夏男

自分より幾分背の高い植物に四方を囲まれながら、シノは仰いだ。
真っ直ぐ天上へ伸びる鮮やかな緑と黄色であろう植物の先には、青い空にひつじ雲が群れを成している。
どの色も、黒眼鏡越しでは感動も湧かないが、絵や写真で見たような非常に夏らしい色合いに違いない。
視線を下ろせば、こちらも夏の代表格のヒマワリが花びらと葉を力一杯に広げている。
陽に透けたその葉に、アブラムシであろうか、虫のシルエットを見つけた。
夏は、矢張り良い。
シノは、そう一人でしみじみと感じ入り、まるで迷路のようなヒマワリ畑の散策を再開する。
虫取りついでに散歩をしていて見つけた一面のヒマワリ畑。
背丈の高い花や大きい花というのは迫力があり、花の可憐なイメージとは異なるその力強さが、シノはけっこう好きだった。
もちろん小さく可憐な花も好きだが、それとは別に。
例えれば、ヒナタがナデシコなら、キバがヒマワリ。
ナデシコも好きなら、ヒマワリも好き。そんな具合に。
多様性なら群を抜く虫と同様、植物にも動物にも人間にも、それぞれの持ち味があるものだ。
その持ち味を互いに引き立てることが、チームワークである。
ただ、人という生き物はそう単純でもない。
自身の持ち味だけではなく、他の味にも興味を持ち学習し取り入れる。
ふと。
恐らく、ナデシコがヒマワリを見て思い出すであろう人物を思い浮かべて、こちらの方がキバよりイメージは合うなとシノは思った。
金髪にオレンジの服。
届くはずのない太陽に向かって背伸びするヒマワリの如く、でっかい夢を抱く男。
まあこちらは、物理的に100%不可能というわけではないが。
そんなヒマワリに、ナデシコは憧れ、そんな風になりたいと強く思い実践している。
花であれば、ナデシコがヒマワリになる事はない。
だが、人は努力次第で変わる事ができる。
シノにしてみれば、ヒナタは今のままでも十分通用すると思うが、本人が望むならナルトを目標にするのも良いだろう。
あそこまでハチャメチャでドタバタした忍になられては困るけれど、ヒナタなら上手くナルトの良い部分を取り入れられるはずだ。
ここで、ヒマワリの座をナルトに譲るならば、キバはなんだろうかと、少々思考がズレる。
キバのイメージはやはり夏だ。そして色は、赤だろうか。
夏の赤い花とはなんだろう。
アザミ、アマリリス、サルビア、シャクナゲ。
バラは…似合わない事もないが、なにか違う。
以前南方の国へ行った時に見掛けた……確か、あれは…。

そんなことを考えていると、体の中の蟲たちがざわめいた。
虫には甘い花の蜜や樹液を好むものも多いが、草食、雑食、肉食まで様々いる。
寄壊虫はチャクラが主食だ。
チャクラなら体内にあるので、食べ物に誘惑を受ける事はない。
だが。

「シノ! お前こんなとこに居たのか! 探したぜ!!」
此奴にはひどく嬉しそうに反応するようになった。
「こんな花だらけのとこに居るから、匂い探し出すの苦労したぞ」
とぶつぶつ文句を言いながらヒマワリを掻き分け掻き分け騒々しくやって来たキバに、シノは僅かに首を傾げる。
「任務か」
「…あのな。俺がお前探してたらそれしかねーのかよ」
呆れたように言うので違うのかと思い、シノはちょっと考えてから言った。
「……修行…」
「まず仕事絡みから離れなさい」
即座に否定されて、シノは眉を寄せた。
「では、何だ」
用があるから探していたのではないのかと暗に問えば、キバは明からさまな溜め息を吐いた。
「お前さぁ。その理屈馬鹿なんとかなんねーの?」
「理屈馬鹿…?」
「なんでもかんでも理屈で考えんなってーの」
初めて聞く用語に一瞬興味を持ったシノを諌めるように、キバはすぐさま言い換えて、シノの顔を無造作に両手で挟む。
そして言い聞かせるように、ゆっくりと、はっきりと告げる。
「俺は、ただ、お前に会いたかっただけ。それだけだ。わかったか?」
理屈など問題ではない。
理由など要らない。
ただ、会いたいと思ったから。
その科白に、蟲がざわりとうねる。










「…………………………………ハイビスカス………」
「…………は……?」
「ハイビスカス……南方の国で見た、赤い花だ」
「はぁ…?」
「お前に、よく似合う」
「そりゃ…どうも……」
「だが、やはりヒマワリも似合う」
「………あの~、シノさん…?」
突然俯き、独り言のようにぽつぽつと言い出したシノに、キバは呆気に取られながらそぉ~っとシノの顔を覗き込もうとしたが、
ふいと踵を返したシノにすり抜けられる。
「お、おい…。シノ…?」
そのままスタスタと行ってしまうシノを、キバは慌てて追い掛けた。


ハイビスカスも、ヒマワリも、緑も、青空も、ひつじ雲も。
躍動するこの夏。
全てが、キバにはよく似合う。
理屈抜きで。
キバは、夏の花ではなくて、夏そのものだと、シノは思った。
黒眼鏡越しでは見る事のできない鮮やかな世界。
直視するには眩しすぎる世界。
自分も、ナデシコやヒマワリと大差ない。
分不相応なものを見上げ、手を伸ばす。
「お~い。シノぉ?!」
ちょっと間抜けな声が後ろから聞こえてきた。
物理的には近いから、飛んで火にいる夏の虫になりそうだ。
と、シノは小さく息を吐いた。

この後、シノの中でキバのイメージが『夏男』と定着した事は、キバには内緒だ。





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あとがき
設定は中忍になってから、でしょうか。
キバの、シノに対する扱いをちょっとお兄さんぽくしてみました。
珍しいシノ→キバのキバシノです。
キバはやはり夏の人ですね。
イメージ色は、赤っていうか、赤と黒。
……………頬のペイントと中忍服だ(笑)
バラも、けっこう似合うと思います。
ヒナタは薄紫…これも中忍服だなぁ。
はじめスミレに例えようと思いましたが、スミレは春の花なので、ナデシコに。
シノを花に例えると何になるんでしょうね…。
花と言うより草っぽい。
これも中忍服か……?;












(07/9/4)