言う言葉が無い。
シノは諦めたように二度三度頭を振って、大人しく従う事にした。
こうなったら、さっさとかき氷を食べさせて帰すしかない。


しかし、シノがかき氷機を手に戻って来た時、呆然とするのは今度はカカシの番だった。
「これ…きみん家のかき氷機……?」
シノが馬鹿正直に持って来たかき氷機を見て、カカシは思わず目を瞠った。
「そうですが、何か…?」
「何かって。これは……何ていうか…」
カラフルな箱から取り出されたのは、とてもとても可愛らしい、ペンギン型のかき氷機。
頭のハンドルを回すと、意味もなくくちばしをパカパカ開閉する代物だ。
油女一族の厳格なイメージも、このペンギンの前では総崩れ。
家名に傷が付かないかと心配になる程それは……。
「可愛いね…」
そうとしか言えなかった。
しかしそれに留まらず、カカシは次のシノの言葉に更に絶句する。
「そうですか。実はシロクマさんもあったのですが…」
「し…シロクマさん…!?」
「ちょっと汚れが目立ったので」
白いから…。と淡々と言うシノだが、気になるのは汚れではない。
「シ、シノ……。今…シロクマ『さん』と言いました…?」
「はい…?」
「だ、だから…シロクマ『さん』って…」
奇妙に慌てるカカシを見つめて、シノはああ、と呟いた。
「親父がそう呼んでいるので、俺もそう呼んでいます。シロクマさんと、こっちがペンギンくん」
シロクマさんに、ペンギンくん……。
そんな呼び方をする父親も父親だが、それを律儀に真似する息子って…。
きみ、思春期とか、反抗期とか、知らないの…?
まじまじと、シノと目の前に置かれたペンギンくんを見つめながら唖然呆然とするカカシに、シノがふと、そう言えばと言う。
「……何の疑いもなく、シロクマさんがお姉さんでペンギンくんが弟だと思っていましたが、今思えばほ乳類と鳥類で、種が全く違いますね」
そもそも雌雄の判別がない…と今更なことに妙に感心気に言うシノ。
カカシは、最早この下忍に、言う言葉が見つからなかった。


はたと気付いて、漸く氷をかき氷機にかけてかき氷製作を開始する。
ガリガリ。パカパカ。
ガリガリ。パカパカ。
バンドルを回す度に氷が削られ、ペンギンくんの口が開閉する。
「………」
「………」
お互い言う言葉が無いカカシとシノは、黙ってハンドルを回し、追加でシノが用意したガラスの器を押さえていた。
そうして出来上がった、真っ白なかき氷。
「シロップ何かける?」
「では、メロンで」
「じゃあ、俺はイチゴね」
漸く会話を再開した二人は、お互いの器に盛られた氷にそれぞれシロップをかける。
キラキラと輝く水晶の上に、エメラルドグリーンとルビールージュ。
「きれいだね~。まるで宝石みたいだ」
「そうですか…」
子供のようにキラキラと光るかき氷を賞賛したカカシに対し、シノはあっさりと受け流して感情表現もなくかき氷をぱくっと口に入れる。
「もう少し感動しようよ…」
そう言ってから、カカシはシノのサングラスに目を留めた。
黒いグラス越しでは、宝石も石も変わらない。
「ねえ、サングラス…」
「こんなに明るい日に、はずせません」
取らない?というカカシの言葉を、シノがズレてもいないサングラスを指先で押し上げながら容赦なく遮る。
残念そうに、ちぇ、と舌打ちしたカカシだったが、すぐに何か思いついたように目を輝かせた。
「シノシノ」
「………はい?」
シャクシャクとかき氷とシロップを絡めていたシノが、呼ばれてカカシに顔を向けると。
「はい、あ~んv」
シノの前に、カカシがスプーンを差し出していた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
あまりに長い間その状態でフリーズしたために、スプーンに乗ったかき氷が溶け、危うく垂れそうになって漸くカカシが自分の器にスプーンを戻した。
「も~…。『シロクマさんとペンギンくん』は恥ずかしくないくせに、これは恥ずかしいの?」
「…………恥ずかしいとかそう言う問題では……」
「じゃ、いいでしょ。はい」
あ~ん。
「…………」
再び差し向けられたスプーンに、シノは思った。
仕方ない。これ以上抵抗しても無駄だろう。しつこく繰り返されるに違いない。それならいっそ、さっさと済ましてしまうべきだ。
スプーンの上のかき氷は、またもや溶けかけている。
シノは溶けきる前にと、スプーンをパクリと口に含む。
メロンと大差のない、甘いシロップの味が口に広がる。
「美味しい?」
「………まあ…」
にこにこと訊いてくるカカシに、シノは視線を反らして曖昧に返事をする。
「んじゃ、次。」
……次…?
まだやるのかと再びカカシを見ると、にっこにこと凄い期待顔を向けられていた。
「………」
まさか…と思えば、カカシが催促する。
「ほら次。シノの番」
そう言って、まだマスクをしたままの自身の口を指し示す。
やっぱり…。
シノは一つ、大きく溜め息を吐いた。
我慢、我慢。
忍に必要なのは忍耐だと自分に言い聞かせ、エメラルドグリーンに彩られたかき氷をすくい上げて、スプーンをカカシの前に差し出す。
なんだか、犬に餌をやる気分だ。
その問題の犬の方は、マスクを下ろしてから嬉しそうにスプーンにパクつく。
尻尾があったら、きっと振りたくっているに違いない。
「ん。美味い!」
「そうですか…」
シノは満足そうなカカシを一瞥して、再び自分のかき氷に着手した。
サクッと氷をすくって口に運ぼうとした、が、その時、ピタリと手を止める。
「……」
ちらとカカシの方を見れば、カカシも自分のかき氷にスプーンを挿していて、だがまだ口は付けていない様だ。
「あの…」
「ん…?」
シノが小さくと声を掛けると、な~に?というように振り向く。
「…………スプーンを、取り替えてもらえませんか」

カカシの手には、シノが口を付けたままのスプーン。
シノの手には、カカシが口を付けたスプーン。

カカシは自分の手元とシノの手元を交互に見てから、にっこりとシノに微笑みかけ。
「ダ~メ」
そう言って、ルビールージュの甘く冷たく美味しい宝石を、パクッと口にくわえた。





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あとがき
だんだんと手抜きになってきたのか。
それともカカシノの書き方がわからないのか(多分こっち)。
夏休み企画第4弾。
だいぶ文体が違うな…と思います。
カカシノはもう、これでいいですかね…。
超マイペース。
ゴーイングマイウェイなカカシ先生と、こちらはこちらで我が道を行くシノ君。
平行線のようで、微妙に接する妙なカンケイ…。
人が口を付けたものは、意識しなければ気になりませんが、意識してしまうとなかなか口を付け難かったりして。












(07/9/8)