涼夏

「よく来たな」
厳かな門を抜け、石畳を渡り玄関の戸を開けると、シノが尊大な態度で出迎えた。
「おう」
そんな態度にかまうこともなく、シカマルは靴を脱ぎ、上がれと言われるのに従って油女邸に上がり込む。
暑くなり始めた時間帯に珍しく突然やって来たかと思えば、「スイカをもらったから食べに来ないか」というお誘いだった。
暑い夏。
断る理由もなく喜んで受けたはいいものの、スイカが冷える頃合は最も暑い時間帯。
よっこらよっこらやって来くる間に汗だくになり、服が体に貼り付いて気持ちが悪い程だ。
顔の端を流れる汗を拭いながら、シカマルはシノの後ろに続いた。
庭に面した縁側に到着すると、開け放した障子戸の向こうからシノが扇風機を出して来てスイッチを入れる。
「暑かっただろう」
扇風機の正面を指し座れと指示するシノに素直に甘えて、シカマルはどかっと扇風機の前に腰を下ろした。
火照った体に心地良い風を占領すると、思わずほうっと溜め息が漏れた。
目の前の白く眩しい庭には御丁寧にビニールプールが広げられ、氷水の中にまるまると太ったスイカが冷やされている。
扇風機の風に漸く揺れだした風鈴が、ちりぃぃんと鳴れば、ついさっきまでの暑さが嘘のように涼しくなった。
「あれか?」
他には考えられないが、なにともなく放す話題としてスイカを指すと、シノはシカマルの横に腰を下ろしてから頷く。
「ああ。今朝、いのいちさんにもらった」
「いのいちって…いのの父ちゃん…?」
「そうだ」
シノの母親が生花をやる関係で、幼い頃からやまなか花店へよくお使いに行っていたために、山中家とシノは案外懇意の仲であるらしい。
特にいのいちのお気に入りで、いの贔屓の次にシノ贔屓は顕著だ。
以前偶々道端で出会した時、「シノちゃん!」とちゃん付けで呼んだのには驚いた。
一緒にいるシカマルには目も呉れず、久々に会えた喜びとなかなか会えない現状の悲嘆を惜しげもなく訴える姿に、たじろいだ事を思い出す。
シノはシノで、知り合いの父親だからか、忍の大先輩だからか、諦めているのか、はたまた慣れなのか、抗うことなく抱擁を受け、されるがままだった。
「お裾分けをするにも一つしかなく、奈良や秋道の一方に持っていくと後々面倒なので、ウチに持って来たと言っていた。
家の者は、俺がもらったものだから友達でも呼んで食べろと言う。だから、お前を呼んだ」
そう淡々と告げて、シノは続ける。
「お前を呼ぶからには、チョウジを呼ぶべきかと思ったが、それには少し……足りないかと思った」
確かに。
大きく立派なスイカだが、チョウジにとってはまるまる一つでも足りないだろう。
それを3人で分けるとなると、チョウジの腹の虫はおさまらないこと必至だ。
「キバとヒナタを呼ぶことも考えたが、それではチョウジ一人を除け者にするようなので、やめた」
いのいちからのお裾分けなのでいのは除外したとして。
確かにキバ、シノ、ヒナタ、シカマルの面子でチョウジが呼ばれないのは可哀想だ。
しかしここで、シカマルはふと思いついた。
チョウジには物足りなくとも、二人で分けるには大き過ぎるスイカ。
もっと最善で、当然の選択肢があるではないか。
「なら、俺を呼ばないで、キバとヒナタだけ呼べばよかったんじゃねーか?」
シカマルを呼ぶから、チョウジの問題が起こるのだ。
であれば、8班だけに招集をかければ良い。
それならチョウジも何も言わないだろうし、キバの食欲と赤丸を足して考えれば多少残るかも知れないがスイカの量と割も合うだろう。
シカマルは、特に考えもせず当然の如くサラリと出した方法だったのだが、シノは心底驚いた様な顔をシカマルに向けた。
そして、感心したように言う。
「そうか……そういう手もあったのだな…」
「……………お前、夏バテでもしたか……?」
シカマルが呆れた表情をシノに向けると、シノはちょっと首を傾げ、口に手を当てて、何故こんな簡単な事に気付かなかったのだろうかと思案し出した。
そして暫しの間。
最早バックコーラスとして馴染んでしまった蝉の音に、風が吹いたのかチリンチリンと大きく揺れた風鈴の音が重なる。
扇風機は首も振らずシカマルの背に風を送り続け、陽の光に氷水がキラキラと輝く。
そうして漸く思考を終えたシノがふと顔を上げて、「わかった」と得心したように頷いた。

「俺は、お前を呼ぶことを前提としていたのだな。お前は呼ぶものだと、思い込んでいた」

「………」
シノが「思い込みを捨てられないようでは駄目だな」と眉間に皺を寄せる横で、シカマルは得も言われぬ感覚に体を硬直させる。
寒くもないのにぞくぞくと走り抜けた震えと、全身に立っているのではないかと思われる鳥肌。
暑い所為で溢れるのとは違った汗が、頬を伝った。
つまり、シノにとってシカマルは、無意識の内に絶対呼ぶべき者として格付けられているという事だ。
思い込んでいることにも気付かない程、自然で、当然の如く。
確かに一緒にいるのが当たり前のようになっていたとは言え確認したことなどなかったし、自然だったからこそ意識していなかった。
それが、スイカのお陰でこんな風に現れるとは…。
「シノ」
「ん…?」
シカマルは、もっと柔軟な考え方が必要だなと呟くシノの手の上に自身の手を重ねた。
そして、思考を止めて何だと振り向いたシノの額に額を合わせて。

「ありがとな」

この幸せな気持ちが伝わるように。

「………ああ…?」
しかし伝わっていなさそうなシノの声が耳に届いて、シカマルは苦笑を漏らした。
顔を離して、矢張りわかっていない顔のシノに向かって笑う。

「ほらスイカ。そろそろ食おうぜ」





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あとがき
シカシノで甘甘です。
自分でスイカを切り分けて食べるという経験が無いため、実際何人で食べれる量なのかわからず。
3人でも多すぎるような気もしますが…。独断と偏見と想像で書き進めた次第です。
そして漸く書けたいのいちさんのシノ贔屓…! 某サイト様で見掛けて以来、大好きです!
恋愛対象ではなく、とにかくシノを愛でる。エスカレートしていきますよ、この人は(笑)
今のところシカシノで登場ですが、他のところにもいつかきっと出没します。












(07/9/3)