※雛祭り、ハナビ誕の一応続きです。




小さなこいのぼり


五の月の初め。
火の国でも、青空を雄大に泳ぐこいのぼりの姿が見られるようになった。
今回八班の任務もまた、一組の鯉の一家を空高く放流すること。
「赤丸! シノ! ヒナタ! 引っ張ってみろ!!」
「アンッ!」
「う、うんっ!」
「……」
竿の上から降ってきたキバの指示に、赤丸は元気に、ヒナタは出来る限りの声で応え、シノはただ頷いた。
そして互いにも頷き合い、言われた通り、ロープを引く。
滑車が回り、地に這いつくばっていた鯉達がずるずると引っ張られて上へ上がっていく。
吹き流しがキバの足下まで上げられると、キバは両の腕で大きな輪を作った。
ロープを固定すると、さわさわと風が吹き鯉が僅かにはためく。
今まで大人しくこいのぼりが上がるのを見ていた子供たちが、我慢の限界と駆け寄ってくると、
まるでそれに応えるように、鯉達が一斉にぱっとその身をなびかせた。


わあぁぁぁと大きな歓声があがる。


「立派なこいのぼりですね」
縁側で依頼主から出されたお茶を手に、紅が言った。
「いやぁ…」
その向かいで、依頼主が頭を掻いた。
「ウチで立派なものといえば、あれくらいなもので。毎年子供たちがそりゃもう楽しみにしていましてね」
我が物顔で空を泳ぎだしたこいのぼりと、その下ではしゃぐ子供たちに視線を送る。
紅はその依頼主の横顔を見、そして右腕に巻かれた包帯を見た。
毎年、こいのぼりは依頼主が上げていたのだが、今年は直前に利き腕を骨折してしまったらしい。
しかしご近所は老人ばかりで頼めない。そこで木ノ葉に依頼してきたのだ。
「それにね」
不意に依頼主が紅に顔を向け、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
ちょいちょいと指差した先を見れば、紅も思わず笑みが零れた。
庭には、こいのぼりを見る子供たちを見に、ご近所の老人達も集まりだしていた。
云われ由縁はどうあれ。
空を泳ぐこいのぼり一家は、世代を超えたアイドルのようだ。



「でっけーこいのぼりだったな~」
「うん。すごかったね」
昼過ぎ、八班はほのぼのとした心持ちで帰路についていた。
今日の任務は珍しく先程のDランク任務のみで、時間に余裕があるのも、気持ちに反映しているのだろう。
「俺ンち、今年は上げないつもりだったけど、なんか上げたくなっちまったな」
キバが言うと、頭の上で赤丸も賛同する。
「なあ、お前ンちはどうした?」
紅と並んで後ろを歩いているシノを振り向き問えば、少しの間の後、返事が返される。
「俺の家に、こいのぼりは無い」
「…………へ?」
「…………え?」
その意外な答えに、キバも、ヒナタも足を止めた。
「あら、意外。油女上忍、こういう行事好きそうなのに」
紅が、二人の気持ちを見事に代弁した。
油女一族は、なんだかんだで行事は律儀に参加していそうなイメージがあり、中でも特にシノの父親――シビは好んで参加していると思われた。
シビと接触したことは、紅もキバもヒナタも多くはないが、それでも会った時の印象は揃って『ある意味、シノより子供らしい』だった。
実際、ちらほらと聞くお祭りや買い物の話は、シビに仕方なくシノが付き合っていると言う。
そんなシビなら、こいのぼりはとても好きそうだが…。
「親父は好きだが、これは一族で決めていることだ。なぜなら、『のぼり』とは元々立身出世を願うものであり、我が一族の望むところではないからだ」
シノの説明に、一同、なるほどと納得した。
「……じゃあさ、里に戻ったら、ウチに来ねぇ? やっぱ上げようと思うんだ、鯉のぼり。な、赤丸!」
キバが声を掛けると、頭の上の赤丸は嬉しそうに吠え、尻尾を振る。大賛成らしい。
こうして八班は、一度解散の後、キバの家に集まることとなった。



「おっす、シノ。早いじゃねーか」
家に帰り早速押し入れからこいのぼりのセットを引っ張り出していたキバは、約束の時間より早く来たシノを迎えて言った。
「手伝いに来た。こいのぼりを上げるなら相応の準備が要るだろう」
ついさっきこいのぼりの設置をして来たため、そのことを学んでいた様だ。
そういえば、とキバは今更ながら思う。
ヒナタはともかく、シノもこいのぼりの上げ方が分かっていなかった。
何が必要で、何をどうするのか、今回はリーダーらしくキバが指揮をとったのだ。
その時は、単純に自分で上げたことがないんだろうなと(心の奥ではシノも知らないことがあるのかとほくそ笑みながら)思ったが、
家に無いのなら知らないのも仕方ないかもしれない。
「……んじゃ、竿立てっから、手伝ってくれよ」
協力的なシノに気分を良くし、キバがニカッと笑って言うと、シノは頷いて応えた。


「……なあ、シノンちでこいのぼり上げないんなら、こどもの日は何もしねーの?」
竿を組み立てながらキバが、なんとなく思ったことを口にした。それに、組み立ての補助を続けながら、シノが淡々と答える。
「端午の節供に兜は飾る。人形ではなく、本物だ」
「嘘、マジ!? 兜なんてあんのかよ!?」
「忍は兜を着ることは無いが、まあ、安全祈願だ。兜には身を守る意味があるからな」
キバはへぇ~と相槌をうったものの、兜の意味などどうでもよく、心はその物に惹き付けられていた。
「なあなあ、今度見に行ってもいいか?」
「兜を?」
「おう」
「さして珍しいものでもないだろう」
「いいじゃねーか。アカデミーで着方習う時に見たけど、もっかい実物見てーんだ」
確かに、兜など、戦の起こる現代では珍しくもない。忍という職業柄特に。
しかし、キバにとって重要なのは、それが油女家所有の兜だということだ。
要は、油女の家紋を見てみたいという願望。
奈良や秋道、うちは等の一族の家紋は知っているが、油女や、何気に日向の家紋も知らない。
自分の班員の家紋を見たことがない、なんて気に入らないではないか。
特に、シノに関して知らないことがあるというは嫌だ。
そんな願望を心に秘めつつ、なあなあと煩わしく強請ってみると、シノは苦もなく折れた。
「好きにしろ。別に俺はかまわない」
「やりぃ! じゃ、こどもの日に行くからな!」
バレンタインやクリスマスといったロマンチックな行事ではないが、それでも行事の日にシノと約束を取り付けられたのは嬉しいことだ。
計算が無かったわけではないが、ほとんど成り行きでゲットした約束に、キバは満足した。
そんな時、ヒナタと紅もやってきた。
「あ、あの。ごめんね。ハナビも連れてきちゃったんだけど…」
キバが迎えに行くと、ヒナタと紅の他に、ハナビも居た。
ヒナタが申し訳なさそうに言い、ハナビも頭を下げたが、まったく問題ないとキバは笑顔で招き入れた。




家の裏手にある、犬のために広くなっている庭の一角で、後は上げるだけのところまで作業を終わらせると、 ちょうどおやつの時間になり一服しょうということになった。
「これ、少し早いですが、柏餅と桜餅、あと、ちまきです」
ハナビがテーブルの上に置いた包みを解くと、上品な弁当箱に端午の節供に欠かせない菓子が所狭しと入っていた。
「うまそー!」
「こら、キバ! まず手をあらってきなさい!」
早速とキバが伸ばした手を、ハナがペシッと慣れた手つきで払い落とす。
しぶしぶ手を引っ込めたキバと共に、シノ、ヒナタ、ハナビも手を洗いに向かった。
皆が洗い終えるのを待つ間、キバが冷蔵庫を開けて飲み物を物色していると、ツメが両手に重そうな買い物袋を引っ提げて帰ってきた。
「あ、おかえり」
「ただいま! なんか靴いっぱいあったけど、シノくん達来てんのかい?」
「おう。こいのぼり上げてんだ」
「こいのぼり!? あんたこの前はいいって言ってたじゃないか」
「別にいいだろ。気分だよ気分!」
がさりとテーブルに置かれた袋の中を漁ると、1.5リットルペットボトルのサイダーとオレンジジュースを丁度良く見つけ、取り出す。
「ついでにそれ冷蔵庫に仕舞っときな」
「え~」
「え~じゃない! ほら、ちゃっちゃとやんな! ああ、それから…」
「まだあんのかよ!?」
口を尖らせながら冷蔵庫に食糧を入れ始めたキバが反抗意識剥き出しに応えると、ツメはずいとキバの眼前に何かを突き出した。
「……………こいのぼり?」
それは、こどもの日の商品に付いてくるおまけの、小さなこいのぼりのオモチャ。
「やるよ」
「いらねーよ」
これから正真正銘のこいのぼりを上げようと言うのに、こんなチャチな物をもらっても仕方がない。
キバが即答すると、ツメは問答無用でそれをキバに押しつけた。
「なら、捨てな」
「………」
押しつけられたミニこいのぼりは、チャチだがそれなりに愛敬のある顔をしている。
小さくとも流石に縁起ものを捨てるのは忍びないな、とキバはまいった。
さて、どうしたものか。
そんな時、手を洗い終えたシノとハナビがやって来た。
ああ、そうだ。と、シノの顔を見るなりぱっと閃き、キバはシノの眼前にミニこいのぼりを突き出した。
「シノ。これやるよ」
ちょっと面食らったようなシノが、反射的に受け取る。
「これなら、のぼりとは言わねーだろ」
「………」
プレゼントとか深い意味合いはなく、ただ捨てるのが勿体ないからで、シノに押しつけてしまうとキバはさっぱりして冷蔵庫に詰める作業に戻った。
そしてキバの作業が終わり、ヒナタも来たのでサイダーとオレンジジュースとコップを分担して持って戻ると、
庭に面した窓を開け放ち、大人の女性二人はちゃっかりビールの缶を開けている。
文句を言うキバを、紅もツメも意に介さず笑って受け流し、ハナもまた同様に。
これだから大人は…と、子供は子供で集まって、ハナビが持ってきた柏餅や桜餅を食べた。
「シノくん、それ、どうしたの?」
そう言えば、とヒナタがシノの横に置かれた小さな小さなこいのぼりを見て問う。
先程から気になってはいたが、どうも訊くタイミングがつかめなかった。
お弁当箱の残りも僅かになり、休憩の余韻に差し掛かった頃漸く問えば、シノはそれを手にとって簡潔に答える。
「キバにもらった」
その様子は普段とまったく変わらないように見えるが、ほんの微か、嬉しそう。
ヒナタがそんなシノに微笑んで「よかったね」と言えば、「うむ」と返る。
キバは母のビールに手を出して再び叩かれており、このシーンを見逃していたが、ハナビはしっかり見ていた。
ついでに、シノがキバにそれをもらうシーンもばっちりと。

後に、『キバさんの株が上がった』と、ハナビの日記に書かれることは、まだ誰も知らない。

赤丸がそろそろ上げようよ、と急かして漸く、犬塚家のこいのぼりは大空へ上った。
空は五月晴れ。
矢車はからからと回り、吹き流しがはためき、真鯉も緋鯉も子鯉も、とても気持ちよさそうに泳ぎだした。






後日談

こどもの日、端午の節供、その日。
約束通りシノの家に兜を見に来たキバは、その物の前で少々がっかりしていた。残念ながら、家紋入りではなかったのだ。
本人に聞けば早いのだろうが、やはり出来れば自力で見つけ出したい。
もはや、意地である。
決意も新たにしているところへ、シノが何やら緑の葉っぱを手に戻ってきた。
「何だ、それ。すっげー匂い」
「菖蒲の葉だ」
「しょうぶ?」
「昨日、シカマルと菖蒲湯の話になってな」
「………お前等、もっと若者らしい話しろよ」
シノもシカマルも、どうも爺くさい。そういうところは気が合う様で、二人は意外によく話をしているのだ。キバの気に入らない事実でもある。
「菖蒲湯は、体を浄め邪気を祓う風習だ。老いも若きも関係ない」
少し眉を寄せてそう言うシノに、ああそうなんだ、とキバは適当に相槌を打つ。そしてさっさと話題を変える。
「で、買ってきたわけ?」
「否。いのに沢山もらったからと、昨日シカマルに分けてもらった」
あんにゃろ、イイとこ見せやがって。
と、先日自分がミニこいのぼりをあげたこともすっかり忘れて、キバは心の中でシカマルに文句を吐く。そんなキバに、シノが突然言った。
「入るか?」
「………………え、何…に?」
「菖蒲湯」
キバがぽかんとした表情で訊けば、あっさりと答えが返ってきた。
「湯の作り方を昨日教わった。どうする」
どうやら、本人はキバの答え如何に関わらず入る気のようで、菖蒲の他にハサミやら布袋などを用意して準備を始めようとしている。
「い、一緒に入んの…?」
「嫌なら…」
「いや、否!! 是非! 御一緒に!!」
シノの言葉を遮って、キバは拳を握って力強く言った。
そんな時、蟲と戯れていた赤丸が、空に舞い上がった蟲を目で追いあるものを発見していた。
屋根瓦の上に、シビが喜々として取り付けた、小さな小さなこいのぼりを…。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき
5月5日。こどもの日と端午の節供です。
こいのぼりが青い空を泳ぐ姿は、爽快ですよね。気持ちがいい。
雛祭りからの続きで、ハナビの日記も登場。
なんだか、ハナビが○○○は見たの家政婦さんに思えました…。
いらない物を人に押しつける似たもの親子と、小さな事に密かに幸せを感じる似たもの親子が書けたでしょうか。
油女と日向の家紋も、謎ですよね?もしかして、どこかで出てきましたか?
もし「ここに出てた!」と知っている方がいましたら、是非、教えて下さい。
後日談では、キバとシノが一緒に菖蒲湯に。
これも株が上がったお陰だね、キバ。
良かったね、キバ。
というわけで、良いGWをお過ごしください。
お粗末様でした!

追記:5/3のアニメで、ほんの一瞬だけ子供のシノが出ましたね。
ビデオ録っておけばよかった………と深く後悔しました……。












(07/5/5)